飯と携帯 1




昨日試合をした彼は間違いなくレギュラー並の実力の持ち主だったが、
関東大会で見かけなかったので恐らくテニス部員ではない
そうなると下校時間がわからない

テニスがうまいのなら噂くらいたっていないものかと跡部はダメ元で手塚にメールをしてみることにした
30分後に来た返信の内容は意外にも彼はテニス部に所属しているということだった

名前は芝浦 梢 
三年生で平部員
部活はサボりがちらしい

明日は部活に出ると言っていたそうなので帰りに待ち伏せすれば間違いないだろう、問題はこちらの部活終了後に急いで行って間に合うかどうかだ
案外あっさり見つかったことに内心ほくそ笑みながらふと思う
オレはどうしてここまで再会を望んでいるのか
テニスで打ち負かしたいのならある程度対策を考えたいし、持久力を上げて万全の体勢で挑みたい
しかし明日にでも青学に乗り込まんとしている自分がいる
つまりテニス抜きにあいつに会いたいと言うことだ
もっとどういう人間なのか芝浦のことを知りたい
人間的に惹かれているのだとここに来て理解したのだった


翌日


「なんか跡部のやつ機嫌良くね?」

「そうですか? 俺にはいつも通りに見えますけど」


普段よりも少しだけ浮き足だっている跡部にレギュラー陣は気がついていた


「どうしたんでしょうね、跡部部長」

「どうせまた突拍子もないこと考えてるんじゃねーの?」


跡部を横目に見ながらこの小さな変化に疑問を感じていたが、なんとなく聞き出せない


「跡部ーなんか今日元気だね」

「あん?」


跡部は芥川慈朗には甘い
慈朗の方はそれを知ってか知らずか、空気を読まずに何でも飄々と聞いてのける


「なんかEーことあった?」

「ふっ、まぁな」

「恋人でもできたんか?」

「うわ、いきなり後ろに現れた!流石恋愛のエキスパート!」

「エキスパート言われたんは初めてや。」

「は? 恋愛になんか興味ねえよ」

「テニスで忙しいもんなぁ」

「うるせえ、下らねえ話してる暇があったら外周でもしてこい。お前らもだ」


特に動揺している様子もない
心なしか楽しげに会話する跡部は恋人というより新しいおもちゃを与えられてわくわくしている子供のようだった


「げぇー、侑士のせいだぞ!」

「…宛が外れたんかなぁ」




車を飛ばしてもらって青学につけば丁度部活が終わったようで
テニス部員がぞろぞろと校門から出て来ているところだった
最後尾に手塚と芝浦が並んで歩いているのを見つける


「よお」

「…お前、この前の」


相変わらずの無表情
青学の学ランが妙にその黒髪と切れ長の目を引き立たせている
そこに青いラケットバックという至って普通の出で立ちだ


「なんだ知り合いだったのか」

「ああ。…なんか用?」


名前も学校もわかったのだ、顔を合わせる機会はいくらでも作れる
だが親しくなるには距離が微妙すぎた
何から切り出せばいいんだ。
押し黙ってしまった跡部を芝浦が訝しげな表情で見つめている
そうしてそのまま口を開いた


「……とりあえず、飯でも食いに行くか?」

「は?」


どうしてそういう発想に至るんだ
この前テニスで打ち負かしたばかりの「敵」でしかない俺と


「国光、お前どうする?」

「母さんに何も言っていない、俺は帰らせて貰おう」


手塚を名前で呼ぶ人間を見たことがない、彼等は余程親しいのだろう
つーか、飯行くのは決定なのか
この俺様を強引に連れだそうとはなかなか横暴じゃねーの


「んじゃ、行くか」

「おいおい、俺は行くとは言ってないぜ」

「なんだ行かねーの? まぁ金持ちの坊っちゃんはファミレスだとか入ったこともねーか」

「それくらいある」

「どーだかな」

「そんな安い挑発に乗るかよ」

「ビビってんじゃのーの?」

「…行ってやろうじゃねーか」


テニスで負けているせいか、
馬鹿にしたような態度を取られるとちょっとしたことが癪に触る
実際、このままで居ても拉致が開かないのは確かだ
相手のペースに流されるようで不本意だが話に乗ることにした




