quiet | ナノ
 
何で俺達こんなことしてるんだっけ。

高級チョコレートを食べ物類の箱の中に移しながら向日が突如そう言った。なんでって、そんなの。誰も向日の言葉に耳もくれず作業を進めるもんだから私が仕方なしにくたびれた口を開いた。
「それは…隣を歩けばバラの香り、背景トーンはバラとキラキラ、頭脳明晰、スポーツ万能、顔も綺麗な神の産物である我等が跡部様のお誕生日だからよ」
「…なァ、なにその売り出し文句みてーな説明の仕方…」
「跡部ファンクラブ会長様が今日の朝会で失神しながら言った言葉よ」
「ああ…なんか世界の終わりみてーなこと喋ってるなぁ、って思ってたらそんなこと言ってたのかよ…」
「ちなみに今日、跡部が生まれたことに感動しすぎて倒れた女子は30人を超えたそうよ」
「熱中症かよ!?」
向日の言うことはもっともだと思う。バタバタと倒れていく女子達を見ながら私もそう思っていたところだ。…大体、跡部も跡部だ。普段ならプレゼントや応援の言葉を貰ってもピクリとも反応しない癖に、今日に限っては一人一人に笑いかけて御礼を言っている。私達からしたらその気まぐれで、こうしてプレゼントの仕分け作業をしなければ部活再開ができないのだから迷惑極まりない。
「なぁ、なまえ」
「なに?わけわかんないものでも出てきた?」
「婚約届けってどこにいれればいいと思う?」
「手紙のほうでいいよ。…て、婚姻届?!そんなもんまで出す奴いるわけ…」
「おう。あとよ、お前跡部に誕生日おめでとうって言ったか?」
「…はぁ?」宍戸の、これまた突然の発言に持っていた手紙を握り締めそうになりながら「言ってないけど」と一言。それを聞くと、宍戸は「激ダサだぜ」と溜息をついて仕分け作業に戻っていった。確認するように忍足達の顔を見ると、なんだお前言ってないのか、という顔をして私をマジマジと見る。逆に言えば、皆は言ったの?が本音だった。
「別に言わなくてもこんなに祝われてるし…ていうか今更でしょ…」
「いやいや、アカンでなまえ。やっぱなぁ、言われて嬉しい言葉っちゅーのがあるねん」
「だからって改めなくてもいいでしょ」
「言っといたほうがええで、絶対」
「なによそれ。ていうか作業が終わってないからいけないし」
そういうものなのか?と首でかしげつつ婚姻届や高級チョコレートを貰ってる跡部にわざわざ混んでる中会いに行く勇気も力もない。


今日は他校か…。

宍戸が帽子に顔を埋めながら半泣きでそう呟いた。忍足がその肩を撫でながら「アカン!これは非常にアカン!」と部室いっぱいに響く声で言う。大半はその言葉に無視をして自分の目の前にあるプレゼントの仕分け作業だ。そういえばこれを貰ってる当の本人はどこにいるんだろう?昨日は部活がなくなって、跡部も顔をださなかった。今日も人だかりに追われていてまともに姿を見ていない。「滝、跡部ってどこにいる?」横で作業をしている滝に聞くと、そうだねえ、と間延びした声が返ってきた。
「今は避難して生徒会室にでもいるんじゃないかな」
「はあ、成る程」
「そういえばなまえちゃん。跡部にお誕生日おめでとう、って言った?」
「またその話?…言ってない」
滝はくすくす笑って「言ってあげなよ」と一言。私はまた溜息をだしてその申し出を断った。だから言うことがないんだってば。



