FREAK OUT | ナノ


退廃とした風にそよぐ大樹の根元で、獣は眼を閉じた。

母の腕に抱かれながら、耳を打つ子守り歌に微睡むような心地よさ。その感覚に安らいでいく傍から、胸をざわめかせる強い衝動に襲われる。

喉の奥から乾いていくような情欲。行き場の無い熱が齎す焦燥。癒されようのない飢餓感。
忌まわしい程に卑しいこの欲求を肯定するかのように、木は枝を擦れ合わせ、此方に囁き掛ける。


――喰らえ、喰らえ、喰らえ。


己が欲望のままに貪り、血肉を啜り、骨までしゃぶり尽くすがいいと。まるで我が子を愛でる母のような甘やかな言葉に、獣はうっすらと目蓋を開けた。


「……聞いたか?カイツール」

「おう。へっへへ、最近ちぃと食い足りねぇと思ってたとこなんだ」


まさに今、女子供を三人平らげたところだというのに、よくもまぁと、獣――ケムダーは口元を歪めて嗤った。


食い足りない。その言葉に、両脇に侍らせていた女達が青褪め、可哀想なくらい震えている。

無理も無い。目の前で人間を貪り食っていた醜い肉塊のような化け物が、未だ腹を空かせているということは、次にあれに噛み砕かれるのは自分達かもしれないのだから。

ケムダーは、怯える女達の肩に回した腕に軽く力を込めながら、足元に転がる無惨な屍を伸ばした爪先で軽く小突いた。
それは、カイツールが一人目を食らった時、錯乱し、逃げ出そうとした女の成れの果てだ。

ああなりたくなければ大人しくしていろと見せしめで嬲り殺した甲斐あってか、傍らの女達は自分の腕の中で、許しを乞うように身を縮こまらせている。
いじらしいくらいに、哀れなものだ。恐怖に飼い慣らされた人間というのは、どうしてこうも心を躍らせてくれるのか。
ケムダーは喜悦に眼を細めながら、女達の頬や首筋に獣の指を這わせた。


「お前、”農園”の管理ヘッタクソだもんなぁ。だから万年からっけつなんだよ、そっちのナワバリは」

「仕方ねぇだろぉ。収穫前が一番うまいんだからよ」

「わざわざ十ヶ月待って、最後に台無しにしちまうんだもんなぁ。同情するぜ、お前の眷属にはよ」


ひっと悲鳴を飲み込む喉をなぞり、涙が伝い落ちる顎を撫でる。

少しでも抗えば柔い皮膚を破り、肉を引き裂く鋭い爪を光らせながら。腕以外は人の姿を被ったままのケムダーは、女達の正気を乱していく。
頭の中に指を入れ、頭蓋骨の中身を滅茶苦茶に掻き混ぜるように。絶対的な恐怖に一匙程度の希望と、肌が粟立つくらいの快楽を付け足して。ケムダーは、好き勝手に蹂躙されながら、尚も此方に身を委ねる女達を、ぐっと抱き寄せた。


「へっへへ。その分、今回たくさん仕入れてやるって」

「どうだかなぁ。お前のことだ、持って帰るまでに殆ど食っちまうんじゃねぇの?」

「へへへ、大丈夫。帰り道の分も獲って来るからよぉ」


言いながら、舌なめずりするカイツールの姿に戦慄し、女達は反射的にケムダーに縋り付いた。

彼の所有物である内は、安全が保証される。
抗わず、従順に、ケムダーを喜ばせる愛玩動物として振る舞っていれば、傍に置いてもらえる。喰われることなく、生かしてもらえるのだと。そう学んだ女達は、どうかあいつに食わせないでくれとケムダーに寄り縋るが――。


「ところで、アクゼリュスは?」

「もう向こうにいるってよ。あいつには俺が声掛けてくるから、お前は先に暴れてこい、カイツール」


カイツールから庇い立てるように力を込めてきた腕が、片割れの腹部を貫いた瞬間。残された女は目を見開き、絶叫した。

突き立てられた獣の手は、悲鳴を上げることさえ出来ぬまま喀血する女の腹から引き摺り出した臓物に塗れ。ケムダーがそれを振り払うように腕を動かすと、まるで豆腐を割くような容易さで、女の胴体が真横に千切れ、支えを失った上半身が地面に落ちた。

その様を見て、ついに発狂した女は、脇目も振らず、叫び声を上げながら無我夢中でに走り出すが――無情にも、彼女の胴体はムカデのような尾に刺し貫かれ。宛らフォークに刺された料理のように、女は生きたまま、カイツールの口へと放り込まれた。


「悪いなぁ、ケムダー。すっかりご馳走になっちまって」

「構うこたねぇ。俺は小食だからよ」

「ぐひひ!貪欲の”人喰い”ケムダーが、よく言うぜ!!」


ボリボリと骨を噛み砕き、女の断末魔ごと丸飲みにしたカイツールは、尾についた肉片を指で掬って舐め取る男の姿に、腹を抱えて笑った。


確かに、ケムダーはフリークスの中でも小食な方だ。

貪婪に人間を喰らい、力を蓄え、”樹”に至ることこそアイデンティティとしているフリークスの本分に逆らうように。
ケムダーは根無し草の如く、浮世を彷徨う化け物であらんと、誰より強い餓えを携えていながら、人の肉に口を付けるのを控えているのだ。

かつて”人喰い”と呼ばれていた男が。化け物に成り果て”貪欲”の名を冠して、己の欲望に蓋をするなど。これが喜劇でなくて、何と言うのか。


尤も、彼は口寂しい分の埋め合わせとして肉欲を貪り、己の縄張りに囲った女達で有り余る衝動を満たしているのだが。


「そんじゃ、行くとするか。愉しい愉しい、人間狩りの始まりだ」


ケムダーが投げ捨てた女の死体も拾って口に放り込むと、カイツールは巨躯を揺らしながら小走りし、先を行くケムダーに続いた。


――嗚呼、今回もきっと、最高の狩りになるだろう。


カイツールは快哉と胸を弾ませながら、母の声に駆り立てられた化け物共を従え、海の向こうの餌場を目指し、踏み出していった。


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