quiet | ナノ


あ、やばい。そう思ったなまえは瞬時に部屋の時計を見ていた。夜の十時。まだ間に合う。補導される時間でもない。取り敢えずすぐに学校へ向かうが、気がかりなことがあり校門の前で立ち止まった。



「勝手に入っても大丈夫かな?というか入れるのかな?」



鍵などかかっていないだろうか?少し不安になる。というか夜の学校って怖い。



「でも景吾の誕生日までには間に合わせないと、」
「俺様が何だ?」
「え!?景吾!?」



聞き慣れた声に驚いて振り向けば、跡部景吾がいた。まさかこんな時間にこんな場所で出会うとは。



「何だ?幽霊でも見た様な顔しやがって。」



彼はなまえの視線に眉を寄せてそう言った。そんなにおかしな顔をしていたのだろうかと気になりながらも、彼女は漸く我に返る。



「いや、景吾がここにいることに驚いちゃって…。というか、どうしてここに?」

「生徒会室の戸締りを忘れてたから来ただけだ。お前こそどうしてここにいるんだ?」



彼女の質問に答える跡部も同様の質問をする。なまえは跡部の誕生日ということを勘づかれない様に気をつけながら口を開く。



「私は携帯忘れちゃって。というか、生徒会室に行くってことは中に入れるの?」
「当然だ。さっさと行くぞ。」



跡部の言葉に思わず「え?」と呆けた声を出すなまえ。行くなら一人で行けばいいではないか。それとも、もしかして一人で行くのが怖いとか?なまえが云々と考えていると、



「え?じゃねーよ。お前暗い所苦手だろ。生徒会室に寄ったあとに携帯探してやるよ。」



と彼はそう言った。あ、成程、私のためか。となまえは納得して彼の後に続いた。確かに暗い所は苦手だ。





* * *





跡部の用事はすぐに済んだ。あとはなまえの携帯だけである。



「どこで落としたのか覚えてねぇのか?」



暗い廊下を進みながら彼が尋ねるとなまえは、うーんと考えながら口を開く。



「多分…屋上かな。友達と鬼ごっこしてたら落としたのかも。」



跡部の質問になまえが答えると彼は溜め息をついた。



「中三で鬼ごっこって…ガキか。」
「む!景吾だって中三で俺様は有り得ないから!」



ムキになった彼女が言い返すが跡部は無視。そんな彼を見ながら、言い返すほうがよっぽどガキのような気がしてむしゃくしゃするなまえであった。



「それにしても夜の学校ってソワソワするよね。」



心機一転する様になまえが屋上に向かう彼に着いて行きながらそう言うと彼は足を止めて振り返る。



「怖いのか?」



そう言う跡部の表情が怪談をする人の表情とよく似ていて、なまえは思わずゾッとした。もう夏は終わっているのにそういう表情をするのはやめてほしい。
それに怖いなどと尋ねないでもらいたい。ソワソワすると言ったのは冒険心が擽られる感覚と似ているということなのだが…。いや、でも暗いところが怖いのは本当だが。



「いや、怖くない、」
「お!あそこに人影が!」
「ギャー!」



なまえの否定する言葉を跡部が遮れば、彼女は夜の学校中に響き渡るくらいの音量の叫び声をあげた。思わず跡部にしがみつくなまえ。そんな彼女に跡部は勝ち誇った笑みを向ける。



「ほらな?やっぱり怖いんじゃねぇか。」
「うっ…。」



反論できないなまえ。い、いや、先程のことは発声練習といいましょうか、何といいましょうか、うーん、言い訳が見つからない。


「まぁ、安心しろ。ここには俺とお前の二人だけしかいない。」
「何その意味深な言葉。余計安心できないよ。」



跡部の言葉に突っ込む余裕くらいはなんとかあったようだ。なまえはそう思いながらもまだビクビクしている。幽霊なんていない、幽霊なんていない、と心の中で繰り返しながら彼女が屋上への階段をのぼっていた時。



ガッ



「うわっ!」



暗闇で足元が見えなかったため、思わず足を滑らせてしまうなまえ。落ちる!と目を瞑った彼女だったが体に痛みはなく、おそるおそる目を開ければ跡部が彼女の腕を掴んで支えていた。



「ったく、危なっかしい野郎だな。」



暗闇の中でぶっきらぼうに言う彼の言葉を聞きながらなまえは顔を赤くさせた。ドジなことをしてしまった恥ずかしさや、跡部に助けてもらった嬉しさが入り交じる。



「ありがとう、景吾。」



なまえはそう言うと彼は彼女の紅潮した顔に気づくことはなく、屋上の扉を開けた。
秋の夜空には星が爛々と輝いていた。なまえはそんな星を見上げる。



「星が普段より近く感じるね。」



彼女の言葉に跡部も夜空を見上げる。確かに地上と屋上とでは少しだけ違う気がする。そう思っている彼の耳に「携帯発見!」となまえの声が聞こえた。
そんな彼女に跡部は気になっていたことを尋ねる。



「ところでどうして携帯取りに来たんだ?明日でも良かっただろ。」
「明日だと間に合わないから。」



そう言う彼女に「あーん?どういう意味だ?」と跡部が眉を寄せる。もう隠す必要はないかもしれない。そう思ったなまえは正直に話すことにした。



「だって明日は景吾の誕生日だからお祝いメール送りたかったの。」
彼女の言葉に跡部は一瞬だけ呆気にとられていたが、すぐに普段の調子に戻って鼻で笑う。



「ハッ。そんなことだったのかよ。」



そう言ってなまえの携帯を取って開けると口元を吊り上げた跡部。続いて彼女に視線を向けると、



「なら、口で言え。」



と携帯をなまえに向けた。彼女は自分の携帯を見つめる。そこには“23:59”と表示されていた。いつの間にそんなに時間が経っていたのだろうか?
まぁ、そんなことはどうでも良い。跡部景吾が生まれてきたことを、跡部景吾が生きていることを、跡部景吾と出会えたことを、跡部景吾の彼女であることを、感謝して彼を祝おう。
携帯の時間が“00:00”に変わる。星が輝く夜空の下、秋の風を感じながらなまえは口を開く。



「景吾、誕生日おめでとう。」
「あぁ。」


と跡部が嬉しそうに彼女に優しくキスをする。なまえは彼にとって素敵な一年になるように願った。