cocon
 第四次忍界大戦が終結して、少しばかり時が経った。
 戦後処理などがある程度進んで荒れていた空気も落ち着きを取り戻し、各国、隠れ里はようやく一息をつき始めていた。
 様々な事が起こった大戦ではあったが、世界は何とか《平和》と言って良い状態になったのである。

 太陽の光が朝から昼の色になった頃、我愛羅は木ノ葉にあるナルトの部屋で遅い朝を迎えていた。
 風影として書類に埋もれ仕事に忙殺されていた日々が嘘のような穏やかな朝で、朝食には遅く昼食には早い時間だったがどこか外へ食べに行こうという事になり、我愛羅は出掛けるために洗面所で身なりを整えていた。
 鏡を見て気付く、髪で隠れるか隠れないかの場所に付けられたキスマークに面映ゆさを覚えて思わず手で隠す。昨夜の記憶が蘇りそうになるのを無理やり沈めて部屋に戻ると、ベッドに腰掛けたナルトがちょうど右腕に包帯を巻こうとしていたところだった。

 大戦終盤に起こったうちはサスケとの激突によって失われたナルトの右腕。今その場所にあるのは柱間細胞から造られた義手だった。
 初めの頃は妙な感じだったがもう慣れたと、気にするどころか何でもないように言っていたし、事実そうなのだろう。恐らくナルトにとっては『拗ねている友達の目を覚ましてやろうと思って一発ぶん殴ったら右腕がなくなった』程度の認識なのだ。
 だが我愛羅はそうではなかった。その姿を見て少なからずショックを受けたし、本人が気にしていないのだからと表に出さないようにはしてはいたが、内心ではかなり動揺していた。
 心のどこかで、《主人公》なのだから無事でないはずがないと、高を括っていたのかもしれなかった。
 ここは現実で、誰一人として作られたキャラクターなどではない。
 そんなことは解っているけれども、いまだに記憶の中の『あの物語』と結びつけて無意識に見くびっている自分に気付かされる度に、記憶なんてなければよかったと思ってしまうのだ。

「ナルト、私がやる」
 誰に巻いてもらわなくとも、ナルトには手馴れた作業だろう。それでも我愛羅は自分がいる時くらいはと包帯を巻かせてもらっていた。
 包帯を受け取り隣に座る。差し出された右腕は以前と何ら変わりなく愛しいと触れてくるのに、初めて義手を目にした時から我愛羅の心の奥底には透明な針が刺さっているようだった。
 ナルトの手を取り我愛羅は白い包帯を巻き付けていった。その小さな針を、覆い隠すように。

     ◆

 指先まで包帯で包む総指包裹は、ただ巻くだけなら差程難しいものではない。だが忍の指の動きを阻害しないようにとなると、それなりのコツが必要になってくる巻き方である。それを我愛羅は迷いなく巻いていくのだ。わざわざ口にして指摘するようなことはしないが、かなり練習したのだろうなと思わせるには十分な手つきだった。
「上忍にはなれそうなのか?」
「…………頑張ってる」
 包帯を巻く間の時間を埋めるためだろう、我愛羅が聞いた。
 木ノ葉隠れの里の上層部は、勝戦の功労者であるナルトを下忍のままではいさせられないと、中忍試験をすっ飛ばして上忍昇格のために任務の傍らでうみのイルカに座学の個人指導を受けさせていた。苦手なことを思い出したからか、一瞬顔を顰めると呻くように答えたが、イルカ先生ってば容赦ねーんだ、と続けたナルトはどこか嬉しそうに見えた。

 会話が途切れ、部屋の中に衣擦れの音だけが残った。
 白い包帯で義手であるナルトの右腕が包まれていく。ひと巻きひと巻きを、敬うように、労うように、神聖な儀式かのように、我愛羅は包んでいく。
 伏せられた翡翠色の目を縁取る髪と同じ赤い睫毛が、窓から射し込む光に透けて頬に影を落とす。瞼が瞬く度に、きらきらと光がこぼれ落ちているようだった。

 そして時折、痛ましいものを見るように微かに眉間にシワが寄るのを、本人は気付いているのだろうか。

 真剣な表情で己の右腕に向き合う我愛羅の手からナルトは無意識に腕を振りほどいていた。
 突然の事に我愛羅は驚いて目を瞠り、手から包帯が転がり落ちる。
 数拍の間の後、我愛羅が口を開こうとする前にナルトはくるりと身を反転させるとベッドに我愛羅を押し倒した。
 シーツに散った赤い髪を、包帯が解けて垂れ下がる右手で一房掬い取り唇を寄せる。
「もう外行かなくてよくねぇか? オレまだ服着てねーし」
「いや、下は履いてるだろ、ちょっ、やめっ」
「んー? やだ」
 慣れた手つきで服の下の肌ををまさぐり始めたナルトの手を掴んで我愛羅が抵抗していると、

 ぐぅぅぅぅ

 と、動物の鳴き声に似た音が響いた。
 そしてそれは服をたくし上げられて露わになった我愛羅の白い腹部から発せられていた。
「……すげー鳴ってんな」
「だからやめろって、言った……!」
 余程恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして怒る我愛羅が自分に覆いかぶさるナルトをベッドから蹴り落とすのはこの直後のことであった。


「ん、サンキュ。やっぱ我愛羅の巻き加減が一番しっくりくるってばよ」
 ナルトは拳を握ったり開いたりしながら、巻き直された包帯の馴染み具合を確かめるように腕を動かしていた。
 我愛羅はそんなナルトの様子を見守ることもなく背を向けて床に座り、駄目にされた包帯を黙々と片付けていた。
「ごめんってば」
 謝っても無視をされ、試しに肩を指で軽く叩いてみたが黙殺されて終わった。
 そんなに怒らなくてもと思ったが、口にしなかったのは懸命な判断と言えよう。余計に怒らせるだけだ。
 ナルトはおもむろに我愛羅の肩に手を置いて振り向かせながらのぞき込むように顔を寄せる。二人の唇が触れ合って離れ、視線が通った瞬間、我愛羅の目がすっと剣呑に細められた。
 その瞬間、殺気立った砂が陽炎のように立ち上り、舌舐めずりをするように不穏に蠢く。
「――そうか、そんなに砂になりたいか」
 直訳すると「砂縛柩されたいようだな?」である。

     ◆

 何だかんだと二人がじゃれている間に、時刻はすっかりランチタイムに差し掛かっていた。
「んじゃあ行くか」
「ああ」
 アパートを出て、当たり前のように差し出されたナルトの右手。我愛羅は指を絡めるようにして繋ぎ、そっと身を寄せた。
 離れないようにと、強くも弱くもない力加減で繋がれた手に感じるのは馴染みのない布の手触りで、いつか慣れる時が来るのだろうかと、我愛羅は感触を確かめるように繋いだ手の甲を親指で一撫でした。


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