FREAK OUT | ナノ


ビデオの中で繰り広げられるそれを眺めるよりも、ずっと退屈そうな顔をしながら此方を見遣るものがいることなど、気付く余地もないだろう。

あらゆる感覚を快楽に塗り潰されていくような熱狂的な行為の最中で、近くに潜む化け物の気配など読み取れる筈もなく。男は乱れる女の肢体を抱き上げ、一層深く行為に耽っていく。


「サヱ……俺も、もう……っ!」

「はぁ……ダメ……。私、もう……ガマン出来ない……」


女のしなやかな腕と脚が、最後の一滴までも搾り尽くすように絡み付き、一糸纏わぬ体が、肌と肌を縫い合わせるかのように密着する。
親に縋る子供のように幼気でありながら、生き物の本能を煽り立てる魔性を秘めている。そんな女の媚態に促されるがまま、男は情欲の全てを吐き出した。

頭の中が白く霞んでいくような圧倒的快楽。そのあまりに短い夢を見ているような感覚が掻き消されたのは、ほんの一瞬のことで。
輸精の愉悦が最も色濃く刻まられるその刹那。目の前の女が、顔が大きく裂けてしまうくらいに口を開け、鋭利な牙を光らせている意味が、男には分からなくて。


「だって貴方、こんなに美味しそうなんだもの」


悲鳴を上げる猶予さえ与えられぬまま、頭部の半分を食い千切られても尚、男には理解出来なかった。

自分が抱いていた女が化け物であったことも。自分が彼女のエサとして捕えられていたことも。何一つとして理解出来ぬまま、男は残った頭部の半分も喰われた。


情事の時、男は最も無防備になる。特に、吐精の瞬間は、知能指数が著しく低下する程に。
その瞬間の脳を喰らうことを、この化け物は何よりも好んでいた。

蕩けるように柔らかい、人間の最も美味い部位。それを最も美味い状態で食べる為、化け物は人を装い、男に近付き、甘い嬌声とたおやなか肢体で下拵えをする。
そうして手間暇かけて出来上がった人間の雄の味は、筆舌にし難い。

化け物は咥内から心の臓まで満たすような快感に吐息を漏らし、恍惚と脳漿を啜り、口元に付着した血肉を舐めとった。その様を、もう一体の化け物が見ていることを知りながら。


「お食事中邪魔しちまったな」

「ん……ああ。貴方、ケムダーね」


女型のフリークスは、尚も男の死体を貪り喰いながら、赤い複眼でケムダーを見遣った。

その眼球は蝿のそれと酷似しているが、交尾の後に雄を喰らうところは、宛らカマキリだ。
加えて、金白色の羽毛のような髪や触角は蛾、先端に針を有する膨れた尻は蜂、手足を覆う黒い殻は甲虫と、各部位に様々な昆虫種の特徴が見られるが、背中から縦横無尽に伸びるように生えている翅――否。孔雀のものとよく似ているそれは羽と呼ぶべきなのだろう。絶え間なくギョロギョロと動き回る無数の目玉を有したそれを、羽と呼ぶべきか憚られるが。

ともあれ、彼女も大概、色んな物の要素を詰め込んだ欲張りな見た目をしているものだと、ケムダーは人型の姿のまま、軽く肩を竦めた。


「久し振りにその姿見たから、一瞬誰かと思ったわ」

「俺も、久し振りにそんな大口開いてる顔見たもんだから、人違い……いや、フリークス違いかと。けど、こんな悪趣味な”苗床”作りすんのは、お前くらいのもんだ。間違える訳ねぇよな、アクゼリュス」

「彼に同情した?同じオスとして」

「そりゃあ、一番キモチイイ瞬間の余韻に浸る間もなく、頭から喰われるんだぜ?”残酷”此処に極まれりだぜ、全く」


十怪が一角。残酷のアクゼリュス。

人間の男を喰らい、力を得て、そのエネルギーを使って体内で≪種≫を生成し、それを敢えて食べ残しておいた男の体に植え付けることで”苗床”を作る。

まさに残酷の名を冠するに相応しい繁殖方法だと、ケムダーはわざとらしく身を竦めると、アクゼリュスは口元を拭い、跨ったままの男の体から腰を上げた。


「カイツールはどうしたの?」

「先に行ってる。あいつの役目は陽動だ。今頃、派手に暴れ回ってくれてるだろうぜ」

「そう。じゃあ、今頃向こうも大変な騒ぎになってるでしょうね」


ずりゅと音を立て、アクゼリュスの尻の先端から伸びた卵管が男の胴体から引き抜かれ、体内に戻っていく。後数時間経てば、植え付けられた小さな≪種≫は肉を得てフリークスの幼体となり、男の屍をエサに育っていくことだろう。

こうも一切の無駄なく使われては、寧ろ男も本望なのではないだろうか。
そんなことを考えながら、無数の≪種≫が植え付けられた哀れな男の体を眺めていると、アクゼリュスが憂いを含んだ溜め息を吐いた。無論、それは喰い殺してしまった男へ宛てたものではない。
アクゼリュスが憐れんだのは、これから自分達が新たに蹂躙し、凌辱する、無数の人間達だ。


