FREAK OUT | ナノ


「実験は」

「ふふ、今回については、問うまでもない筈ですわよ」


抉れた壁を目の当たりにし、どよめいていた科学部員達は、突如現れた少女に息を呑んだ。

薄暗い科学部の廊下をも照らすような、長い白金の髪と、白皙の肌。身に纏った衣服さえも白く、歳の頃十二歳前後とは思えぬ美しさも相俟ってか、全身が仄かに輝きを放つかのように眩い。
その造り物めいた容貌と、車椅子に腰掛けているせいか、まるで人形のような印象を受ける。
宝石のように青い瞳をすぅと細め、壁の前で笑うカオルを見据える顔が冷ややかなのも、そう思わせる一因か。

何故こんなところに、こんなにも美しい子がいるのだろうかと、一同が唖然とする中。カオルはクスクスと肩を小さく震わせながら踵を返し、少女に向き直した。


「彼女の生還と覚醒は必然。そう貴方が予言されたからこそ、”英雄”の娘を強制覚醒させる許可が下りた。
全く、研究者泣かせな能力だこと……なんて言ったら、不謹慎と思われるかしら」

「……自分の子供さえ実験台にするような”狂科学者”が、そんなことを気にするなんて、意外ね」


よく研がれた刃物のような言葉が落ち、科学部員達は背筋が凍る思いに肩を狭めた。
だが、それを向けられたカオルと、少女の車椅子を押してきた――彼女と対照的に、スーツも髪も、瞳さえも黒い男は、平然と笑っている。

それで、噛み付くのが馬鹿らしいと思ったのか。いや、元よりカオルと論争する気がなかったのだろう。少女はすぐに、ふいとカオルから眼を逸らした。


「まぁ、いいわ……どうだって。私がわざわざ此処に来たのは、変動した未来を見るのに必要なものを視る為だから……」


そう言って、少女はカオルの後ろ。酷く穴の空いた壁を、まじまじと見つめた。

此処で何が起きたのか、カオルからそれとなく話に聞いていた科学部員達よりも、彼女の方が理解しているようだった。
暫しその場を眺めた後、少女は何とも言い難いような顔付きをして、再度カオルに目をやった。


「……これが、彼女の力なのね」

「えぇ。やはり、あの”英雄”の娘だけあって、素晴らしい力を持ってましたわ」

「…………そう」


ほんの少し眉を顰めると、少女は目蓋を下ろし、それから、幾何かの静寂が訪れた。

空気がぴんと張り詰め、息をする僅かな音でさえ零してはならないような閑寂。
その果てに、少女はゆっくりと眼を開き、ぽつりと呟いた。


「……きっと、二週間後になるわ。お爺様が、彼女のもとに向うのは」

「あら、思っていたよりずっと早いのね」


一体何のことか、そもそも何が起きているのかさえ、科学部員達にはよく分からなかった。

それを、少女の後ろから男が嗤っているのにすら、気付くこともなく。一同は、カオルと少女の会話に聞き入って、脳内で渦巻く混迷を解こうとした。


「”Xデー”まで、そう時間がないもの……。これからは、何もかもが怒濤の勢いでやってくるわ」

「ふふふ、そう。それは、困ってしまうわねぇ」


困ってしまうといいながら、心底愉しそうに笑むカオルに、ついに少女は顔を顰めた。


彼女の面の皮の下に潜んでいるものを、少女は知っている。

眼を細め、蛇のように舌なめずりするこの女は、真性の”狂科学者”だ。

結末が分かっていたにしても、人の命を天秤に掛けて、平然としていられる。
もし自分が許可を出していなかったとしても、この女はきっと、彼女を”英雄”に仕立て上げようとしただろう。

だから、この女は嫌なのだと。そう吐き捨てるような面持ちをしながら、少女はカオルに合せて上向きにしていた頭を、ことりと下ろした。


「……もう行くわ。兵房(つわぶさ)、お願い」

「かしこまりました」


兵房と呼ばれた男は、にったりと眼を細めて会釈すると、車椅子を押して行ってしまった。

ほんの数分そこにいただけで、この場の空気を根こそぎ変えていってしまった少女達に、科学部員達は暫し呆然としていたが。
二人の影が見えなくなった頃。一人が堪え兼ねたような声で、カオルに尋ねた。


「……芥花部長、今のは」

「総司令官殿のお孫様……と言えば、分かるかしら」

「「!!!」」


その一言で全てを理解した一同は、今更ながら後を追うように、少女達が消えた方へと眼をやった。


総司令官――神室岑尚。その孫娘と言われて、科学部員達は合点がいった。

カオルと少女の会話の意味も、何故彼女が此処に来たのかも。何もかも。


「じゃ、じゃあ、あの女の子が管轄部の……っ?!」

「えぇ、そうよ」


カオルは、足元に転がっていた破片を軽く小突いて、デスクに腰掛けた。

壁が壊れたことなど、どうでもいい。少女が来たことでさえも、気に留める理由がない。
そんなことより、早く報告書を仕上げて、次の実験へと、カオルはその眼で見たことを細密に書き記しながら、この未来を自分に伝えていった少女の名を、憐みを込めたような声で口にした。


「彼女が、神室日和子(かむろ・ひわこ)管轄部長。通称、”FREAK OUTの眼”よ」

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