時に事実は物語りにも優るものだ。
朝靄の鳴き鴉は唯々必死に世界の平穏を願って居た。
舌先の苦痛、指先の快楽。
地に縛り付けられた脚は影を根の様に巡らせ、そう、何者にも犯されぬ領域を広げようとして居た。
叶うならば白い快感を。
願うのは深紅の痛切な毒。
云って終うのは至極簡単で幼稚な程に愛しい。
伸ばし掛けた手を引っ込めたのは、強靭な自尊心か未熟な臆病者。
(嗟、此の世界は、何て)
新緑の鮮やかさも、雪を破る忌々しさも。
覗いた朱は何時の間にやら深い海溝の闇へと化ける。
(あら、葦簀って檻みたいなのね)
細長い光は時偶眼を焼きせせら笑う。
(そんなの、知らないわ)
壊して下さい。
恋わして下さい。
乞わして下さい。
執拗に貴女を求める僕は傍から見たら奇異な生き人形。
喩え此の四肢潰され様とも動き続けなければ為らない訳で…。
(おや、御出かけかい)
そら、空が白んで来た様だよ。
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