FREAK OUT | ナノ



それはまさに、覚醒と呼ぶのに相応しいものだった。


「う、あ……あ゛あぁああああああ!!!」


脳が、何かに齧られていくような激痛。

前もって聞かされていたとはいえ、想像を遥かに超えるその痛みは、気を失うことさえ許してくれず。
拘束具に阻まれて、痛みに悶えて暴れることも、壊れてしまいそうな頭を抱えることも出来ず、私はただひたすらに叫んだ。


まるで自分が、自分ではなくなってしまいそうな感覚だった。

激しい痛みに喰われ、理性を失い、人の言葉さえ忘れてしまいそうな中、止め処なく涙を悲鳴が溢れて――それが、どれだけ続いたか。

突如、ぶつりと何かが途絶えて、暗転。

ほんの一瞬訪れたその闇は、急速に広がった光によって消え去って。次の瞬間、何かに誘われるように眼を見開いた私は、確信した。


「おめでとう、愛ちゃん。成功よ」


私は、覚醒したのだと。

嫌に軽くなったような体で息をしながら、そう感じた。


「これで、貴方は私達と同じ……能力者よ」




弾かれたように、眼が覚めた。

何時の間に眠りについていたのだろう。夢から引き上げられた愛は、視界に広がる天井を暫し見つめ、荒い呼吸をゆっくりと整えた。

酷く汗を掻いていて、寝間着が肌に張り付いてくる。
その感触をゆるやかに感じながら、愛は汗ばんだ手の平を、目の前に翳した。

小さく、華奢な少女の手。これまでと変わりないそれを、何度か軽く握っては開き、愛は眼を細めた。


「……夢じゃ、ない」


そう再認識するように呟いて、ベッドから体を起こす。

時刻は未だ、朝の五時。当分鳴らない目覚まし時計のアラームを消して、愛は風呂場へと向かった。


汗を吸ってじっとりとした寝間着を洗濯籠に放り、蛇口をひねる。
間もなくシャワーから吐き出される湯を浴びて、愛はふと、自分の体を眺めた。

湯気で曇った鏡を手で拭って見ても、変わりない。
昨日までとまるで同じ。何処にも異常や変化が見られない体には、注射の跡さえもう残ってはいなかった。

だが、それでも確かに感ぜられるのだ。
この体は劇的に生まれ変わり、内側を流れる血液の一滴、細胞の一つでさえも、これまでとは比べ物にならない力を以て動いていると。


心臓の奥に妙なざわめきを覚えながら、愛は湯気に消えていく己の姿を見据えていた。
あの晩、愛はカオルの手によって覚醒した。

死を覚悟するような痛みの先を見事掴み取り、彼女は慈島達と同じ、能力者となったのだ。




「どう?覚醒した感想は」

「……今までの自分じゃないみたい、です」


拘束具を外された愛は、カオルから差し出された水を飲んで、率直な感想を述べた。

さっきまで、豪雨のように襲ってきた痛みが、嘘のように引いている。
獣のように叫び散らかしていたのが、夢の中の出来事のようにさえ感じられる程、体も軽く、いっそ清々しいと思えるような気分だった。
心臓が脈を打つ度、血液に乗って大きなエネルギーが体を巡り、呼吸するだけで何処までも行けそうな――そんな感覚に、愛は高揚さえしていた。


「なんていうか……ほんと、これまで自分の体って、眠っていたんだって感じがして……落ち着かない、です」

「そう。その感覚が、力に目覚めるということなのよ」


通常であれば決して開くことが無かった筈の扉が、セフィロトの花粉によってこじ開けられ、脳の内側に封じられていたものが解き放たれた。
それが一気に体中を駆け巡り、自分が想像すら出来なかったような絶大な力を齎してくれている。

本当に、生まれ変わったようだと、愛は涙と汗でぐちょぐちょに濡れていた顔を、服の袖で拭った。


「意識ははっきりしてるし、体にも異常はなさそうね。後遺症もないようだし……無事に覚醒出来て何よりだわ」


カオルは愛の肩を軽く叩くと、てきぱきと道具の片付けに当たった。

あまりの痛みに、随分時間が掛かったように錯覚するが、実際事が済むまでものの五分程度。
多くの道具を要さず、ただ注射器で”花”の核から抽出された成分を打ち込むだけ、というシンプルな施術は、とんとんと終わりを迎えていく。

