FREAK OUT | ナノ
死にたくなかった。
死にたくなかった。
死にたくなかった。
死ぬべきだと分かっていても、死ななければいけないと分かっていても、死にたくなかった。
だから、それに手を伸ばした。
それを口にしたら、自分が自分でなくなると分かっていたのに。
死にたくなかった。
死にたくなかった。
死にたくなかった。
ただ、それだけだったのに。
(おめでとう、”英雄”。いや、今のお前はバチカルか)
どうして自分は、こんなものに成り果ててしまったのだろう。
どうして。
「…………徹雄、さん」
どうか否定してくれと希うように、その名をもう一度、口にした。
それが、彼と同じ顔をした何かであれば、それで良かった。此処に居るのが真峰徹雄その人ではないと、そう言ってほしかった。
「…………パパ」
同じように、愛が呟く。その声に呼応するようにして、左眼の核が強い光を放つ。
「グ、ァ、ア…………アァアアアアアアアアアアア!!!!」
酷く痛むのか。魔物は左眼を押さえ付け、狂ったように叫び出した。
「パ、パパ!!」
「近寄るな、愛!!」
思わず駆け寄ろうとした愛の肩を引き、雪待は依然凍てついたままの手で銃を構える。
「アアア……ア、アアアアアアア!!!!」
狂い悶える魔物へ、標準を定める。
指は引き鉄に。残った力の全てを銃口へ集約するように、雪待は魔物を見据える。――だが。
「師、匠……」
彼は引き鉄を引けなかった。まるであの日の繰り返しのように、引き鉄に掛けられたその指は、動かない。それが全てを物語っていた。
「…………どうして」
今になって涙が零れ落ちた。溺れる視界の中、獣のように吼え立てる父の姿に、愛は張り裂けんばかりに叫ぶ。
「どうしてなの、パパ…………どうして……っ!」
彼は、真峰徹雄は”英雄”だ。
人々の希望。救世の星。命を賭して戦い続けた誇り高き能力者。だから、誰もが疑わなかった。だから、誰もが信じていた。だから、誰もが考えもしなかった。
侵略区域で消えた彼が、フリークスになっていた。そんな有り触れた可能性を、有り得ないと、無意識下で否定していた。”英雄”が”絶望”の使徒に、最悪の災厄に、人類の敵になるなど、決して、在りはしないと。
その信仰にも等しい信頼から逃れるように、魔物は翼を広げ、飛び立った。
「パパ!!」
腹の底から叫ぶ程度では届かない。手を伸ばす程度では掴めない。ならばと彼の後を追って飛翔せんとする愛の腕を、雪待が引いた。
「離して!!パパが……パパが行っちゃう!!」
「…………」
「お願い……離して、師匠……っ!離してよ!!」
言葉も無く、腕を振り解こうとする愛の体を力任せに押さえ付ける。
例え彼女の能力で消し飛ばされようとも、行かせる訳にはいかないのだと、雪待は血が滲むほど歯を食い縛りながら愛を抱き竦める。
「パパぁーーーーー!!!!」
悲痛な慟哭が、凍て付く海に響く。魔物の影が消えると共に泣き崩れ、嗚咽を上げる少女の姿を前に、誰も口を開くことは出来なかった。
「うぁあ……あぁあああああああ」
厚い雲の裂け目から、光が射し込む。この悲劇は何も特別なものではなく、有り触れた光景の一つに過ぎないのだと言うように。
声が聴こえた。右も左も分からない闇の中で、酷く懐かしい声が聴こえた。
それはとても、大切なもの。それはとても、輝かしいもの。
ああ、けれど。自分は其処に行けない。こんな体じゃ、何処にだって行けやしない。
自分はもう、人間じゃないのだから。
夥しい血と、肉と、臓物と、骨。
何かに憑りつかれたようにむしゃぶりついては散らかした。その残骸が浮かぶ海の上を、魔物は飛んでいく。
あの子にもう一度、会いたかった。
それだけだったのに。
魔物の心は、満たされなかった。満たされる訳がなかった。