体操着姿で外出とか、ないと思う 1




部活が職員会議でたまたまなくなった日に、俺はほんの気まぐれで近所のテニスコートに足を運んだ。
最近見つけたそこは公園の一角にこじんまりとあってコートはたったの一面、照明もまともに設置されていないような場所だったが
周りを木に囲まれていて外からはコートの様子が見え難い、なんとも知る人ぞ知ると言った雰囲気を放っていた。
こういった場所にはまだ見ぬ強者がくるのではと
ちょっとした冒険心と興味だけで向かったのだが、どうも宛が外れたらしい。

遠目から見ると
いるのは柄の悪い少年の集団、俺と同い年くらいだろうか、数人がいる。
髪を派手な色に染めており、良く見れば制服に革靴のままでコートに入っている
いかにも身内だけでテニスをして自分達は強いと思い込んでいそうな連中だった。
何人が此方を向き、目を丸くして、硬直している。俺を知っているらしい。
自分の直感に少なからず自信を持っていたのだが…。
顔が一瞬引きつるのを感じる、貴重な時間を無駄にしてしまった。
まぁいい、見かけだけで判断するにはまだ早い。
折角ここまで来たのだから適当に話しを吹っかけて一試合くらいしていくかとコートに一歩踏み出した

途端彼らは弾かれたようにドリンクやタオルをしまって逃げていってしまった
見かけ通りの連中だったようだ。
彼らの背中を見送った後にもう一度視線を戻すと、まだ一人だけベンチに残っている男がいた
虚空を見ているそいつは俺が傍にいることにすら気が付いていない。


「おい」

「…」

「おい聞いてんのか」

「え」


黒髪で落ち着いた顔立ち。先ほどの彼らとは少し感じが違う
しかし着ている服が明らかに学校用の体操着でなんとも見苦しい。もっとましなウェアはなかったのか。
そいつの焦点が此方に定まり、続いて辺りを見回す
対して驚いている様子がないから、逃げ遅れた訳ではなさそうだ


「…他の奴らは?」

「あん? 俺様に恐れをなして無様に逃げていったぜ? ここの連中は大したことないみてえだな?」


皮肉たっぷりに言ってやれば大半勝負に乗っかってくる
地元をコケにされて黙っている人間はいないだろうとそう思ったのだが


「あー、まぁオレここでテニスしねぇからわかんねぇけど」

「…なんだ仲間じゃねぇのか?」

「まぁ行き当たりばったりつーか、オレが先いたとこにあいつら入って来て、ガン無視でテニスしだしたから見てたつーか」


激昂どころか眉一つ動かさずに口調だけ困ったような言い方で話すそいつに少し興味が出てきた
この辺で氷帝学園と言えば屈指のテニス強豪校、下手なジムより設備も充実している。
テニスプレーヤーなら部長の俺を知らないやつはいないだろう。
一人でコートにくればすることは一つ。
ここまで来ればオレが勝負をしかけてくることは目に見えている、それでも動じずにいるのだから腕に自信があるのだろう


「んだよそれ。まぁいい俺様とテニスしな。ラケット持ってるってことは一応できんだろ? 品定めしてやんぜ」


普段はここまで初対面野人間を馬鹿にした物言いはしないのだが、生憎こいつに断られたら後がない
流石にここまで言われたら頭にくるだろう


「嫌だ。お前みたいな高慢ちきとなんか戦いたくない。」

「高慢ちっ…! おい!」


ぴしゃりと冷たく言い放った後にさっさと帰り支度をし始めてしまうのを腕を掴んで引き留める


「待てよ、試合しろつってんだ!」

「テニスしたくないんだよ」

「じゃあなんでわざわざこんなとこきてんだ」

「離せよ」

「どうしてもしないっつうんならてめえのこと追いかけまわして嫌でも勝負させてやる」


そういってそいつと出口の間に割って入ってやると、あからさまに嫌そうな表情をする。
この氷帝の跡部景吾を高慢ちき呼ばわりするとは、いい度胸じゃねえか。こうなったら、力ずくでも試合してやる。


「なんつー横暴な…わかったわかった」


体格では叶わないと判断したのか、しぶしぶといった様子で元居たベンチに戻りラケットを取り出す


「1ゲームな」

「いいだろう」


全力で叩きのめしてやる、手を抜くつもりはない。
そう思っていたのだが




どこに打っても必ず難無く返される…! …面白え
やはり俺は正しかった、このコートに来て正解だったのだ。
元々出し惜しみなどする気はない。涼しげな顔をしているそいつに完成したばかりのターンホイザーサーブをお見舞いしてやる。
流石に初見でイレギュラーバウンドには対応できない。俺のスコアが上回る。
試合は俺の優勢に見えたが、数回見せただけでボールが返ってくるようになりやがった
向こうも負けじとポイントを取り返してくる。同点。
点取りの応酬を繰り返す

破滅への輪舞曲もそろそろ要領を得たようでロブを上げなくなった。
たった1ゲームだったはずの試合が、タイブレークに縺れ込み
一体どれくらいの間テニスをしていたのだろう。
確実に普通の運動量の倍以上は動いている
息が上がって体が重くなってきた。
相手も呼吸こそ早くなってはいるが俺ほどの消耗は感じさせない。
持久力は向こうの方が明らかに上。このまま長期戦を続ければ間違いなくこちらが負けるだろう、勝たせる気はないが。
向こうは何かまだ隠し持っているように見える。上等だ、引きずりだしてやる。



久しい強敵との試合に体が熱を帯び始めた時だった、向こうのサーブの、手が止まった。


「なあ、そろそろ暗くなって来たし…終わりにしねえ?」

「っは? …何言ってやがる…っ」

「足元も暗くなって来たしさ」


辺りを見回せばすっかり日が落ちて、公園の方にも人気がなくなっていた


「んなこと言うんだったら俺の家に来い、車回すからそっちで続きやんぞ」

「え、お前の家コートあんの?」

「俺様を誰だと思ってやがる」

「すげー。逆に引くわー。じゃねえよ、こっちにも都合ってもんがだな」

「ふざけんな! 白黒つけねえと気が済まねえ!」

「うるせえ。ぎゃーぎゃー騒ぐなよ、とにかく帰るかんな」

「おい! 待てよ! …くそっ」


疲れた体で追いつける訳もなく、立ち去られてしまった
ここまで来て試合放棄できるあいつの神経がわからない。腹がたつ、追いつけなかった自分にも、あの野郎にも
名前を聞くのを忘れていた。あいつをすぐに特定するのは難しいだろう。
そういえば奴が来ていた体操着にどこか見覚えがあった。
疲労で考えがまとまらない。
どっかで、どっかで見たことがある、おそらく一度氷帝と練習試合をしたことのある学校。
レギューラーのジャージだったら忘れるはずがないのだが。


「! そうか!」


失念していた、
テニス部=レギュラージャージの印象が強くすっかり学校と切り離して考えていた
あれは確かに「一般生徒用」の体操着だ。
関東大会で敗北した忘れるはずもない、青春学園の。



 

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