10日目でやっと部活再開だC。

珍しく起きていたジローちゃんがラケットをぐるんぐるんに振り回しながらコートを駆け回った。起きているだけで珍しいのだからこれは貴重な姿だ。ジローちゃん以外にも、皆禁断症状が出てるみたいでわけのわからない新体操をしながらテニスをしている。清清しいほど空は晴れてるわけだから、それはそれは凄く楽しい。…にも関わらず、跡部景吾は本日もお休みだ。これは、跡部の友人としてとかじゃなく、単純にマネージャーとして文句を言いたい。いい加減部活でろよ!
「滝!跡部は?」
「生徒会室じゃない?」
「ったく!見てくる!」
「なまえちゃん」
「なに?!」
「バラの花なんて、やるねー」
「!」
滝、あんたどこでそれを!私が大声でそういうと、滝はニコニコ笑いながら「いってらっしゃい」と私の肩を叩いた。妙に重たい。宍戸が鈍ってた身体を捨てるように100mの新記録を出すのと同時に、私も走り出した。
「跡部!」
「…!」
滝の予測通り跡部は生徒会室で優雅にティータイムをとっていた。隣で紅茶を注ぐ樺地に「部活!」と叫んで行かせると部屋には二人だけになった。何度か、これまた跡部を呼ぶために入ったことのある生徒会室だが男子テニス部の部室並に高級だ。ほとんどが跡部の私物だろう。こいつの財力は底無しか?明らかに眉を潜めながら跡部に近づく。跡部は私がどんなに足を響かせても怒ることも気にすることもなく、紅茶を啜った。
「いい加減部活にでなさい。まだバースデー気分なの?」
「…ふん」
「…なにに拗ねてるのか全く検討がつかないんですけどね、跡部さん。本当、部活にでてくださいよ」
跡部は無言を貫いて、また紅茶を啜った。いい香りのする紅茶は跡部とよく似合っている。うっかりその姿に見取れていると「用件はそれだけか」と跡部は一言言った。もう帰れ、とでも言いたげだった。だから部活に出ろよ。て、そういうことが言いたいんじゃなくて、私は。
「…ねえ、跡部。アンタ覚えてる?」
「アーン?」
「私の誕生日のとき。アンタ意味のわかんないくらいプレゼントをくれて私に半ベソかかせたの」
「ああ。あれは傑作だったな」
「…。…それでね、私も仕返しをしてやろうと思ったのよ」
「それはまた無理な話だな」
「ふん、それは受け取ってから言いなさい!」
跡部景吾御用達の机に散らばったのは、真っ赤なバラの花。
跡部景吾のお誕生日は10月4日。氷帝の生徒なら誰しもが知っているまさに記念日。その日に備える為、私は近所に住むバラ園のおじいちゃんとすっごく仲よくなったり、お金を溜めに溜めた。すべてはそう、この日の為に。
ニンマリ顔で跡部を見ると、跡部は最初こそ呆然とその花を見下ろしたが、次第にいつもの冷静な表情に戻っていった。「バラの花か」確認事項のように、淡々と言われた言葉に思わず「それだけ?」と聞き返す。
「…何本あるんだ?」
「え?ええっと、100本調達したんだけど、昨日まだ渡していないって言ったら1本おまけで貰ったから…101本?」
「…フッ」
え?ここで笑うの?そもそも小馬鹿にされた感が半端なく伝わる。跡部は散らばったバラをくすくす笑いながら拾い上げて、丁寧に揃えた。気味の悪いくらいバラの似合う、男だ。
「跡部」
「アーン?」
「10日もすぎましたけど、…お誕生日おめでとう」
「…ああ」
ありがとう。
滅多に出てこない跡部の口からの言葉に思わず目をまんまるに開くと、跡部はその様子を見て「お前が驚いてるじゃねーの」と笑った。…敵わない。



そういえばなまえ、知ってるかぁ?
コートでパチン!と指を鳴らしながら、テニス、じゃなくてパフォーマンスを繰り広げる跡部の様子を横で見ていた忍足がふと口を開いた。「なにを?」一応聞き返すと、跡部を見ながら思い出したバラの花の本数に纏わる話らしい。
「バラの花はな、色にもやけど送る本数にも意味があるんやって」
「へえ。あ、101本の意味とかある?」
「101ィ?…ああ、あったわ。あれはなぁ、"永遠への到達"やって」
「…つまり?」
「永遠に愛してるっちゅーことやないん?」
あ、試合が終わった。忍足が呟いて、コートのほうを見ると悠々と歩く跡部の姿が。あり何でも知ってる男がこれを知らない筈がない。そう思えば思うほど、身体の内から熱くなっていく。
「な、なっ…!」
「アーン?またセクハラでもしたのか、忍足」
「またってなんやねん!俺はバラの本数の意味をなまえに教えてただけや!」
「バラ…?…ああ」
バチリ。目が合うと跡部は余裕のある笑みで一言言ってその場を去っていた。
ベンチに残された私は忍足にどういうことや!と肩を揺さぶれながら思考を停止する。だから、そんなことが、言いたかったわけじゃないのに!
「随分と積極的な告白だったぜ。なぁ、なまえ」
Happy Birth Day!!




姿









title 舌 / thanks ace