FREAK OUT | ナノ


――”新たな英雄”、吾丹場を救う。


帝京中に希望の火を灯したそのニュースによって、彼の心は酷く焼け爛れたのだろう。

久し振りに見た彼の顔は、それはもう、悍ましいほど綺麗に歪んでいて。
もしかしたら、今日こそ彼に殺されてしまうるかもしれない。そう思いながらも、笑穂は彼の部屋へ足を踏み入れた。

それが獣の巣穴と知りながら、自分には、この手を拒むことは出来ないのだと身を投じ、迎えた二度目の朝。未だ息をしていられることを奇跡と思いながら、笑穂は薄らと開いた眼で、擦り傷のついた手首を眺めた。


「起きたか」

「………………」


声が投げ掛けられた方を見遣ると、其処には身支度を終えた彼の姿があった。

皺一つないスーツに身を包んだその姿は朝の陽射し宛らに清廉で、その何事も無かったかのような顔を見ていると、乱れたシーツの中に横たわる自分の汚らしさだけが際立つようで虚しくなる。

だが同時に、彼に理性を纏うだけの余裕が戻ったことに、穿たれた心の底に生温い水が注がれるような喜びを覚えて。笑穂は、注がれた傍から抜け落ちていくその感情を惜しむように眼を細めた。


「……今日は、お仕事ですか」

「本部で所長会議だ。その後は事務所に顔を出して、すぐ戻る」


取るに足らない案件だが、致し方あるまいと言うような顔をしながら、ネクタイを軽く直す。ただそれだけで恐ろしく絵になるのだから、この男は罪深い。

手懐け難き暴力性と猟奇性が潜むその顔は、ただひたすらに端正で。その性は紛うことなく男でありながら、彼の纏う憂いや儚さからか、女性美めいたものを感じさせる。


――この見目麗しい顔立ちに、これまで何人の女が騙されてきたのだろう。


そう他人事のように思いながら、薄れゆくもう一人分の体温を掻き集めるように布団を胸元に手繰り寄せると、彼は踵を返し、寝室のドアノブに手を掛けた。最後に一度、此方に振り返ることもせず。


「いってくる。適当にくつろいでいろ」

「はい。……いってらっしゃい、誠人さん」


主のいなくなった部屋は、嫌な静けさを以て、此方を吐き出そうとしてくるようだった。それに抗わんとに布団に潜り込むと、彼の残り香が鼻を衝いて、数え切れない体中の傷が疼く。

今になって、慰められたいとでもいうのか。じくじくと刺すような痛みを訴える我が身が無性に虚しくて、笑穂は薄暗い思考を振り払うように頭を振る。


「……お風呂、入らなきゃなぁ…………」




十怪が一角、カイツールの撃滅。彼女がFREAK OUT正規入隊から一ヶ月足らずで、この偉業を成し得たことで、誠人の狂気は一層、激しさを増した。

此処に来てから、笑穂は彼の寝室から殆ど出られていなかった。一日目は手錠で寝具と繋がれ、二日目には含まされた薬によって体が動かず、三日目にしてようやく自由が与えられたが、それも一時のことだ。


誠人は、すぐに戻ると言っていた。ということは、彼は未だ、気が済んでいないのだろう。仕事を終えれば真っ直ぐに此処に戻り、一晩中、この体に陵虐の限りを尽くす心算に違いない。

侵攻を受けての休校が続いていたのが運の尽きだったと、浴室を出た笑穂は、窓の向こうに広がる入道雲を力無く見つめた。


「……いい天気だ」


空は青く、澄み渡っている。まるで、淀みきった自分を嘲笑っているようだと、笑穂は痣だらけの肢体をベッドの上に投げ出した。

どうせ夜には汚されると知りながらシャワーを浴びた体は、鉛の鎧を着込んだかのように重い。汗と匂いを落しても、気怠さまでは洗い流せないものだ。緩慢な動作で携帯を手に取って、笑穂は着信履歴を見遣った。


眼を覚ます二十分ほど前に、母親から着信が入っていた。二、三日、友人の家に泊まってくると話しておいたが、大事ないかと心配して掛けてきたのだろう。すぐにでも此方から掛け直すべきだろうと思いながら、笑穂はリダイヤル画面を閉じた。

何となく察しがついたような顔をしながら、お父さんには言っておくからと送り出してくれた母親に対し、酷く後ろめたい気持ちがあって、今は、声を聞ける状態でもないし、話せる状態でもない。
許しを乞うように眼を伏せ、罪の意識ごと携帯を放ってしまうとしたところで、笑穂はメッセージアプリの通知に気が付いた。


「…………愛、」

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