ALIVERS | ナノ


手向けられた言葉があった。兵器としての役目を終えた自分を追放した者から、もう二度とその顔を見る事がないようにと祈りを込めて贈られた言葉が。

今もメモリーの中に記録されているその言葉を、不要ファイルとして処分出来ずにいるのは、それがこれからの自分に必要な事だと思ったからだ。

ああ、尤もだと受け入れた一言は、兵器として朽ちながら、兵器で在り続けるしかない自分が、兵器以外の生き方をしていく為に不可欠なものだと、機械の胸に刻み付けた。


その言葉を思い出したのは、眼の前の少女の顰め面が、かつて目にしたそれと重なったからだった。


「国が何故、お前を投棄したのかよく分かった」


物珍しそうに此方を見ていた観衆も飽いて、各々の皿に顔を戻し、悲鳴が上がる厨房から何時しか物音一つ聴こえなくなった。そんな中、嫌に上品な手付きで口元を拭ったシュエは、テーブルの上に積み重ねた皿の山を見遣りながら、まるで悪びれてない顔をしてみせる。


「兵器というのは得てして維持コストのかかるものだ。覚えておきたまえ」

「にしたって食い過ぎだ馬鹿野郎! 賞金の半分持っていきやがって!」


関所で盗賊の首を換金し、市場で旅支度を終えた後、打ち合わせがてら腹拵えをしようというシュエの提案で食堂に来たのが二時間前。それからシュエは、暴飲暴食の限りを尽くし、材料が底を尽きたの言葉を聞くまでとにかく食い続けた。ヤーの食欲が失せる程に。

シュエが人間と同じように食事からエネルギーを摂取出来ることは聞いていた。その時、考えるべきだったのだ。百年戦争を生き抜いた兵器を動かすだけのエネルギーを人の食事に換算した時の総量を。


ヤーが頭を抱え、壮絶に後悔する中、香辛料たっぷりのスペアリブが一本残っていることに気が付いたシュエは、迷いなくそれを手に取って、優雅に肉を貪った。食べっぷりの良さに反し、食べ方に品があるのがいっそ憎たらしいくらいであった。


「安心するといい。これだけ食べているのは、先の戦闘で消費したエネルギー分の回復兼充電だ。毎日毎食これだけ食べる訳ではないし、食事である必要性もない。電気や灯油でも無問題だ」

「じゃあなんだこの鯨飲馬食は。え? 言ってみろ。答え次第ではコンビ解消だ」

「グレイ・グー予防の為、私は敢えて燃費が悪いよう造られた。よって、エネルギーの回復には莫大な補給を要するのだ」

「だったら」

「その上で私が非効率的な食事というエネルギー補給を選んだのは、今の私が君とコンビであるが故なのだよ、ヤー」


爽やかな辛みを纏った豚肉を咀嚼しながら、シュエがうんうんと頷く。


――肉を味わうか話をするかどちらかにしろ。


自分だけ箸を置いてるのが癪になってきたと、ヤーが皿に残った青椒肉絲を掻き込むと、シュエは豚の骨を噛み砕きながら続けた。流石に其処まで食うことないとヤーは思った。


「この旅は、私と君のものだ。であれば、私はパートナーである君に合わせて行動して然るべきだろう。人間である君が兵器である私に合わせるのは不可能だからね」


それは言われるまでもなく当たり前のことだが、何故そんなことを言われたのか分からず、ヤーが眉を顰める。

他にエネルギーを充填する術を持ちながら、何故わざわざ人と同じ食事を摂るのか。その理由と、彼が自分に合わせるという話がヤーの中では噛み合わなかったのだが、シュエの補足で概ね理解した。


