12万打SS 在津 | ナノ



在津巧二が能力者として覚醒したのは、大学生の頃。持ち前の頭脳で、帝京でもトップクラスの名門校に現役合格し、エリート街道を順調に邁進していた筈の彼は、突拍子もなく能力に目覚めたことで、FREAK OUTになった。

国家公務員を志してはいたが、国家系ではなく公安系になるとは思っていなかったと、当初は頭を抱えていた在津であったが、悩んで嘆いて官僚になれるなら最初からこんなことにはなっていないと早々に見切りを付け、FREAK OUTの能力者として従事することを決意した。


覚醒時期の遅さから走り出しこそ苦労した在津だが、その卓抜した頭脳と強い能力によって瞬く間に頭角を現し、ジーニアスから声がかかるのもあっという間のことだった。

自分よりずっと前からFREAK OUTで戦ってきた同年代の能力者を追い抜き、畑は違えど、凡そかつて思い描いていた通り、在津は着実に出世の道を歩んでいた。


だが、そんな彼の前に、大きな壁が立ちはだかった。


「アンタが在津巧二か!いやぁ、遠征続きで中々会えなくて、ずっと気になってたんだ!」


FREAK OUTになってから、その名を聞かない日は無かった。何処にいても誰といても、彼の名を耳にした。それはもう、辟易とする程に。

しかし彼は、そんな自分の心情など知ったことかと言わんばかりの晴れやかな笑みを向け、旧友にするかの如く此方の肩を叩く。片側が欠けた茶褐色の瞳を、悪感情の一つも宿すことなく輝かせながら。


「俺と同い年だってのに”教授”なんて二つ名もらうなんて、すげーなアンタ!こないだの防衛戦、隊長から見ておけって言われてビデオ渡されたんだけど、よく考えたよなぁアレ!」

「…………お前は」

「あ、そういや自己紹介まだだったな」


初めて出会った時から――否。その名を初めて耳にした時から、在津は彼を不倶戴天の敵と見做していた。


生まれて初めて、本能的に人を忌避した。何があろうと、この男とは生涯相容れることがないと、そう確信した。

ただ其処にいるだけで煙たく、親の仇よりもいっそ憎たらしい。これは、そういう類の人間であると、在津は満面の笑みを浮かべながら此方に手を差し出す彼を、心から拒絶した。


「俺は真峰徹雄!よろしくな、巧二!」






「巧二ー!おい、巧二ー!」


後方からの声を聞こえていないものとして、廊下を歩き続ける。擦れ違う人間が、何事かと此方を凝視するが、それをも無視して足を進めていくと、業を煮やしたのか、肩を引っ張られた。


「聞こえてんだろー、何で返事してくれねぇんだよ」

「……名前で呼ぶのを止めろと、あと何回言えばお前は理解出来るんだ、真峰」


諦めて振り返ると、一体何が悪いんだ、と言うような顔が目に入って、溜め息が出た。
まるで飼い主に叱られたことの意味が分かっていない馬鹿犬のようだと思っていると、案の定「いいじゃん、同い年なんだし」と返ってきたので、在津はこれでもかと眉を顰めた。


「馴れ馴れしい。お前に名前で呼ばれるのが不愉快だ。これもあと何回言わせる気だ」

「へいへーい。分かりましたよ、在津サン」


多分、分かっていない。口だけの了承もこれで何度目か。もう数える気にもなれなくなった。
幼児の方が余程聞き分けがいい、と頭を掻きながら、在津は悪びれた様子もなく唇を尖らせる徹雄を睥睨した。


「で、何の用だ」

「いや、こ……在津にちょっと聞きたいことがあって」

「俺に?」


徹雄はFREAK OUT内外問わず、顔が広い。人懐っこく、フレンドリーな――馴れ馴れしいとも言う――性格から、彼は多くの人脈を有している。そんな彼が、辟易とされるのを承知で、わざわざ自分を尋ねてきたということは、余程の案件と見ていいだろう。