喧嘩腰の態度からいつの間にか学校の話が弾んで
気がつけばファミレスに着いていた
ここに来て跡部は会話が途切れないようにと気を使われていたことに気がついた
ウエイトレスに案内されて店内の席に着いたはいいもののどうも落ち着かない

周りと雰囲気がアットホーム過ぎる
芝浦が何気なく脇に立ててある少し大きな冊子を差し出してくる
受け取って中を見て見ると、様々なメニューがかなり安い値段で載っている
一度駄菓子屋に行った経験があるので値段には驚かないのだが、一人前の料理となるとこの値段で食べるのは少々不安だ
何かろくでもないものが入っているのではないか…
芝浦は何を注文するか決めたようでじっと此方を見つめている

…どうやって料理を頼むんだ。

向かい側からの視線が心うちを見透かしているようで居心地が悪い


「なに頼むか決まったか?」

「ああ」


芝浦と目があった
身動ぎひとつしないで俺を観察している
試されているのは一目瞭然だ
目を離したら負けな気がしてぐっと腹に力を入れる
不意に芝浦の無表情が柔らかくなった


「そんなに怖い顔で見つめるなよ。別に取って食ったりしねえよ」


芝浦が話しながら脇にあるボタンに触れる
チャイムの音と共にウエイトレスがやって来て、彼がメニューを頼んでいる
お前は?と聞かれて我に帰る
狐にでも化かされた気分だった


「やっぱファミレス来たことないんだろ」

「…うるせえ」

「完璧型の気障野郎だと思ってたんだが、そうでもないみたいだな。…餓鬼らしくて大変よろしい」

「試合ん時はいつも以上に目立とうとするからな」

「部長としての、威厳?」

「ああ」

「大変だな」

「お前はよく喋るな、もっと根暗な奴だと思ってたぜ」

「大勢でいると、自分が喋る必要はないと思ってるからな。」

「そうか」


どうも、そんなに悪い奴でもないらしい
基本的に無表情で感情が読み取れないが


「お前この前俺様との試合を放ってどこに行ったんだ?」

「ああ、飯の時間だったからな」

「腹が減ったから帰ったってのか!?」

「いや、夕飯の当番なんだ」

「なんだそれは…」

「家族が腹空かしてのに待たせる訳にもいかんだろ」

「…まあいい。今度やろうぜ。つかやれ」

「断る」

「なんでそう頑なに嫌がるんだ」

「テニスは好きだが、試合は嫌いだ」

「わかんねえな、試合しなきゃテニスやってるって言えねえだろ」

「…まあな。」

「意地でもつきあって貰うぜ」

「ばっくれてやる」

「ハッ、俺様の手から逃れられるとでも?」

「…そういう台詞は女の子に言ってやれよ」

「なんでそうなるんだよ」

「無理やりやらせても手抜くからな」

「チッ」

「……今度、うちの側の商店街に連れてってやるよ」


話をすり替えようとしているのが見え見えだが付き合ってやる


「…また俺をおちょくろうってんじゃないだろうな」

「珍しいもんが沢山あるから、きっと気に入る」

「商店街か、…どら焼きが食ってみてえな」

「どら焼きかよ」

「なんだよ、別にいいじゃねえかよ!下町の商店街つったらどら焼きだろうが!」

「他にも色々あるだろうが、どら焼きって…っふふ」

「他にもあるぜ!…焼き鳥とか」

「どう足掻いてもミスマッチだし、やっぱお前面白いわ」


会計は芝浦は割り勘で済ませる気でいたらしいが跡部が適当に理由をつけて驕り、外を出ると辺りは暗くなっていた
そこそこ賑わっている場所なのでがやがやと仕事あがりのサラリーマンやOLで賑わっている


「あー笑った笑った」

「遅くなっちまったな、車呼ぶから家まで送るぜ」

「ああ、悪い」

「…メールアドレス教えろよ」

「なかなか唐突だな」

「いちいち揚げ足を取るんじゃねえ」

「へいへい」


つくづく食えない奴だ



 

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