FREAK OUT | ナノ



彼岸崎明親が能力者としてRAISEに迎え入れられたのは十八歳の時。
しかし、彼が能力に目覚めたのは、十四歳の時だった。


(僕が覚醒していることは、誰も知りません。両親にさえ言っていませんでしたので……能力の事を知っているのは、僕だけです)


家族という形をどうにか保っているだけの冷えきった家庭に於いて、父親も母親も、息子に関心を抱いてはいなかった。

故に、彼は人知れず目覚めた力を誰にも明かすことなく、全てを孤独の中にしまい込んできた。


誰にも踏み込まれることのない世界は、風の無い海のように静かで、穏やかだ。その静寂と平穏だけがあればいいと、彼は様々なものを自ら見限って、切り離して。両親にもクラスメイトにも近隣住民にも、”FREAK OUTの眼”にも触れることなく、彼は冷たい安寧の中に生きてきた。


そんな彼が、能力者であることを認知されてしまったのは、言ってしまえば自業自得であった。


(何処だぁ!!何処にいやがるんだぁああ!!出て来い、FREAK OUTぉ!!)


覚醒から二年。当時、隣の市立高校に電車で通学していた彼岸崎は、帰りの電車に乗っていた際、フリークスに遭遇した。

人間に擬態していたフリークスは、車内から漂ってきた能力者の匂いに反応し、FREAK OUTが乗り合わせていると思ったらしい。
突如として異形に変貌を遂げたそのフリークスは、隠れ潜んでいる能力者を血眼で探さんと荒れ狂っていた。


(お前かぁあ!!お前が、FREAK OUTかああああ!!)


混雑していた電車内でも、匂いを嗅ぎ分けることが出来たのか。フリークスは、能力者である自分を特定し、襲い掛かった。

それでも、今日まで保ってきた平穏を壊されてなるものかと、彼岸崎は知らぬ存ぜぬを繰り返してみたが、殺して喰ってみれば分かると、フリークスは鋭利な爪を振り翳し――其処で彼岸崎は、致し方なく能力を使おうとした。


だが、彼が能力を使うよりも早く、フリークスは屠られた。偶々近くに乗り合わせていた、能力者の少女によって。


(どうして!!どうして力を使ったの!!!)

(何もしなければ、貴方は見付からずに済んだのに!!なのに……どうしてなの、美郷!!)


彼女もまた、自分と同じく、能力者であることを秘匿していた。


あそこで沈黙を貫いていれば、見知らぬ他人が襲われていることに眼を瞑っていれば良かったものを。自分の匂いが移ったと勘違いしたのか。良心の呵責に堪えられなくなったのか、少女は母親を振り払い、飛び出した。


――馬鹿な子供だ。

助けられておきながら、彼岸崎はそう思った。


母の言う通り、あの場で何もしなければ、少女は今後も普通の人間として生活出来ていたかもしれない。学校に通い、友達と遊び、家族と過ごし――そんな当たり前の日常を享受出来ていたのに。それを捨ててまで、どうして赤の他人を助けたのかと慟哭する母親を憐みながら、彼岸崎はその場から離脱しようとして、足を止めた。


(だって、助けたかったんだもん)


赤の他人の為に全てを擲った後だというのに、少女は笑っていた。

一欠片の悔恨も無く。少女は、名前も素性も知らない男が救われたこと、ただそれだけを祝うように、笑っていた。


(やはり、馬鹿としか言いようがないでしょう。他人の為に、自ら命を投げ出すなんて)

(何処で誰が何人喰われようと、関係のないことだ。自分一人が助かれば、それでいい筈だ)

(それなのに、あんな顔で……あんな笑顔でFREAK OUTになると公言してみせるなんて)

(どうかしている。どうかしている。彼女も……それを忘れられずにいる僕も)


正義感が強く、人を思い遣る心を持つ優しい子と両親が誇っていた少女は、フリークスに襲われる者を目の当たりにして、目覚めてしまった。

例え行く先が荊犇く獣道であっても、どれだけ我が身が傷付くことになろうとも、手に入れられる筈だった幸福を全て諦めてしまうことになっても。それでも私は、この命を懸けて戦い、フリークスに脅かされる人々を救いたいのだと。”聖女”として目覚めた少女は、その身を戦乱の中に置くことを選んだ。

その顔が、その声が、何年経っても忘れることが出来なくて。彼岸崎は、自ら首を差し出すようにFREAK OUT本部へ赴き、能力者であることを自白した。


(それが僕が此処に来た理由……全てを擲つ覚悟を決めた動機です)


安寧の孤独は、とうに崩されていた。

あの時、あの瞬間。彼女に救われた時からずっと、自分の中には彼女の姿が入り込んでいる。
何者にも脅かされることのなかった彼の心は、ただ一人の少女を放逐することが出来なかった。それが、始まり。


「行きなさい、栄枝美郷……いいえ。サクリファイス」


”死人花”彼岸崎明親と”魔女”栄枝美郷は、其処から始まったのだ。


「”魔女”の夜は、これからよ」

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