FREAK OUT | ナノ


癸区高級ホテル襲撃事件から一週間が経った。

既にその日のことを忘れていた雪待は、本部から報告書を出すよう催促されていると慈島に言われ、そういえばそんなこともあったなと思いつつも、要請を無視して愛犬の散歩に赴こうとした。

そんな彼を待ち受ける人物の姿が一つ。マンションを出てすぐ其処、という所にあった。


「……何だ、お前」

「その顔からするに忘れてるな、アンタ……」


誰だでもなく、何だと言ってくる辺り、見覚えすら無いの領域にあるのだろう。

流石に其処まで憶えられていないとは思わなかったので、些かショックを受ける。しかし、その程度で凹んでいられまいと、男は――貫田橋はぐっと拳を握った。


「癸区のホテルでアンタに助けてもらった、野良能力者だ」

「…………あぁ」


言われてみれば、そんな奴も居た。その程度の感慨を露にした顔で、雪待は貫田橋を見遣ると、そのまま脇を通って第四支部へ向かおうとした。

何故こんな所に、と尋ねることすらしない。何処までも此方に関心がないらしい。覚悟はしていたが、どうして中々思っていたより強敵だと、貫田橋は雪待の歩行を妨げるように、道の端へと半歩分詰めた。


「何だ、お前」


今度は苛立ちを孕んだ声で問われる。至極当然の反応だ。だが、それも覚悟の上でのことだと貫田橋は背筋を伸ばし、真っ向から雪待に対峙する。


「アンタ、言ったよな。『無意味に助かった命だ。無意味に終わらせるのも、お前の自由だ』って」

「忘れた」

「まぁ……そうだろうと思った。……けど、それでいい」


雪待にとって、貫田橋を助けたことは何も特別なことではない。それにこそ意味が在る。だから貫田橋は、此処に居る。

此方とのやり取りに既に飽いているのか。散歩に行くのではなかったのかと訴えるように足元をぐるぐる回る犬――正直そのようなザ・可愛いという感じの犬を飼っているのかと驚かされた――を抱き上げる雪待を見据えたまま一呼吸置くと、貫田橋は此処まで来たら後には引けぬと口を開いた。


「単刀直入に言う。俺は……無意味に拾われたこの命を、アンタみてーな奴になる為に使いたいと思ってる。だから俺を、アンタの下で働」

「却下だ」

「な」


最早、此方に視線をくれてやることも放棄し、じゃれつく愛犬を撫で回しながら雪待が踵を返す。

此方が通れないのなら、向こうから回るまでだと言うように歩き出すその背中を追い駆けんと、貫田橋は一歩踏み出すが、彼がその先へ足を進めることは出来なかった。


「最後まで聞けと言いたいんだろうが、最後まで聞く価値の無い話が最後まで聞かれると思うな」

「さ、最後まで聞いてないのに何で価値が無ぇって言えんだよ!」

「言葉遣いがなってない」


ずばっと斬り伏せるような鋭い一閃。

出だしからして、お前は終わっているのだと適確に此方の欠点を突き刺すような雪待の言葉に、貫田橋はグっとその場に押し止められた。


「誰かの下に就くという態度が出来ていない奴が、どうして受け入れられると思っている。そんなことも分かっていない時点でお前は駄目だ」

「そ……それが何だってんだよ!他が使えりゃそれでいいだろ!」

「言葉も碌に遣えない奴が何を使える?」


またも一刀両断。今度こそぐうの音も出なくなった貫田橋に畳み掛けるように、雪待は更に追い討ちを掛ける。


「どうせお前は、使いっパシリでも雑用でも何でもやるとかそんなことを言おうとしていたんだろうが、雇用する側が求める何でもというのは幅広くマルチな奴を言う。自称何でもやると宣う奴の何でもは、底の底まで行けるという話だ。分かるか?俺の需要とお前の供給は軸が違うんだ。それでどうして、雇用関係が成り立つと思う」

「ぐ、」


貫田橋としては、其処に賃金が発生しなくても良かった。雪待の下で働く。それが目的である以上、タダ働きでも構わないと思っていたのだが、それを言った所で雪待は首を縦に振らないだろう。タダで貰える固定電話と十万で買える最新機種携帯なら俺は後者を選ぶ、などと言われて斬り捨てられるのが眼に見える。

現状、自分が何を差し出しても変わらない。今、己が持ち合わせているものは悉く雪待の需要に沿っていないのだ。


「お前が本当に何でも出来るというのなら、俺の需要に応えろ。話を最後まで聞いてやるのは、それからだ」

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