次の任務についてか。それとも、近々行われるという侵略区域調査任務についてか。はたまた、自分の得意とする防衛戦についてか。


敵に塩を送るようだが、FREAK OUT一の能力者などと持て囃されている男に師事されるというのは、悪くない。

そんなことを考えて精神を弛ませていた己を、渾身の力で殴り飛ばしてやりたいと在津が思うのにそう時間は掛からなかった。


「ズバリなんだけど、どっちのが似合うと思う?」

「…………はぁ?」


目の前に提示されたのは、作戦計画書でも無ければ、侵略区域調査書でも、過去の戦闘データでも無く、携帯端末の画面だった。

其処には、鏡の前で自分を撮影している徹雄の写真が二枚。何れも、自分で選んだらしい服を纏った姿で写っている。


――何だこれは。何が起きているんだ。


余りに訳が分からなくて、在津が凍り付く中、徹雄は交互に写真を見せながら、此処に至った経緯を語る。


「実は今度、華とデートなんだけど、こないだ『いつも似たような服着てますね』って言われてさぁ……。だから次のデートは華が惚れ直すくらいオシャレな服でキメてこうって思って!」

「いや、そんなことはどうでもいい……。お前の事情を知ったところで、の話だ」


鈍痛を覚え始めた頭を抱えながら、在津は徹雄を制止した。このままだと、毛程も興味の無い話を延々と垂れ流されそうな予感がしたからだ。
事実、これまで何度か、聞いてもいないのに彼の恋人の話を小一時間以上されたことがある。交際前から、付き合い始めたばかりの頃まで、彼の恋愛事情について知りたくもないのに無駄に精通しているのは、そういうことがあったからだ。

思い返せば、これまでも深刻そうな顔で意見を求められ、何かと思えば至極くだらない恋愛相談だったことが何度かあった。
其処から学ぶべきだった。徹雄が自分に声を掛けて来る時は、ろくな案件ではない、と。


少しでも良い気になっていた自分が恨めしい。過去に遡れるのなら、あの瞬間の自分を殺してやりたいとさえ思う。

在津は、徹雄の襟首を掴んで締め上げたくなる衝動を堪えながら、彼の携帯を押し退けた。


「わざわざ俺を呼び止めて、聞きたいことが服のこと?何を考えているんだ、お前は」

「だって、在津オシャレじゃん?シャツとかネクタイとか、すげーいいもん持ってるしさぁ」

「…………はぁ?」


先刻と全く同じ沈黙を経た後、全く同じ声が出たのは、重ね重ね意味が分からなかったからだ。


在津が、衣服に気を遣っているのは確かである。

FREAK OUTの中には、どうせ化け物の血で汚れるのだからと、安物のスーツで済ませている輩が多いが、常に身嗜みに気を配れない者は出世出来ないという持論から、在津は常にブランド物で身を固めている。だが、ただ身に着けているだけでは如何なるブランド品も宝の持ち腐れだ。TPOに応じて色や素材を組み合わせ、それが最も際立つスタイルを確立させなければ、ブランド物を選ぶ意味も意義も無い。シャツもネクタイも靴も時計も、そうしたこだわりの元に選び抜いているので、洒落ていると言われるのは分かる。
しかし、友人でもない相手に、デートに着ていく服を選ばせる理由として、それは不十分であり不適切なのではないか。

そう言ったところで、きっと徹雄は首を傾げるのだろう。だから、在津は彼が苦手なのだ。


「それより、どっちが似合うと思う?俺としてはやっぱ、こっちかなーって思うんだけど、でもこっちも結構良くない?」

「…………両方無い」

「嘘?!」


あからさまな敵意や害意を向けられても、構うことなく此方に踏み込んできて、長年連れ添ってきた友のような顔をされると、嫌でも痛感するのだ。

自分の器が、彼にはとても及ばないものであることを。それが彼を唯一絶対の怨敵たらしめているということを。


「あ、待てって在津!駄目出しするならアドバイスくれって!なぁ〜〜!!」


だからまた、在津は徹雄に背を向ける。


認めない。認めやしない。認めてなどなるものか。何時だって何処でだって、最も優れていたのは自分だったのだ。相手が”英雄”であろうと、負けることなどない。劣っていることもない。

今に、彼を引き摺り下ろし、自分がこの世代の頂点に立つ時が来るのだと、在津は徹雄を置き去りにせんとばかりに早足で廊下を進んだ。


何年経とうと、何十年経とうと、彼がかの絶望の地に消えても尚、その脚は何かに急かされるように歩き続けていくと、他ならぬ在津自身が理解していた。









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