FREAK OUT | ナノ


「現在の討伐数は」

「潔水事務所が一体、唐丸事務所が四体、栄枝事務所が一体……うちが三体。計、九体。残り三体です」


在津事務所の能力者達が消息を断ってから、一週間。
この七日間に、各支部の懸命な捜査により、本部から緊急手配された十二体のフリークスの内、九体が討伐された。

地理関係により潔水と栄枝の担当地区は、一体討伐出来ただけでも上等と言え、戦闘に関しては積極的な唐丸事務所が三分の一を仕留めたのも大きい。


「フリーク・ハザードから一週間……実に順調な討伐結果と言えるんじゃないですかねぇ」

「順調?馬鹿を言え」


慈島事務所も、上野雀に人員を割かれながら、三体ものフリークスを討伐してみせた。
通常業務でさえ人手不足だというのに、この功績は上々ではないか。
ソファに腰掛けて、フリークス討伐の報告書を書いている賛夏はそんな面持ちで、それとなく呟いたが、慈島は現状に納得していないらしい。
今回のターゲットたるフリークスのリストを眺めながら、凶相に磨きをかけた慈島は、書類から逸らした視線を此方に向けて来た。

赤紫色の双眸から此方を刺すようなそれは、苛立ちや焦燥で、鋭過ぎるくらいに研がれているようだ。


「九体討伐するまでの一週間で、能力者が五人、民間でも確認出来ただけで二十人は死んでいる。
一週間、各支部の人員を使い、探し回って、殺し回って、その結果がこれだ。それでも、まだ順調と言えるか?」

「……はーい、すみませぇん」


生真面目な彼の性格からして、まぁ納得していないだろうとは思っていた賛夏だが、こうも食い掛られるとはと、わざとらしく肩を竦めた。

謹慎が解かれて早々、本部から直々に手配されたフリークスの一体を討伐したことで、賛夏は得意になっていたが。
慈島はそれで誤魔化せると思うな、という様子で、付箋だらけになった資料の山に目を遣り、また一層、眉間の皺を深くしていた。


「ようやく第二支部に本部からの増援が入ってきて、ただでさえ少ない人手を割かれることはなくなりましたけど……。
それでも、フリーク・ハザードの影響で通常のフリークスも活発化してますし……まだ暫くは落ち着けないですね」

「慈島、”奴さん”の痕跡は」

「……能力で、上手いこと消しているらしい。”奴”と思われるフリークスが暴れたらしい現場に行っても、匂いはまるでしなかった」


ここ数日の多忙極める業務によって蓄積した疲労。加えて、未だ残る問題の難解さで、頭が重い。
鈍痛を訴える額に手を当てながら、慈島は現状を整理した。


己が持つ手札、未だ尻尾が掴みきれない相手の状態、今日までの被害状況、他支部からの情報――。それらの中から、敵に迫る為に必要なものだけを集め、糾え、辿り、一刻も速くケリをつけなければならない。
相手が人を喰らう化け物であり、こうして自分が手を拱いている間にも、民間人が犠牲になり得るのだ。

焦燥を抑え、冷静な思考のもとで判断し、可能な限り最速最短で、討伐を終えなければ。
慈島は、紫煙の匂いが染み着いた息を吐きながら、嘉賀崎の地図を広げた。


「”発芽”から間もない内だというのに……対策は万全らしい。こうなると、”奴”をどうにか焙り出すか、奇跡的に遭遇出来ることを祈るか……実質、一択だ」

「焙り出す、なぁ」


徳倉は、また面倒な事だと肩を落としながら、マーカーペンでコツコツと机を叩きながら思案する慈島を横目に、缶入りの栄養ドリンクを呷った。
彼もまた、上野雀で第二支部の支援に向わされて、戻って来たらすぐにフリークス退治と、ほぼ休む間もなく動き回っている為、疲れが溜まっている。

慢性的な人手不足に加え、余所の尻拭いに、活発化するフリークスの処理と、本部からの緊急討伐指令。
こうも見事に積まれて、よく誰も倒れずにいられるなと、徳倉は溜め息を吐いた。

当人が思っているよりずっと深く、鬱然とした気持ちが込められているそれに釣られそうになりながら、芥花は此方の為にも早期解決に臨まねばと背筋を伸ばした。


「如月は唐丸事務所が対岸を徹底的にマークしてますし、奴は人手不足で手薄なうちから侵略区域に向かう筈……。
出現ポイントも、上野雀から着実に対岸方面に移動してますし……余所に頼んで、警戒網作って、追い込んでみます?」

「いや……”発芽”後のハイな状態でも、”奴”の頭はよく働いているらしいからな……。強い飢餓感と焦燥を癒す為に人間を喰い、力を蓄え、確実に海を渡れる状態になるまで……奴は、対岸を目指さないだろう。
手薄が理由で嘉賀崎に来ているのは間違いないだろうが……目的は、脱出ではなく食事だ」


今日まで討伐された、他の手配フリークスと違い、慈島の狙う対象は非常に賢く、冷静である。
焦がれるような餓えに駆られながらも、着実に人を喰らい、此方の追跡を煙に巻くように、自身の痕跡を消しながら移動している。

いっそ笑えてくるような厄介さだと、慈島は紙束の山から引き抜いた資料と地図に視線を往行させ。やがて、マーカーの蓋を取ると、やや躊躇いがちにそれを地図に下ろして、そこから思い切ったように、丸を描いた。


「奴が次に現れるとしたら、現時点での潜伏予測範囲内からするに……可能性が高いのは、この四ヶ所。
夜間の人気が少なく、かつ、近くには隠れるのに最適な廃屋や、鉄道下のトンネル、ホームレスの溜まり場がある……。
一人暮らしの多いアパートや、社寮も点在しているしな……闇に乗じて潜み、人間を喰うのに、最適なのはこの辺りだろう」


予測を確信に昇華してくれる物証や、理論はない。忌まわしい程によく利くこの鼻でさえも、今回は使い物にならないと来ている。

ならば、自身の勘と、手持ちの情報を手綱にする他ないと、慈島は随分長らく腰を据えていた気がする椅子から腰を上げた。


「太刀川、」

「はっ」

「俺と来い。此処から一番近いポイントから回っていくぞ」

「御意」

「お前らはフクショチョーの連絡や、通報が来るまで待機していろ。今の内、休めるだけ休んでおけ」


そう言って、慈島は最低限必要な書類をファイルに突っ込んで、太刀川と共に事務所を出た。

ターゲットの潜伏地の狙いを搾り、捜査に向かうのに、多人数では相手に先取られる可能性が高い。
だが、単独で行動し、万が一鉢合わせてしまった場合、戦闘を回避することは出来ない。
自ら撤退すれば相手に逃走を許し、更に足取りが掴めなくなる。かといって、一人で戦って、命を落とすことになれば最悪だ。

よって、フリークス捜索は最低二人で向かうのが望ましい。
片方が戦線を離脱し、味方に増援を頼んだり、情報を伝えたり出来れば、討伐率も生存率も大きく上昇する。
相手に不明瞭な点が多い状況でこそ、慎重に、二人一組で捜査するのがベターだろう。

そう判断し、慈島は太刀川を連れて、外へ赴いたのだが――。


「大丈夫だって、めーちゃん。シローさんとしょーちゃんはそういう関係じゃないから」

「なんでそう言い切れるんですか!男と女ですし、もしかしたらもしかするかもしれないでしょう!」


真っ先に彼女を指名し、二人で外に出るという慈島の行動に、愛は給湯室からカップを運ぶのに使っていた盆をバンバンと叩いた。

next

back









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -