FREAK OUT | ナノ
十怪、”残酷”のアクゼリュス。数十年の長きに渡り、人類を脅かしてきたその災厄が、此度の侵攻でついに討伐された。
カイツールに続き、彼女を討伐することが出来たのは実に喜ばしいことだ。
筋書き通り、”新たな英雄”がこれを成し遂げていたのなら。
「全く貴様という男は!!一体何時になれば支部長としての自覚が持てるのだ!!」
廊下まで響く大声量で怒鳴り付けられながら、一切悪びれた様子を見せない男に、江ノ内は怒り心頭していた。
彼がそういう手合いであることは、とうの昔に理解している。だからこそ、十余年の時を経て尚、男がまるで変わらないことに腹が立つ。
江ノ内は血管が浮かび上がった拳を机に叩き付け、射殺すように鋭い眼で彼を睨み付けた。
「聞いているのか、唐丸!!」
「聞いてる聞いてる。その件については、俺らの手柄を全部ジーニアスに譲渡するってことでチャラになっただろ」
「それはそれ!!これはこれだ!!」
「まぁまぁ江ノ内くん、落ち着きなって。積もる話もあるだろうけど、それはまた今度にしよう」
「古池司令、しかし……!」
しぃっと、子どもの口を噤ませるように、古池が人差し指を立てる。話が進まないので黙っていろ、と言いたいのだろう。江ノ内は不承不承ながら反論の言葉を呑み、腕を組んで椅子に深く座り込んだ。
「で、話って何だ?」
「んー、そうだね。君の部下達も待たせることだし、端的に言おう」
唐丸と部下三人は、件の報告諸々の為に本部に招集された。そのついでに、唐丸は別件で話があると呼び出されたのだが――実際の所、此方が本命と言っても過言では無かった。
両手の上に顎を乗せながら、古池はまるで、悪事を持ち掛ける子どものような顔で、唐丸に尋ねた。
「唐丸くん。君は、慈島くんを殺せるかい?」
その問い掛けに拳を握り固めたのは、江ノ内の方だった。
当の唐丸は、予想だにしていなかった質問に面食らい、パチパチと瞬きを繰り返していたが、彼が古池の意図を汲み取るのに時間は掛からなかった。
「力量的な意味でも、気持ち的な意味でも、彼を殺せるかどうか。俺達はそれが知りたいんだ。RISEからの同期で、ジーニアスで一緒に活躍して、支部長同士になってからも交友がある彼を、君は殺すことが出来るかい?」
「……あー、アクゼリュス喰ったせいか」
「流石、理解が早いね。君のそういうとこ、俺は凄く評価してるよ」
「そりゃどうも」
先の戦いでアクゼリュスを追い詰めたのは唐丸だが、止めを刺したのは慈島である。
彼がアクゼリュスを食い殺す様を、唐丸は一番近くで見ていた。
あの日、慈島に異常は見られなかったが、この様子からするに、何かしらの変化や兆候が現れたのだろう。統轄部はいよいよ、慈島志郎という”怪物”の殺処分を視野に入れ始めたらしい。
自分が呼び出されたのは、そのタイミングを計る為なのだと察した唐丸は、古池の賛辞を軽く受け流しながら、シニカルに口角を歪めた。
「で、慈島を殺せる殺せないの話だが……今のアイツなら俺一人でも殺れるぜ」
「……慈島への情は無いのか、貴様」
「オイオイ、それをアンタらが聞くのかよ。慈島を殺せって俺に言ってんのはアンタ達だろ?」
「…………」
「同じ質問、白縫にしても俺と変わらないと思うぜ。慈島への情があろうと無かろうと、アイツが正真正銘、ガチの”怪物”になったら殺すべき……いや、殺してやるべきだ。他ならぬアイツが、一番それを望んでいるってのはアンタらも分かってるだろ」
