quiet | ナノ
 
「どしたの亮。そんな顔してさ。イケメンが台無しだよ」
「うっせーよ……大体なんでお前はここにいんだよ」


彼がここと言ったのは教室。「ここ私のクラスだよ」と言ってみると「そういうことじゃねえよ」とデコピンが飛んできた。呆れ顔のわりには優しいそのデコピンに思わずにやけると彼はまたげんなりした。亮が言いたいことはちゃんと分かっている。そもそも私はその景吾の彼女であり、本来ならばあのソワソワ乙女モード全開にしなければいけない存在なのだから。女子が景吾を探し回って、ほぼ男子だけになっている昼の教室で紙パックの牛乳飲みながらとりあえず外を眺めてみた。
それに下手に動き回るよりもここに居た方が安全だ。景吾と付き合っているだけで半殺しにされかけているっていうのに、こんな日にノコノコ外を歩いていたらそれこそ何かの儀式で殺される。血祭りだ。
そんなことを口にすれば亮は「あー、お前も大変な」とか言いながら頭を撫でてくれた。何だかんだで優しいこの男には本当にお世話になっていて申し訳ない。とか思っていたら、不意にがっつり背中からホールドされた。牛乳パックがその反動で少しへこんで、ストローから発射されてしまったそれが手の甲に少しかかった。


「ひいっ、」
「色気ない声出してんじゃねえ」
「……あ。お疲れ景吾」


頭上から響いた声にそう伝えると「お前なぁ……」と不機嫌マックスな返事。そもそもなんでここにいるんだろう。女子から逃げているとしたら、ここにそれが押し寄せることになるのか、と思い少々憂鬱になっていると後から、容赦もなく右手を掴まれた。一体何事かと思えば、景吾は牛乳パックをとりあえず私の机において、あろうことか私の手の甲をべろりと舐めた。あまりにも予測できなかったその行為に悲鳴にも似た変な声が出て咄嗟に唇を噛んだ。


「っひあ……っ、っあ、あんた何考えてっ」
「俺が濡らしたから、俺がそれを責任持ってふき取ってやったまでだ」
「舐めとっただから。っ……あーもう……早く女子に見つかればいいのに」
「そんな顔して言われても威力ねえな」


見上げた其処に、嬉しそうに笑う景吾が見えた。そんなに嬉しそうに笑われるとこっちもどんな反応すればいいのか分からなくて、とりあえず「誕生日おめでとう」と言うと、それを待っていたように唇にキスが降りてきた。だんだんと角度を変えられて、気がつけば後に居たはずの景吾は私の目の前にいる。さっき私の手の甲を舐めたはずのベロが今度は私の歯茎の羅列をなぞり、逃げようとする私の舌をも絡めとる。小さく目を開けた目の前に見えた景吾の男らしい顔にまた心臓が高鳴って、翻弄されて頭が混乱する。やっと唇が離された時には呼吸なんて出来なくなっていて、けほけほと咳き込む私のことを景吾が優しく抱きしめてくれた。


「プレゼント……なんだけどさ」
「別に物なんて欲しくねえよ」
「ですよね」


だって天下の跡部景吾ですもんね。手に入らないものなんてないに決まっている。そんなこと分かっていた。そんな私に怒ることも呆れることもなく、端正な顔で優しく微笑まれながらそっと頬を撫でられて「お前がここにいるだけでいい」と囁かれて。まるで私が誕生日なんじゃないかってくらい幸せで、私はその首に腕を巻きつけて彼に全体重を預けた。


「だから……プレゼントは、私です」


受け取ってくれるよね、と精一杯の強気な声をしながら言うと「いい女に育ちすぎだ」なんて焦った声が聞こえて、なんだか私はそれだけで幸せになってしまった。あれ、また私が幸せになっちゃったじゃないか。まあ、いいかと思いながらも大きな体に包まれる幸せに目を閉じた。きっともう少ししたら女の子が来ちゃうだろう。その時までこうしていたいな、と思ってしまう欲張りな私ごとどうぞ召し上がれ。