FREAK OUT | ナノ
五年前。帝京政府の勅命により、FREAK OUTはクリフォト撃滅を目的とした侵略区域遠征任務を実行した。
精鋭部隊ジーニアス、総勢二十二名による大遠征。”英雄”真峰徹雄を筆頭に、歴代随一、黄金世代と称される錚々たる顔触れ。
これまで四度クリフォトに挑み、敗北してきた人類であったが、彼らであればと悲願成就を信じる者は多かった。かの”英雄”真峰徹雄がいれば必ずや、という声も多く、遠征任務を受けた帝京各地は、ジーニアスの出征に大いに沸き立っていた。
今度こそ、人類はフリークスに勝利する。奪われた国土も、帝京の平穏も、全て彼等が取り戻してくれる、と。
その期待が、声援が、無邪気に虫をちぎり殺す幼児に似た残忍性を孕んでいると、遠征部隊の面々は、そう思っていた。
(たった二十二人でフリークスの巣に乗り込んで来いなんて……死刑宣告ですよ)
遠征任務の決定は、死刑宣告も同然であった。
当時、打ち倒された十怪は全て代替わりを終え、侵略区域にはその全てが揃っていた。
クリフォトを守る災厄の枝と、その眷属、有象無象のフリークス。それらを相手取るには、このメンバーでは不足であることを誰もが理解していた。
これ以上の戦力を求めたところで、政府も上層部も応じない。今此処にあるのはFREAK OUTの最高戦力だ。それが失われることは人類にとって多大なる損失である。
だがこの人選は、全員が侵略区域で息絶えたとしても、どうにか帝京内の治安を保つ程度の戦力は残されるよう調整が施された面々でもある。
故に、自分達は限度額ギリギリの投資として、侵略区域に投げ込まれることになったのだと、遠征部隊に選ばれた者は皆、贄となった我が身を嘆き、世を呪った。
(クソ!!政府のバカ共のせいで、なんで俺達が!!)
(眼に見えた成果無くして国民は納得しないだの、民の血税で飯を食っているなら成すべきを成せだの……そんなふざけた理屈で四回失敗してることが何で理解出来ないかなぁ……)
(死にたくない……私、まだ、死にたくない……。死にたくないよぉ……)
(上層部は)
(……政府の命だ以外、何も)
(だろうな。……あのジジイ共は、お役人と国民に尻尾振るしかしやがらねぇ。てめぇが死ぬ訳じゃぁねぇからな)
巫女の力を借りるまでも無く、眼に見えた敗北。国の為、人の為にと今日まで戦って来たが、その国と人に殺される日が来るなんて思いたくもなかったと、誰もが項垂れた。
自分達の命は、こんなにも無意味で、無価値なものだったのかと、頭を掻き毟る者。
いっそ今此処で死んでしまった方がマシだと、震える体を抱え込むように蹲る者。
何もかも諦めて、抗うことを止め、虚を眺める者。
様々な形の絶望が、ただ其処にあるだけ。全ての人々の希望である徹雄もまた、彼等と同じように己の運命を受け入れていた。
(本当に行くんですか、徹雄さん)
その姿に堪え兼ねて、雪待は声を掛けた。
何時如何なる時であっても希望の象徴であり続け、幾つもの絶望をその拳で打ち砕き、運命を切り開いてきた。そんな彼が、死と敗北を受け入れていることが、雪待には堪えられなかった。
(ハハ、志郎と同じこと言ってやんの尋。やっぱお前ら、仲良いよな)
(……茶化して誤魔化さないでください)
徹雄の笑顔はいつもと変わらず、大らかで穏やかだった。
例えこの任務を生きて帰ることが叶ったとしても、彼に待ち受けているのは地獄だ。
四度目の遠征任務。当時、部隊を率いていたジーニアス隊長は、多くの部下の戦死と社会からのバッシングによって自決した。親兄弟を失った家族からの糾弾、無責任に石を投げる人々の心無い中傷。逃げ場は、死の先にしか存在しなかったのだ。
彼の苦悩を知る者は皆、彼にならないことだけを祈っていた。此処に居る者達でさえ、そうならなかっただけ救いがあるとすら思っている。
だのに、どうして徹雄はそんな風に笑っていられるのかと、雪待は切歯した。
(いくら徹雄さんがいるとは言え……この人数で十怪を相手に勝利することは出来ない。徹雄さんもそれが分かっているから『大丈夫だ』とか『俺達ならきっと成し遂げられる』とか言えないんですよね)
誰よりも信じている彼に、そんな言葉を投げ付ける自分に吐き気がした。
二十一人の命を背負いながら、彼が希望を口に出来ずにいるのは、その言葉が自分達を死なせるからだ。死ぬと分かっていながら、希望だけをぶら下げて、盲目的に戦わせる。これ以上罪深いことなど、ありはしないだろう。それでも、彼に”英雄”らしい言葉と振る舞いを求めてしまった。
誰よりも何よりも絶望に曝されている彼に、どうか強く在ってくれと希ってしまった。そのことを、雪待は痛烈に後悔した。
(……俺一人で、全部どうにかなったら良かったのにな)
受け入れてなどいなかった。この不条理を最も許せないのは、他ならぬ彼だった。
此処に居る二十一人の死に大義すら与えられず、無為に仲間達の命を散らせるなど、彼に堪えられる訳が無かったのだ。
(あいつらのあんな顔を眼の前にしながら、”英雄”らしい言葉の一つも言えやしねぇ。……こういう時ほど、自分の弱さが嫌になる)
自分一人が犠牲になることで全てが片付くのなら、迷わずそれを選んでいた。しかし、自分の力では、その選択肢すら掴み取ることが出来なかった。
何が”英雄”か。仲間達を守ることも、宿敵を討つことも出来ない人間に、その称号は過ぎたる冠だ。
無力さに拉がれ、拳を握り締める徹雄に、雪待は首を垂らした。
(……そんな言葉を、貴方から聞きたくなかった)
(ごめんな、尋)
(……謝らないでください)
(…………ごめんな)
彼に求めるばかりで、強く在れない自分を、雪待は呪った。
自分がその言葉を口に出来たなら、彼はどれだけ楽になれたことか。
心の底から嫌になる。たかが最強止まりの己が、”英雄”になれないその弱さが。
ただ立ち尽くしたまま、首を横に振ることしか出来ずにいた日のことを、今でも夢に見る。あの日、自分が少しでも強く在れたなら、何も失わない未来があったのかもしれない、と――。