quiet | ナノ
 
1年生からずっと跡部と同じクラスで、あろうことか席が隣になることも数回。そのような環境と、私が他の女子みたいに跡部に媚びることをしなかったおかげもあり、今ではあの跡部様に友達と認定される程の仲になっていると自負している。
そんなことは一度も言われたことはないけれど、ある日教室で突然「俺様の誕生日、絶対プレゼント持って来い」と、3年目にして初めて言われた時に自信がついてしまったのだった。
跡部が直々に女子をご指名するなんて事、初めてなんて言われ(忍足くん談)無理して高いモン買うなとも心配されてしまった(宍戸談)から、何となく女子代表としてのプレッシャーと予算の壁に早々にぶつかってしまった。

「お前がくれたものなら何でも良いぜ。好きにしな」

なんてあの跡部が言うはずがない。見栄を張ってシルバーアクセサリーとかお洒落なものを買ってもブランドもの以外は受け付けてくれなさそうだし、三ツ星レストランの料理を度々口にしているのにそこらへんのお店のクッキーやチョコレートなんて通用しない。
悲しいことに、中学生が貰うお小遣いなんて雀の涙程度だ。跡部が喜びそうなプレゼントなんか買えるはずがなかった。だけど理想はどんどん膨らむばかり。せめてファンの女の子の大量のプレゼントに、埋もれてしまわないような物がいい。
跡部の誕生日まで、あと5日。未だに何も用意していない私は今日も放課後、一人街へ繰り出すのだった。

「おい、みょうじ。俺様に渡すモンあるだろ?」

誕生日当日。一応プレゼントは用意することができた。不安と言われれば不安だけど、気にしていても仕方がないし、渡せないかもという心配もない。朝から放課後まで跡部の取り巻きが離れない光景は毎年嫌と言うほど見てきたので、こちらは慌てることもなく友達とのんびりお菓子を食べていた。
すると、なんと向こうから直々にやってきてくれたではないか。3Aに戻ってきた跡部の表情は何故かにやにやしている。もし忍足だったら確実にどん引きされているであろうに。跡部だとそれもサマになる。
まさか跡部から取りに来てくれるとは思っていなかったから、こちらから行く手間が省けた。

「おめでと、跡部。ちゃんと持ってきたよ」

散々迷った結果、ネタに走ろうという結論に至り。青くて黄色いお店にお世話になりました。
鞄の中に入れてあった、茶色の袋でラッピングされたプレゼントを跡部に渡した。見たことないお店の袋だからか、目を丸くしている。そりゃそうだ。跡部があんなところにいたら私笑いすぎて絶対腹壊す。

「…開けて良いか?」
「どうぞどうぞ!気に入ってくれるか分かんないけど」
「何や、なまえちゃんほんまに買ってきたんか」

いつのまに現れた忍足を完全にスルーして(忍足は泣いていた)袋を開けている跡部をじっと見つめる。気に入ってくれるかな。何だかすごく緊張してしまって、心臓の鼓動がだんだん早くなってくる。跡部、睫毛長いなあ。アイスブルーの瞳に吸い込まれそうになる。
次の瞬間、跡部の瞳がカッと見開かれた。

「……こ、これは…」
「題して“俺様タオル”!」

跡部がまず最初に取り出したのは、赤い生地に白い文字で「俺様」と達筆に書かれているタオルだった。最初これを見つけたとき、私が買わずして誰が買うのだと思ったくらいインスピレーションを感じた。早く跡部に使って欲しくて思いを馳せたくらい。
ふと忍足を見ると、必死に笑いを堪えている。そりゃそうだ。私だって堪えてるから。

「次は…“俺様ストラップ”!」
「ぐはっ!」

忍足がついに吹き出した。
俺様という文字でデザインされた携帯ストラップ。跡部は確か二台持ちだったはずだから、ぜひ携帯電話の方につけて欲しいと思う。跡部は未だ何も言わない。嬉しすぎて言葉が出ないとかだったらどうしよう。
最後のプレゼントは“俺様マグカップ”。ちなみにこれが一番お気に入り。白い色のマグカップを飾るように、黒の筆でダイレクトに書かれた俺様の文字がすごくクール。忍足はついに床に倒れ込んだ。どさくさに紛れて足を触ろうとしてきたから蹴飛ばしてやった。

「はっ…ふははははっ!」
「跡部…?」

反応を心待ちにしていると突然跡部が笑い出した。どうしたんだろう。まさかあまりにネタに走りすぎてついて行けなかったとか?やっぱり、庶民のお店とセレブは相性が悪かった?せっかく跡部が直々にご指名してくれたのに。私じゃ駄目だったかな。まだ友達を続けてくれるだろうか。

「……全て俺様に相応しい代物じゃねーの!」
「……跡部様…!」

どうやらそんな心配は無用だったらしい。
さすがキング。心が宇宙のように広いお方である。ちょっとの事では動揺しないらしい。
ありがとうな。そう言って跡部に頭を撫でられたとき、初めて跡部の顔をまともに見ることができなかった。
長い睫毛、アイスブルーの瞳に、吸い込まれそうになってしまったことは誰も知らない。
後日、生徒会室でタオルを首に巻き、マグカップに紅茶を注いで優雅なティータイムを過ごしながら、ストラップがつけられた携帯で電話をしている跡部が目撃されたらしい。

君は未だ知らない
(お前がくれたものなら、何でも良かったんだがな)