「そうだねぇ。慈島くんは可哀想になるくらい善良なパーソナリティしてるからね。自我を失くして人を喰うことになる前に、どうか自分を殺してほしいって質だ」
「その善良な慈島くんに、あとどれだけ容量が残ってるか。アンタらが知りたいのは其処なんだろ?」
フリークスを喰えば喰うだけ、慈島は強くなる。アクゼリュスを喰らい、更なる深化を遂げた彼ならば、残る十怪と渡り合うことも出来るだろう。
しかし、慈島の深化には彼の人間性消失を伴う。彼が我を忘れ、人に牙を剥いた時。真の”怪物”となった慈島を殺せなければ、彼を生かし続けた意味が無い。
彼が何処まで人間でいられるのか。彼を何処まで使うことが出来るのか。古池達が推し量ろうとしているのは、慈島志郎の使用期限だ。
「ぶっちゃけ、今のアイツでもガチで殺り合ったら俺が負けるから、次が限界だな。サシで殺る場合での話だが……堅実的に考えて、的確に殺るなら次だな」
「……どういうことだ?」
「単純な力量差で見れば、アイツは既に俺の手に余るレベルだ。だが、アイツに人の心がある内はそれがブレーキになる。その分を差し引いて考えると、俺一人で殺れるのは今が確実。次がギリギリ、だ」
今回の深化が、慈島にどれだけの影響を齎したのか、唐丸は知らない。だが、統轄部が自分をわざわざ呼び出したこと、慈島の処分が火急ではないことを考えれば、凡そ当たりが付く。
恐らく次の十怪捕食で、慈島の中に人と呼べる部分は殆ど消えてしまうだろう。
既に彼は、唐丸ですら手に負えない領域に至っているが、それは慈島が、身も心もフリークスになったことを想定した場合の話だ。
彼の中に自我と理性が残されている内は、それが制御装置となる。何せ彼は、可哀想になるほど善良な心の持ち主だ。人を喰らう”怪物”に成り果ててしまったその時は、自ら首を差し出してくるだろう。
不確定要素に過ぎないので過信すべきではないが――そも、唐丸一人で彼と戦うというシチュエーションはまず有り得ない。複数人で仕留めることを前提にすれば、もう一段階深化を経た”怪物”でも、討伐可能だろう。
その先は、無い。慈島を人として殺すにしても、化け物として殺すにしても、次が限界だ。唐丸の眼は静かに、それを見据えている。
「何喰わせるかにも因るだろうけどな。師しょ……バチカルやケムダー辺り喰わせたら、より深化することになるだろうし……その辺も危惧して、喰わせるのは次で終いにするべきだ」
「成る程」
噛み締めるように頷くと、古池はにっこりと笑って腰を上げた。それを、話はこれで終いの合図と受け取り、唐丸も席を立つ。
「ありがとう。色々参考になったよ」
「御用命の時はお気軽にドーゾ。憎まれ役なら慣れてっからよ」
皮肉を込めた笑みを見せ付けると、唐丸はひらひらと手を振りながら部屋を出た。
未だ椅子に腰を据えたままの江ノ内は、その背中を黙って見送った後、溜め息を吐くように呟いた。
「……相変らず、滅茶苦茶な男だ」
「同情してる?」
「誰に」
「唐丸くんに」
「まさか!」
馬鹿を言うなと眼を剥きながら、江ノ内は間違っても唐丸を憐れむことはないと声を荒げた。
友を殺せるかと問われて尚、あんな風に笑っていられるのかと呆れただけだ。彼を不憫に思うことなど、断固有り得ない。よしんば憐れんだとて――彼は全て燃やし尽くすだけだ。
唐丸忍がそういう男であることを、自分はよく知っていると、江ノ内は打ち遣られたままの椅子を睥睨した。
「アレは、友を殺すことに悲嘆するような輩ではない。アイツは……唐丸忍は根っからの”放火狂”だ。同情の余地など、ありはしない」