「にしても、十怪が三人も投入されるとはね。流石に人間がカワイソーに思えてくるわ」

「お前も、元人間だもんな」

「あくまで元、よ」


アクゼリュスは、男の頭を丸齧りにしたとは到底信じ難い、花も恥じらう少女のような小さな口を僅かに吊り上げ、静かに嗤った。


目の前の化け物と同じく、自分もまた、かつて人でありながら魔の道へ堕ちた存在だ。

であれば、彼にも分かる筈だろう。自分が既に、人間を同じ生き物として見ていないことも。今抱いている憐憫も、吹けば飛ぶような軽やかな感傷だということも。


アクゼリュスは、とうの昔に人の形を失った心臓に手を当てながら、目玉のついた羽を震わせ、快哉と微笑んでみせた。


「体も、心も、法も、倫理も、道徳も……人として持ち合わせていたものは、とっくの昔に捨て去ってる。私が人間をカワイソーだと思うのはね、人間が車に轢かれた犬猫や、浜辺に打ち上げられたイルカやクジラに抱くそれと同じ感情。貴方だって、そうでしょう?”人喰い”恵美忠実」


人が人に抱いて然るべき感情も、化け物に成り果てた時に失った。
だから、自分達は同じ人間として人間を憂いることなど出来やしないのだと、複眼で此方を見据えるアクゼリュスに、ケムダーは敢えて何も言わず、頷くこともしなかった。

だがアクゼリュスは、それを肯定と見做したらしい。これ以上何も言うことはあるまいと、アクゼリュスはベッドから軽やかに降り立った。


「で、私はどうしたらいい?」

「カイツールのとこに向ってくれ。今回のターゲットには、厄介な奴がついてるらしいからな」

「十怪二人で掛からなきゃいけない程の奴がいるの?こないだの……第二支部だっけ?あれだって、あんた一人でもどうにか出来たんでしょ?」


以前、上野雀を攻め込んだ時も、用心せよと指示を受け、ケムダーとカイツールが投入されたが、戻って来た二人は口を揃えて「一人で十分だった」とそう語っていた。

だのに、今回の相手は二人掛かりで挑むべきだと、他ならぬケムダーが言ってくるとは。
一体、どんな能力者が――と訝るアクゼリュスに、ケムダーは悪戯っぽく耳打ちした。


「”帝京最強”が来るかも……って言ったら、どうする?」


ぞわりと髪が逆立つように、アクゼリュスの羽が一斉にざわめいた。

もしこの場に生きた人間がいれば、その光景を目にした途端、自らの死を悟るだろう。それ程までに、今のアクゼリュスには鬼気迫るものがあって。
煽ったケムダーでさえ、こうも反応してくれるものかと思わず苦笑した。


「十怪を唯一単騎で討伐したかの”英雄”を差し置いて、最強の称号を得た男だ。カイツールだけじゃやられる可能性がある。お前も、あいつの強さは知ってるだろ?」

「……貴方、本当にいい性格してるわね」


かつて、彼女の背には蝶のように美しい翅があった。極彩色の鱗粉に彩られ、ステンドグラス宛らに眩い二枚の翅。

それを見るも無惨に引き裂かれたのは、忘れもしない五年前。
凍てつく氷に拘束され、必死に逃れんと足掻いた結果、自慢の翅は不様に千切れ――ズタズタに裂かれたボロ布のように成り果てた翅は、決して元の形に戻ることはなかった。

きっと、体が恐れているのだろう。再びあの男に翅を掴まれることに、怯えているのだろう。
こうして恐れに支配されている内に、かつての色や形さえも忘れてしまい、修復不可能となった翅をどうにか今の形に繋ぎ直すのに、一体どれだけのエネルギーを要したことか。

思い返すだけで腸が煮えくり返るような想いがする。
あの男の体を、自分の翅と同じように引き裂き、これ以上となく残酷な死を与えてやりたいと、殺気立つアクゼリュスの肩をポンと叩くと、ケムダーはベランダに通じる窓を開けた。


「もしあいつが出張ってきても、ムシするなり逃げるなりお好きにドーゾ。ただし、シゴトはしっかりな」


あくまで狙いは、彼ではない。

そこを見失う勿れと助言を残すと、ケムダーはベランダの柵の上に登り、やがて、大きく両手を広げながら、ゆっくりと後方へと倒れていった。


「頼んだぜ。”奇術師”夢路サヱ(ゆめじ・さえ)」


高層マンションの二十二階。その先に広がる深い闇に吸い込まれるように姿を消していった化け物を見送ると、アクゼリュスもベランダへ出て、柵の上に乗り上げた。
未だ、治まりきらぬ怒りと殺意を携えながら。それでも悍ましい程の冷静さを取り戻したアクゼリュスは、醜い翼を広げ、夜の空へと飛び立っていった。


自分はフリークス。残酷のアクゼリュス。

ただその名の通りに振る舞えば、それでいいのだと。醜くも美しき化け物は、闇夜の彼方へ消えていく。


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