FREAK OUT | ナノ
十怪三体による未曾有のフリークス大規模侵攻は、限りなくイーブンで終結した。
これまで代替わりすることのなかったカイツールの討伐という大きな功績と、侵攻してきたフリークスの数と比較して最低限範囲で止められた民間の被害。それら多大な成果を帳消しにしたのは、FREAK OUT第五支部、並びに吾丹場市の半壊に在る。
皮肉にも、カイツールを仕留めるという此度の侵攻に於いて最大級の功勲を上げた第五支部が、全体の評価を引き下げる結果となったのだ。
カイツールの後、間髪入れずにアクゼリュスが襲来したことを思えば、半壊で済んだのは奇跡と言えよう。しかし、あまりに多くの被害者が出てしまったこと、第五支部所長・栄枝美郷を始めとする所属能力者の損失は、帝京国民に歓迎されるものではなく。FREAK OUT本部はメディア対応に追われ、侵攻から三日が経過した今も、上層部は腰を下ろすことが出来ず。能力者達もまた、復興や警備に駆りたてられ、忙しなく働き続けている。
戦いは未だ終わってはいないのだと、そう痛感させられる。
自分達も、治療を終えた傍から現場へと引っ張り出されていくのだろうと、呻き声を上げながら病室を後にしていく同僚を見遣りながら、本部勤務能力者――夜久島塁(やくしま・るい)と弥陀間乃々(みだま・のの)は、揃って溜め息を吐いた。
「乃々ちゃん、あと何日で退院って言われた?」
「二日。……塁ちゃんは?」
「私もあと二日。……五日で退院出来る程度で済んだと思えばラッキーなんだろうね、私達」
「だよねー……まだ入院出来ていいなとか、思っちゃいけないよねぇ」
また揃って、紙パックのジュースを飲みながら、二人は半目で医療部ロビーを眺めた。
今回の侵攻で負傷した能力者や、民間の医療施設で受け入れを拒否された一般人が運び込まれ、医療部は未だかつてなく多忙を極めた様子だ。
治療が終えたものから吐き出されていくのも無理はない。何せ病室もベッドもありとあらゆる医療器具や薬も足りていない状況だ。スタッフ達も殆ど眠らず、日夜患者の治療に当たっている中、こうして呆けていると罰が当たりそうだと思えてくる。
自分達もついこないだまで、内臓が潰れ、骨が何本もへし折れていたというのに、何に咎められなければならないというのか。そんな気持ちにもなる。
命懸けでフリークスと戦って、傷付いて。治った傍からまた駆り出され――今度こそ、命を落としてしまうかもしれない。それに恐怖するより、嫌気が差すようになってしまった。
生き残ったところで同じことの繰り返し。ならばいっそ、死んでしまった方が楽になれるのではないか、なんて。志半ばにして死んでいった者達への冒涜でしかない想いに蝕まれ、自己嫌悪して。体は治っても、心が傷んだままで、どうやって戦っていけばいいというのだろう。
そんな想いが肺に溜まって、また溜め息を吐いて、と。徒に不毛な時間を過ごしていた時だった。
「あ、あの人」
虚ろな眼をしたスタッフが船を漕いでいる受付カウンターに現れた、ここ数日で見慣れたものとなった男の姿に、夜久島と弥陀間を始め、周囲のスタッフや患者達も眼を引かれた。
何処にいても人目を引き付けるであろう、白銀の髪に整った顔立ち。何時見ても目の保養になると夜久島と弥陀間が有難みを噛み締めていると、近くから看護婦達の囁き合う声が聴こえた。
「彼、また来てるわね」
「もう三日めでしょう。毎日よく来るわね」
「あれって、雪待尋でしょ?」
噂にもなるだろう。”帝京最強の男”――雪待尋。自らFREAK OUTを退いて以来、此方に接触するどころか、本部周辺にすら近付くことの無かった彼が、先の侵攻後、人目も憚らず毎日足繁く医療部を訪れているのだ。
それも、治療ではなく見舞いとなれば、看護婦達がざわめくのも無理はない。
お陰で、自ら詮索せずとも、雪待が誰を見舞いに赴いているのか耳に入ってくる。
夜久島と弥陀間は、有名人も大変だなと薄らとした同情を浮かべながら、紙パックに残ったジュースを啜り、看護婦達を倣うように適当な考察を始めた。
「雪待尋がお見舞いに行ってるのって、あの子でしょ」
「ああ……吾丹場で倒れて、運び込まれてからずっと目覚ましてないんだってね」
自分達が担ぎ込まれ、目を覚ました頃には、彼女の存在も噂になっていた。
今回の侵攻に於いて最大の功労者とも言えよう、十怪が一角、カイツールを倒した不世出の超新星。二体目の十怪、アクゼリュスと対峙した後、気力も体力も使い果たした彼女は、医療部に救急搬送され、一命こそ取り留めたものの、未だ意識は戻らず、特別医療室で今も眠り続けているという。
カイツールを倒す程の逸材を決して死なせるなという上からの指示で、医療部内でも選りすぐりのスタッフが彼女の治療に当たり、後は彼女自身が目を覚ますのを待つだけ。
とはいえ、既にカイツール戦で使い果たした力を無理に引き起こし、限界の更に向こう側を越えてしまったのだ。幾ら手を尽くしても、それ程のダメージを負った状態からの復帰は、時間を要するそうだ。
スタッフ達の立ち話から聞いているだけでも、相当深刻なことになっているのだと理解は出来るが。
「でも、あの子と雪待尋……どういう関係なんだろうね」
新進気鋭の”新たな英雄”と、二年前にFREAK OUTを離れた”帝京最強の男”。この二人の接点がどうにも見えて来ないと、夜久島と弥陀間は首を傾げる。
「自分から辞めていって、その後一切近寄らなかった場所に、毎日毎日通うなんて……やっぱ、ああいう関係?」
「どういう関係?」
「そういう関係」
最も考えられるのは、男女関係。一回り歳が離れてはいるが、有り得ないということもない。しかし、では何処で知り合ったのかという疑問にぶち当たった、その時。
「いいや。そうだったら面白いが……彼と彼女の関係はもっと複雑だぞ」
ポンと同時に肩を叩かれ、揃って体を跳ねさせた二人は、見開かれたままの眼で背後を見遣った。
其処にいたのは、至近距離からではあまりに眩しい顔立ちをした美青年で。夜久島も弥陀間も、これはまた眼福だという感情さえ追いつかぬまま、男の名を口にした。
「「し……白縫部長」」
やぁ、と軽やかに挨拶してきたのは、医療部長・白縫朱美その人であった。
能力者史上最も整った顔立ちと評され、レディース誌で単独取材を受けたこともあるという有名人。勿論、その麗しい貌のみならず、能力の方も折り紙付き。
故に、名前も顔も十分知っているが、こうして間近で話すことは無かった為、同じ本部勤務だというのに、人気俳優と遭遇したような心境だと、二人は暫し呆けていたが、先程の彼の言葉が気になって、喉に痞えた小骨を吐き出すようにして尋ねた。
男女の関係以上に複雑という、”新たな英雄”と”帝京最強の男”について。
「複雑って……どういうことですか?」
「ここ数年間の内にFREAK OUTに来た君達は、知らないのも無理はない。だが、私達の世代の間では、有名な話だよ」
白縫は、二人と同じく自販機で購入したであろう缶コーヒーを飲みつつ、受付を終え、彼女の病室へ向かう雪待を見る。
彼が何を想って此処にいるのか。その全てを知っている眼差しで。
「彼……雪待くんは――…………」