「すまぬ。図に描いてくれないか?」 翔流は松葉杖を知らなかった。 さくらは二股になっている間に持ち手が張ってあって、脇下に当てる横木から逆三角っぽくすぼんでいて…、と説明したが、翔流にはまったく伝わらず、筆と紙を渡されたのだ。 「これが松葉杖か…。なるほど、見ようによっては松葉のような形だな」 「ほんとはここがもっとまっすぐで、持ち手のところももっとこうしっかりしてて…。筆じゃうまく描けないわ…」 「いや。この図でよく分かった。この横木で体を支えるのだな」 「そうよ。脇の下にこれを入れて、体を支えるの」 「ふむ…。ということはこの箇所の強度が必要だな…。構造的には……、」 翔流はさくらが描いた図に手を加えながら構造を練り始めた。 「作れるの?」 「任せておけ。これでも手作業は得意だ」 「ほんと!?」 花のように顔を輝かせ、さくらは自分が描いた下手な絵を設計図に変えている翔流の手元を覗き込んだ。 「これはなかなか画期的な道具だと思うぞ。さくらはこんなものをよく思いついたな?」 「思いついたというか…」 知っていただけだ。さくらの時代では、足の不自由な人はこの杖を頼るから。 「なんとなく頭に浮かんだというか…、うまく説明できないけど…、うーんと…」 だが、未来から来たから知っていた、とはやはり言えないさくらは答えを濁すしかない。しどろもどろに赤くなるさくらを、翔流は優しく見つめながら言った。 「さくらはよっぽど歩きたいのだな」 「え?」 「歩きたいという強い願いが、どうしたら歩けるかと方法を構想してこれを思いつかせたのだろう。人は、必要に迫られると思いもよらない名案を思い付いたり力が出たりするものだ」 「………」 「さくらの願い、何としても叶えよう」 松葉杖はさくらが発案したものではない。翔流の解釈にはいたたまれない気持ちになったが、歩きたいと願ったのは本当だ。 翔流のために、自分ができることをしたい。 だから、まずは動きたい。 そう、心から思ったから。 「ありがとう。翔流」 何としても願を叶えようと言ってくれる、翔流の気持ちが素直に嬉しくて心が温かくなる。 「さくらは両足を傷めているからな…。移動時はついた杖にぶら下がって前に出るわけだ…」 「……そうね。でも杖があれば力の入らない両足でも支えにして立つことはできるのは実証済みよ」 「それでさっきの試しだったわけだな」 「…そうよ!あとは練習して動けるようになるわ」 「…ならばやはり十分な強度と衝撃の吸収力が必要ということか。それから――」 材料が揃い制作に取り掛かったのはその数日後。 翔流とさくらの松葉杖作りは日が落ちるまで続いた。さくらは翔流の手元に灯りをともし、翔流はさくらの体に合うよう何度も木を削り調整して。時間が経つのも忘れ、ふたりは夢中になって。 そして――。 「…くしゅんっ!」 肌寒さを感じて目が覚めたさくらは、床の上に座り寝台を背もたれにしていつの間にか寝てしまったことを知った。小屋の外はまだ暗いが鶏はもう鳴いている。 「翔流…?」 翔流はどこだろうと探してみたが、肩にかかっている重みがすぐにその居場所を教えてくれた。 「翔流…」 さくらの肩に寄りかかって眠っている翔流は普段よりも少しだけ幼く見えた。そういえば、さくらは今まで翔流の寝顔を見たことがない。いつもさくらが眠るまで傍についていてくれて、目覚めると翔流はもう起きているから。 ふと前を見ると、完成した松葉杖が卓に立てかけてある。昨夜はきっとさくらが先に眠ってしまい、そのあとで翔流はこれを仕上げてくれたのだろう。 「翔流…」 翔流のために何かしたくて、そのために必要だった松葉杖なのに、頑張ったのは結局翔流だ。 さくらの体に合うように、どんなに体重をかけても大丈夫なように、何度も何度も念入りに調整しながら作ってくれた。 さくらの願いを叶えるために――。 「本末転倒ってこのこと…。でも…」 温かい。 心が。 翔流がよりかかっている左側が。 汗交じりの翔流の男らしくたくましい匂いに心が落ち着く。今まで、こんなにも人の優しい心に触れたことがあっただろうか。翔流の優しさは、触れた瞬間に命に染み込んでいくような温もりがある。今、さくらはその温もりに守られている。 「ありがとう、翔流…」 今は肩を貸すことしかできないけれど、夜が完全に明けるまでもう少しここで眠っていてと、翔流の寝顔を見つめながらさくらは思った。 |