CHARITY

 その日、彼女は何時もの事乍、途轍もなく機嫌が悪かった。
 帰宅するなり僕の事を気が利かないだの無神経だの何だの詰り、仕舞には思いっ切りビンタされた。
 まぁ、ひっぱたかれるのには慣れているし、然程痛くもない。

 僕の部屋の机には離婚届(必要事項記入済)が十数枚常備してある。
 仕事のストレスで僕に八つ当たりする彼女と喧嘩した時に使う為だ。
 お陰で役所の常連になり職員の方とも顔馴染みだ。
 目の前に突き付けては破き捨てられ、突き付けては破き捨てられ、何とも環境に優しくない夫婦だが、一回の喧嘩で最低五枚は必要になる。

 いい歳こいた男が毎度毎度妻にひっぱたかれる。
 普通なら憤慨してやり返しそうだが、ひっぱたかれ過ぎて僕の脳細胞は死んでしまったのだろう。
 段々自分の状況が可笑しくて可笑しくて笑えてくる様になってしまった。

 そんな僕も最初からやられっぱなしだった訳ではない。
 恋人だった時や結婚仕立ての頃は、お互いに我が強い所為で何度も別れの危機に陥ったし実家にも数え切れない程帰った。手だって出た事もある。
 たった一回だったけれど、彼女の頬を叩いてしまったんだ。
 その時の感触が今でも手に残っている。
 それが僕にはとても心地悪く、彼女を叩いてしまった僕自身にも酷く驚愕し絶望した。
 それから僕は彼女を叩いた事はない。

 だって、僕が変われば済む話だろう?

 それから僕は他人が変だと思うくらい温厚と言うか、多少の抵抗はするけれど大抵の出来事は何でも許せる様になった。
 愛車が車上荒らしにあった時も面白くてつい写真を撮りまくってしまったし、使い方が汚いと何時もの八つ当たりで台所が使用禁止になっても大人しく従っている。
 それに、苛ついて怒っている彼女が可愛く見えて仕方ない。
 それでまぁ、笑ってる僕を見て彼女は更に怒ってしまうのだけれど。
 ほら、あれだよ。


「惚れた方の負けってね」


(そんな彼女は大のお化け嫌い。僕の胸に飛び込んで怖がっている。ああ! 何て可愛らしいんだろう!!)




小説家になろうに同じ物があります。


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