妖精殺し | ナノ
何もかもが赤かった。家を焼く炎も、床に広がる血溜まりも、その水源――悲鳴一つ上げることも出来ないままに斃れた、父と母の成れの果ても。
何もかもが、悍ましい程に鮮やかな赤に染まっていた。あの女の瞳のように。
(これが例の?)
(えぇ、我等が毒林檎の魔女。彼こそが、貴方の夢、我等の悲願……その嚆矢に御座います)
自分が自分であることを見失いかけるような三年間だった。
皮膚という皮膚を焼かれては、再生魔術を掛けられ、火耐性と再生能力の強化を施された。体中の血を抜かれ、代わりに、気が触れる程に熱いサラマンダーの血を注がれた。
拒絶反応を抑え込む為、サラマンダーの魔力水溶液に漬けられた。朦朧とする意識の中、繰り返し、あの日の惨劇が眠りを妨げた。
これは、お前の罰だ。父と母は、お前がいたが為に死んだというのに、たった一人生き残った罪なのだと。深淵から囁く声に責め立てられながら、俺は、この責苦が終わる時を待ち望んでいた。だが、サラマンダーの血がこの身に馴染んでも、俺の地獄は続いた。
(良く馴染んでいるのね。生まれ持った性質か……それとも、サラマンダーに魅入られたのかしら)
(一口如何ですか、我等が魔女)
(そうね。万が一にでも他の魔女に眼を付けられる前に、私の物である証を付けておかないと)
ああ、どうして。どうして”ボク”がこんな目に遭わなければならないのかと。もう何度口にしたかも分からない言葉の答えが、その時、理解出来た。
(愛しい私の果実。今はまだ青い貴方。どうか、私の為に美味しく熟れて頂戴ね)
全ては、この魔女の為に行われたことだった。
サラマンダーに仕立て上げられた体を撫でながら、恍惚と微笑む毒林檎の魔女を前に、俺は、己が使命をその胸に刻み込んだ。
必ずや、この魔女に報いを。自分が受けた苦痛の悉くは、その為にあるのだと。