こうも淡々と了うと、頭が壊されるような激痛も、ほんの少し見ていた悪い夢の一部のように思えてくる。

体に残る覚醒による昂ぶりでさえ引いてしまったら、いよいよ自信が持てなくなると、愛は俯き、確かめるようにカオルに問い掛けた。


「……カオルさん」

「なぁに?」

「…………私、本当に能力を使えるんでしょうか」


覚醒後。愛は、自らの意思で能力を発動出来なかった。
そも、どのようにしたら能力を行使出来るのかさえ、さっぱり分からないし、なんとなく念じてみたところで何も起こってくれない。

目覚めた、という感覚はある。だが、今はそれだけなのだ。
実際何かしらの力を発現し、自分は本当に覚醒したのだという確証を、愛は得られていない。

それが、無事に覚醒出来たという安堵感を塗り潰し、愛はみるみるしょげこんでいくが。カオルは、そんなことは気にすることではないと言うように、愛に微笑み掛けた。


「覚醒したばかりの内は、自在に力を使えないものよ。私も、そうだったもの」


怯える子供を宥めるように、カオルは愛の頭を撫でた。
その手で、少女の命を生死の境に追い込んでおきながら。カオルは取り繕った優しさで、愛を懐柔する。

見込んだ通り、選別を乗り越え此処にいる彼女が、真の成功例と成り得るようにと。カオルは愛から不安の影を丁寧に取り除いていく。


「九割以上の能力者は、覚醒時に発動した能力を再度使用するのにかなりの時間を要する。
だから、FREAK OUTでは覚醒した一般人を早急に回収して、養成機関で育成し、力のコントロールを教えるんだけれど……。
貴方は暫く覚醒を秘密にしなきゃいけないから、簡単なトレーニング方法を教えるわね」

「あ、ありがとうございます……」


カオルは、下手な慰めを口にしてはいない。

彼女の言う通り、殆どの能力者は覚醒しても能力をコントロールし、自在に引き出せるようになるまでは時間を要する。
封じられていた己の力の本質を知り、それを発現する為に何をどうすればいいのかを模索し、意のままに操れるよう訓練する。

凡その能力者は、そうして戦士へ至るものであり、覚醒してすぐに能力を思うが侭に使える者などほんの一握りで、その中にさえ最初から百パーセント力を使いこなせる者などいない。
よって、焦る必要はないとカオルは愛を宥めた。

今すぐにでも戦いたい気持ちは察するが、まずは自身の力について理解を深めることが重要だ。

どれだけ強大な能力を持とうとも、それを闇雲に使うだけでは勝利へと繋がらない。
得意不得意を把握し、応用の幅を広げ、特性を熟知することで最大限威力を発揮出来るようにしなければならない。
戦いを望むのならば、未だ荒削りの原石状態である力をよく磨くことだと、カオルは養成機関で習う基礎トレーニングを愛に教授した。


「でも、気を付けてね愛ちゃん」


あらかた口伝したところで、カオルは一層浮き足立ったような愛に忠告するように言った。

彼女が覚醒施術を受ける為に提示した、唯一の条件。
慈島にこれを秘匿すること、により、愛は覚醒した身でありながら、帝京社会に一般人として暫し居座ることになる。

そう長くは続かないだろうが、それでもその短期間に、愛は様々な脅威に曝されることになるだろうと。カオルはカルテにペンを走らせながら、愛に告げた。


「フリークスは匂いで、能力者と非能力者が判別出来る。例え力が使えない状態でも、奴らは貴方を餌ではなく敵と見做し、襲ってくる場合があるわ。
いや、警戒すべきはそれよりも――貴方自身の力、かしら」


ボールペンの先で指した方に、愛は視線を流し、其処に在る光景を見て、大きく眼を見開いた。


目覚めてから今まで、それが背後にあった為に気付けずにいた。覚醒した感覚に中てられて、其方を見ることさえせずにいた。

故に、自分は本当に覚醒出来たのだろかと気落ちしていた愛の心に、吃驚と、快哉にも似た昂揚感が込み上げてきた。


酷く抉れた分厚い壁。力無く破片が崩れて落ちる様子を言葉もなく眺める愛に、カオルは甘い声で囁く。

新たな”英雄”の誕生を祝うように。


「トレーニングは、なるべく周囲に人がいない場所でした方がいいわ。もし万が一、貴方の力が暴走した時……犠牲を出さないように、ね」


next

back









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -