FREAK OUT | ナノ


擦れ違う人々の姿は、至極平和であった。

仕事に向かうサラリーマンも、友人と談話する学生も、遠出するらしい親子も。
誰もが当たり前の日々の中にいて、混雑した駅のホームで、自分だけが浮いてしまっているような感覚に見舞われる。

少し前までは、自分もこの平穏の中にいたというのに。日常というものが、こんなにも遠く感ぜられるようになってしまうとは。
何だか不思議な気分だと、愛は座席の背凭れに凭れ直した。


正式にFREAK OUT入隊となった愛は、今日から配属先――第五支部に赴任する。

RAISEのある多渡市から、第五支部のある吾丹場市までは、かなりの距離がある。よって、愛は電車に乗って最寄駅まで向い、駅で迎えの車に乗ることになった。
あちらはRAISEまで迎えに来るつもりでいたらしいが、往復四時間弱の道程をわざわざ来てもらうのも心苦しいと、愛は断りを入れた。

”英雄”の娘だからと気を遣われたくなかったのもある。
自分はあくまで、養成所を出たばかりの新人だ。父親の威光で特別視せず、一能力者として見てもらいたい。そういう意思は早い内から示しておくべきだろうと、愛はきっぱりとRAISEまでの迎えを断り、電車で吾丹場を目指すことを選択した。

片道三時間。大きな荷物を抱えているのも相俟って、ちょっとした旅行に行くようだ。
これでスーツを着たりしていたら出張気分になっていたのかもしれないが、御田高校の制服を模した礼服を着ている以上、修学旅行と言った方が相応しいだろう。


FREAK OUT正規戦闘員は、男女共に黒い礼服を着用することが定められている。

一応、立場的には公務員である為、相応しい格好をすべしという意味合いと、先立った先人達への敬意として常に喪に服すべしという意味合いがあるそうだが。
ともかく、FREAK OUTでは大人も子供も皆一様に、黒い礼服を戦闘服として着用している。一部の特殊部隊――ジーニアスなどの例外はあるが。


そんな訳で、RAISEでは訓練生に卒業祝いとして、特注の礼服を一着贈呈している。
基本はスーツだが、希望すれば学生服のようなデザインのものも発注可能だ。賛夏が着ていたのも、後者に当たる。

愛は、今の自分がスーツを着ても、逆にスーツに着られてしまうだろうと、馴染みのある御田高校の制服に近いデザインの礼服を頼んだ。
今後のことを考えればスーツを選んでもよかったとは思うが、それは出世祝いにでもしておこう。こっちの方が動きやすそうだし。

なんて考えながら、窓に映る自分の姿から、次第に緑が多くなっていく景色へと眼を移すと、愛は昼食用にと駅の売店で買ったおにぎりを頬張った。


そういえば、いつだったか嵐垣が上野雀まで出張に行かされていた時、彼も電車で一時間かけて現地に向かっていたと言っていた。

彼の性格からするに、旅行に向かうような穏やかな気持ちは欠片も無く、ただ遠くまで、他支部の尻拭いをさせられることへの苛立ちだけを募らせていただろうが。それでも、彼もこうして電車の中で、昼食を摂ったりしていただろうと思うと、少し可笑しい。

いつかまた会う時が来たら、その時は、電車の中で何を食べたかとか聞いてみようか。そんな取り留めのないことばかり考えていると、時間はあっという間に過ぎていくもので、気付けば目的地まであと数駅というところまでやってきた。


これから自分が歩んでいく道は、もっとずっと遠くまで、果てしなく続いていく。

もう既に見えなくなった、遥か彼方に聳え立つ大樹を討ち滅ぼし、奪われたもの全てを取り戻す。それは想像を絶するほど長く、険しい道程だろう。
だが、自分は既にスタートラインを踏み越えている。今更、後戻りすることなど出来ない。此処からはただひたすらに、前に進むしかないのだと、愛は窓の向こうに広がる景色を凛と見据えた。


今日から此処が、守っていくべき場所。”英雄”の娘は、此処で”新たな英雄”になるのだと、愛は手提げ鞄を強く握り締めた。


<吾丹場〜。吾丹場〜。お出口は、左側です>


逸る想いを押さえながら、階段を上り、改札を通り抜け、駅を出たところで、愛は目の前に広がる景色に、すぅと息を飲み込んだ。

御田や嘉賀崎ほどではないが、吾丹場も栄えた街だ。駅周辺にはオフィスビルが聳え、行き交う人々の姿も多い。
また、吾丹場は観光地としても有名で、海や山、温泉といった観光スポット目当てに足を運ぶ旅行客でも賑わっている。

今はちょうど観光シーズンなので、バスターミナルなどでは、大荷物を抱えた人々が見られる。
吾丹場から侵略区域までは、かなりの距離がある為、御田や嘉賀崎に比べてフリークスの出現数は少ない。このご時世に、これほど旅行客が集まっているのも、その為だ。


――だからこそ、この街は平和でなければならないのだろう。

辺り一帯を眺めながら、愛がそんなことを考えていた、まさにその時だった。


「キャアアアアアアアア!!」

「!!」


平穏を引き裂く悲鳴。その悲痛な叫びがする方へ反射的に顔を向ければ、其処には異形の化け物が君臨していた。


「……フリークス!」

「ゲェッゲゲゲゲゲゲ!!」


高らかに、醜悪な笑い声を上げるのは、緑色の皮膚をした巨体のフリークスだった。

体長は二メートル弱。爬虫類めいた形の頭部には無数の黒い角を生やし、その下には小さな目玉を蜘蛛さながらにびっしりと並べている。
人肉色が覗く腕は、鞄でも引っ提げるように横転した車を持ち、それを逃げ惑う人々目掛けて投げつけようとした――その瞬間。


「英雄活劇(ヒロイズム)!!」


愛は弾かれたように前へ踏み出し、黒光の羽根を撃ち出した。

射出された羽根は、宙を舞う車を貫き、石くれ程の大きさに分解していく。その間に、愛は目を白黒させる民間人の横を擦り抜けながら、フリークス目掛けて跳躍する。

RAISEで受けた訓練が身に染みているせいか、体は淀みなく、迷いなく動いていく。
初めて本当のフリークスと対峙しているというのに、恐れや躊躇いは何処かへ放り出されていて。愛は、使命に駆られるようにフリークスへと飛び掛かる――が。


「蠢く森(デントロフィー)」


愛が翼を広げると同時に、フリークスの体は、突如アスファルトを裂いて現れた樹木に穿たれた。


一瞬のことだった。

目まぐるしいスピードで地面から木が生えてきたと思えば、それは夥しい枝を伸ばし、断末魔を上げることさえ許さぬ速さでフリークスの全身を刺し貫いた。


一体何が起きたのかと、愛は着地した場所から動けぬまま、木に血肉を吸い上げられていくフリークスを眺めた。その時。


「初めての実戦でも、あそこまで動けるなんて……。流石は”新たな英雄”ですね」


静寂の中に響く、場違いなまでに穏やかな声。
酷く優しく、耳触りの良いその声に引っ張られるように其方に眼を向けると、スーツ姿の女性が柔らかく微笑んできた。


「貴方は……」


深い緑を湛えた艶やかな髪を靡かせるその人には、見覚えがあった。

ただ其処にいるだけで空気が清められていくような、清楚で颯然とした女性。美しい顔立ちをしているが、あまりに柔らかな雰囲気を纏っている為か、麗しいと言うのが最も適していると思わせる。

此処に配属されることが決定した時、事前に一度会って面談をと、わざわざRAISEまで来てくれた時と何一つ変わらない。
木漏れ日を彷彿とさせる眩さと穏やかさを持ちながら、血肉を掻き分ける道を行く。彼女に与えられた名は――”聖女”。


「ようこそ真峰愛さん。私がFREAK OUT第五支部長……栄枝美郷。今日から、貴方の上司です」


誰よりも清く正しく戦う彼女を、人は”聖女”と、そう呼んだ。


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