FREAK HERO | ナノ


「十怪だと?!」

「は、はい……”無感情”のアディシェス……初めて観測される個体です……」


オペレーターの蒼褪めた顔も、頷ける。あの超巨大フリークスだけでも手に負えないというのに、その上、十怪の出現だ。世界の終わりを感じたくもなると、狼狽する五日市の横で、古池は小さく肩を竦めた。

十怪のアディシェス――”無感情”を司るその個体が観測されたのは、これが初めてだ。
その存在は眷属や、彼と交戦して奇跡的に生き延びた能力者によって伝えられていたが、実物が姿を現す事は今日まで無かった。
何故よりによって今日なのだと、五日市が頭を掻き毟る。苛立つ気持ちも尤もだと、司令官達はモニターに映る光景を見据えながら、乾いた笑いを零した。

未知の超巨大フリークスに、未知の十怪。畳み掛けるような大厄災の強襲に、空も淀んでいる。何時の間にか雨催いの様相を呈してきたなと、他人事のように悪夢めいた景色を眺めていると、オペレーターが恐々と報告を続けた。


「現在”英雄”真峰徹雄隊員が応戦しています。彼であれば勝利出来るでしょうが……」

「だが相手は十怪だ!!真峰が居るのなら、より早く、確実に叩くべきだ!!」

「そうさな。彼奴にはあのデカブツを片付けてもらわねばならんのだ」


十怪も厄介だが、目下、最も面倒なのはあの超巨大フリークスだ。あの大きさに加え、砲河原の能力すら通じないと来ている。現状、あれに太刀打ち出来る見込みがあるのは徹雄だけだ。アディシェスは他の能力者に任せ、徹雄を超巨大フリークスに回すのが得策だろう。

市街地防衛の人員が削れる事になるが、止むを得ない。今用意出来る限り最強の手札を揃え、アディシェス討伐に向かわせる事が最善の一手だと、司令官達は市街各地を映し出すモニターを見渡し、頷いた。


「蘭原、祇園堂、砲河原に繋げろ。現在の持ち場を放棄し、大至急、真峰の元へ向か――」

「駄目よ」


その囁くような声量で、全ての音が遥か彼方へと追い遣られた。

誰もが反射的に息を飲み、眼を奪われる中。その人は、まるで子どもの悪戯を窘めるかの如く微笑み、立てた人差し指を唇に宛がう。あどけなくも蠱惑的なその仕草に、誰かが魂を引き抜かれたような声で、彼女の名を呟いた。


「ひ……日見子様」

「アディシェス討伐は、あの子に任せて。……そうしないと、たくさんのものを失う事になるわ」


FREAK OUT現管轄部長にして、帝に仕える異能の名家・神室が誇る”先見の巫女”――神室日見子。因果に触れる力を有し、その眼で未来を見据え、あの忌まわしき大樹の撃滅へと人々を導く、もう一つの切り札。

薄っすらと光を湛える蒼い瞳が何を視たのか。それを問う事に、意味は無い。


「……巫女の予知は絶対だ」


彼女の言葉は、今此処に無いだけの事実であり、回避すべき事象だ。

根拠を求めた所で、時間の無駄だ。一分一秒が惜しい今、疾く決断し行動すべきだと、神室は日見子の言葉に従い、指揮を執る。


「アディシェスはこのまま徹雄に討伐させる。十怪の出現について、現地の隊員達には報せるな」

「りょ……了解!」

「付近の防衛には、控えの能力者を当たらせろ。メンバーは……こいつで事足りるだろう」



蛻の殻とは、まさにこの事を言うのだろう。まるで此処だけ世界から切り取られてしまったかのように静まり返ったエントランスを眺めながら、少女は自販機で買ったカップコーヒー片手に、のったりと来た道を戻る。

突如現れた超大型フリークスの対応に追われ、本部の人間は殆ど市街地へ出払い、非戦闘部署の人間まで駆り出されている始末だと、先刻すれ違った技術部の職員が言っていた。
どうりで人っ子一人見かけない訳だと、少女は散歩道でも歩くような足取りで、嫌に広くなったような廊下に靴音を響かせる。


先程、ちらりと外を覗いてみたが、あれは何とも、好奇心を唆られる光景だ。ぜひ間近で観察したい所だが、研究職の人間が現地に出られるのは、全てが終わった後になるだろう。

残念だが、後の楽しみにしておこうと、こくりとコーヒーを嚥下した直後。


<科学部所属、芥花研究員。統轄部より出動要請です。至急、一階フロントまでお越しください。繰り返します。科学部所属、芥花研究員。統轄部より――>


管轄部からの呼び出しに、少女――芥花カオルは、きょとんと眼を見開いて、その場に立ち止まった。


「あらあら……私なんかでいいのかしら」


何とまぁ、願ってもない機会だが、科学部の一研究員に過ぎない自分が戦線に立っていいものか。猫の手も借りたいという状況なのだろうが、果たして自分に戦士としての役割が務まるのか。

些か不安だが、任されたからには最善を尽くさねばと、カオルはカップに残ったコーヒーを一気に飲み干した。


「いい所で止まってしまったけれど、仕方ないわね。上からの指示だもの」

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