「つまり、だ。君が食事を摂って補給をするのなら、私も同じようにしようと思った次第なのだよ」


シュエの意図は、人と同じく食事を摂るということで、人に寄り添うことにあった。


人のように咀嚼し、人のように味わい、人のように嚥下する。その無駄を、彼は尊んだ。

人の形をしていながら、兵器として生きてきた彼にとって、不合理を貪る自由がどれだけ喜ばしいか。彼の作り物でしかない表情を見れば感ぜられた。

人に紛れる為ではなく、人の傍に在る為に、人らしいことをする。これをこの旅の醍醐味の一つとしているのだろう。人間離れした食事量をぺろりと平らげ、充足感に笑むシュエを見遣りながら、ヤーは水を呷った。


「とはいえ、充電量にもコスト的にも、人間の食事は非効率極まりないのだがね。しかし、人に紛れて行動するにはこれ以上となく適しているだろう。有機物を使うと皮膚や毛髪もリアリティが増す。今後、潜入や変装を要する場面で役立つだろう」

「……取り敢えず諸々の話は後に回すとして、お前、顔を変えられるのか」

「骨格から変形可能だ。必要とあらば老若男女何にでも」


《人形》という名称は、彼が人の形をしていることと、如何なる人の形にもなれることに由来している。

シュエの体を形作るナノマシンを組み直すことで性別、体格、顔立ちを自在に変化させ、体内で精製した皮膚と毛髪を纏う。そうして敵陣に潜入しては破壊工作や諜報に勤しんできたシュエだが、一応、今此処にいる彼の姿が標準設定のそれである。


「この姿は言うなれば、デフォルト設定でね。私を造った技師の趣味でこうなっている」

「趣味」

「私には特にこうありたいという容姿が無いので、基本となるフォルムが設定されているのは有り難いことだ。それに、人の価値観的には中々男前の部類だろう。お陰で何かと得をする。日用品の買い出しから夜遊びまで」


確かにシュエの顔はヤーから見ても端正であり、何時の時代も整った顔をしていればそれだけで上手くいく事柄が多いのも事実である。だが、そんなことは問題ではないと、ヤーは視線を下方向に傾けた。


「…………付いてるのか?」

「オンオフ機能付きだ。出るのはでん粉で作った水溶き片栗粉のようなものだが」


公共の場、食事の場であることを踏まえ上手いこと濁したシュエだが、ヤーは尋ねたことを壮絶に後悔した。

《人形》とは言えど、其処まで作る必要があるか。水溶き片栗粉を出す意義があるか。彼の製造者は兵器を作りたかったのか愛玩人形を作りたかったのか、いよいよ疑わしくなる機能だ。
そんなものとっとと外してしまえ、と言いたいところだが、これもまた、シュエが人に寄り添うのに不可欠な無駄の一つだった。


「余剰な機能だ。だが、そういうものが人間には必要であり、人型兵器である以上、私に求められるのはその余剰なのだと思う」

「……納得はいくが、その機能は私の前で使うな。いいな」


それらしいことを言いながら、皿を片付けに来た女性職員に甘く微笑みかけるシュエを睨み付け、ヤーは深く溜め息を吐いた。


シュエは思考し、独特の哲学を持ち、感情と呼べるものを有している。だが、彼が決定的に人と相容れない部分を持ち合わせていることを、彼と旅を始めてから二日の内に何度も感じた。

初めて会った日、盗賊達を鏖殺した時もそうだ。鏖さずとも賞金は獲られたというのに、シュエは何の躊躇いもなく、鮮やかに盗賊達の首を刈り尽くした。報復の芽を根絶やす為、運搬効率を上げる為、シュエは息をするように迷いなく虐殺を遂げた。それが兵器の本分であるからだ。

そんな彼が人に寄り添おうなど、それこそ無駄なことだ。だが、ヤーはその一言を口に出来なかった。

シュエは自他ともに認める兵器だ。だが、ただの機械で片付けられる存在ではない。彼の人工知能は既に心と呼べる領域にある。例え人の心とは呼べたものではないにしても、それが彼の、シュエの自我であることには違いない。


思っていたより大変なものを拾ってしまったと、ヤーは本日何度目になるか分からない溜め息を吐きながら支払いを済ませた。旅賃の三分の一が消えた。

next

back









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -