FREAK OUT | ナノ
濃い匂いがした。酷く忌々しく、それでいて本能を擽る。そんな匂いを辿った先に、”奴”はいた。
「すぐに連絡を回せ!!全員で狩るぞ!!」
「はい!!」
工場地帯の一角。広大な敷地内に犇く倉庫群の奥で、”奴”が赤に塗れた口を開いた時。
俺の心に芽吹いたのは――羨望と、失意だった。
「この短期間に……こいつ、どれだけ食ってきやがったんだ」
嗚呼、美味そうに食っている。
食い散らかされた肉も、臓腑も、辺りを濡らす血も。全てが飢餓感を駆り立ててきて。
それを咀嚼する”奴”が、憎らしい程、羨ましくて。そんなことを考えている自分が、とても信じられなくて。
「クソ!調子乗ってんじゃねぇぞてめぇ!!」
「よせ嵐垣!!不用意に近付くな!!」
油断したつもりはなかった。だが、ひたすら自分の中で勃然と芽生えていく衝動を潰していくのに夢中で、その為に躍起になって”奴”と戦って、気付けずにいた。
「シローさん!!」
「慈島!!」
後ろからもう一体。化け物が、俺に牙を剥いていたことに――。
「シローさんがやられた」
夜更けに鳴り響いた携帯電話から、芥花の声でそう告げられた瞬間。全身を刃物の先端で撫でられるような感覚に見舞われた愛は、言葉を失った。
心臓が凍てつき、震えが奔る。全てに靄がかかって、自分の体が他のものに支配されてしまったように、上手く動かない。
それなのに、脳はぐるぐると思考を廻らせて、現状を悪い夢として処理させてくれない。
なんで、どうして、嘘だ、慈島さんが、そんな。
思いがけず襲い掛かってきた凶報に打ちのめされながら、愛はショートしかけている脳で、どうにもならないことばかり考えていた。
それはほんの十数秒のことだったが、芥花が「けど、大丈夫だから」と付け足すまで、愛は何時間も、窒息してしまいそうな暗闇の中で過ごしているような気分だった。
これが絶望に立たされた状態であることを、愛はよく知っている。知っていても尚、これから逃れる術がないことも。
「今、本部で治療を受けてて……そっちにジョーさんが車で向かってるから来てあげて、めーちゃん」
暗がりに塗り潰されたハイウェイに、車は少ない。
事情が事情だと、法定ギリギリの速度で徳倉は車を走らせてくれるが、それでも愛はもどかしくて仕方がなかった。
夕飯後、引き続き捜査の為にと出払った慈島を見送って、学校の宿題に手をつけて、リビングでテレビを眺めて…当たり前のようにいつも通り過ごしていた自分が、憎かった。
何一つとて、こうなる予兆を感じることもなく、そろそろ寝てしまおうかという頃合いに、慈島が申し訳なさそうにそぉっとドアを開いて帰ってくるのを、疑いもせず待っていた。
もし、僅かでも嫌な予感を覚えて、駄々を捏ね、慈島を困らせてでも引き止めていたら――。
悔恨は、いつも不毛で空虚で、どうしようもない。いくら頭の中で過去をこねくり回したところで、現状も未来も変わってくれやしない。
かと言って、自分を責め立てるのを止めたら、様々なものに押し潰されてしまいそうで。
愛はぐしゃぐしゃになってしまいそうな体を抱え、車がFREAK OUT本部に着くのを待ち倦んだ。
ミラー越しにその様子を見ていた徳倉は、何か気を紛らわすような言葉を掛けようとして、止めた。
自分が何を言っても、マイナスにしか働かないだろう。余計なことを口走って、増々状況を悪化させては、仕方ない。
可哀想なくらい不安にやられている愛をこのままにするのは大変忍びないが、これ以上気落ちさせてしまうよりはマシだ。
今、彼女の為になるのは、可能な限り、最高速度で慈島のもとまで届けてやることだと。徳倉は自分に言い訳しながら、ハンドルを切った。