FREAK OUT | ナノ


死と混沌が蔓延る、フリークスの巣窟。その何処かで、父は今も生きている筈だと、彼は言った。

確証は無い。確率も低い。それでも慈島は信じている。数多の奇跡を起こした人類の希望、”英雄”真峰徹雄を。


もし本当に、父が生きているのなら。失くした筈の物を取り戻す事が出来る可能性が、あの海の向こうに在るのなら――。


(大丈夫、心配するな愛!)

(パパは必ず、家に帰って来る!ちょっと遅くなるかもしれないけど、ママの誕生日もちゃんとお祝いする!だからパパがいない間、愛がママのこと守ってやってくれ。な?)

(だから、頼んだぞ。愛)


恨めしく思った言葉の数々を残して消えた彼を探す為、自分は目覚めなければならない。
蓋をして、見て見ぬ振りを続けてきた運命に、向き合わなければならない。

私は、”英雄”の娘なのだからと愛が決意してから、二日後の朝。


「入学式の写真は華さんに見せてもらったけど……こうして見るとなんか、感動するな……」


朝食を作る為に着用していたエプロンを外し、軽くスカートを払った愛を見て、慈島は感慨深い光景だと眼を細めた。

川を隔てた先にある市立御田(オンダ)高校。その女子制服に身を包んだ愛の姿に、慈島は色々と思うことがあるらしい。実にしみじみとした表情で、何かを噛み締めるように頷いている。


「愛ちゃん、本当に高校生になったんだね……ほんと、大きくなったよ……」

「そ、そうですかね……」


母親の死後、葬儀に引っ越しにとバタバタして休学していたが、第四支部メンバーとの顔合わせ後、慈島と共に新生活の準備を整えた愛は、今日から高校生活に戻る事になった。
思えば、学校を休んでから十日程度しか経っていないのだが、随分長いこと休んだように思えるのは、毎日が慌ただしく、波乱に満ちていたからだろう。

一先ず落ち着ける環境が整った所で、日常に戻る時が来た。

もう少し休んでも良いのではないかと慈島は案じていたが、遅れを取り戻す為にも、早めに復学する方が良いという考えの元、愛は今日から再び学校に通う事に決めた。


久し振りの登校は些か緊張するが、すぐ慣れるだろう。
そんなことを考えながら袖を通した制服姿を、慈島が感慨の眼で見つめる。

そう見つめられては照れてしまうのだが、と愛が軽く唇を尖らせていると、慈島の顔付きが少し変わった。


「……けど、ちょっとスカート短くないかな、それ」

「え、そうですか?皆これくらいですけど……」


難しい顔をして、慈島は愛のスカートを凝視した。断じて、視姦の気は無い。慈島は保護者として至極真面目に、愛のスカート丈を懸念している。

愛としては、もっと短くしている子もいるし、これくらいは普通だと思っているのだが、慈島はやはり短いと首を横に振る。


「いや、短い……。今の世の中フリークスだけじゃなく、痴漢とか変質者もいるんだから、用心しないと……」

「心配し過ぎですって!マ……お母さんだって、何も言いませんでしたよ!」

「俺は徹雄さんと華さん、二人に代わって、君の保護者になっているから」

「大丈夫ですってば!お父さんも、スカート丈まで気にしたりしませんから!!」

「いいや、スカート丈を気にしない男はいない」

「……………」

「……………」


朝からなんと馬鹿げたやり取りをしているのか。第三者がいれば、そう言っただろう。
スカート丈議論で白熱した空気が急速に冷え込む中、流石の慈島も、自分がとんでもないことを口走ったと気が付いたのだが。


「……慈島さんのえっち」

「え」


まさかそんな風に返されるとは思いもしなかった為、慈島はがっちりと固まった。

本件に関し慈島は一切下心を抱いていなかったのだが、思い返せば、自分の放った言葉は意味深な部分がある。誤解だ。自分は決して、愛のスカートが短いことに対して卑しい感情は持っていないのだと、慈島が弁明しようとした所で「なんちゃって、冗談です」と、愛が困り顔で笑った。

何でも真に受け過ぎだ、冗談の分からない男だとよく言われるが、本当にその通りだとこれほど痛感したのは初めてだった。相手が愛で、話題が話題だったのが悪かっただろうが、血の気が引きそうな程に危機感を覚えていたので、あの発言が冗談だと分かった慈島は酷く安堵した。

半ば放心気味に「……そ、そう」とだけ返すと、愛は眉を下げて笑いながら、椅子の上に置いていた鞄を手に取って、くるりと踵を返した。


「それじゃ、私そろそろバスの時間なので、行きますね」

「車で送ろうか」

「そんなに心配しなくたって、へーきですってば」


嘉賀崎から、愛の通う高校がある御田市まではそれなりに距離があるが、バス一本で通える。慈島としては安全の為にも愛を車で送迎したかったのだが、愛は彼にも仕事があるし、これ以上の世話を掛ける訳にはいかないと、その申し出を断った。

初日の一件もあり、慈島は中々譲らなかったが、愛も思春期だ。何処にでも自分がくっついてくるのは嫌だろうし、友達と行き帰り一緒になりたいだろうと妥協した。

この様子からして未だ諦めていない様なので、愛はまた慈島が小五月蝿くなる前にと家を出ようとして――其処でぴたりと足を止めた。


「……あの、慈島さん」


玄関の方を向いたまま、愛は後ろで物言いたげな慈島へと声を投げた。先程のやり取りで忘れかけていたが、どうしても出発前に彼に伝えなければならない事があったのを思い出したのだ。

慈島は、やはり送迎かと少しばかし顔を明るくしたが、愛が口にした言葉は、彼が想像していたものと違っていた。


「きょ、今日……お弁当作ったので……よかったら、食べてください!だ、台所に置いてありますので!」


言われて見ると、台所のシンクの上に見慣れない物があった。赤いチェック柄のナプキンに包まれたそれは、愛が作った弁当であった。

今日から学校という事で、自分で昼食を作った愛は、ついでに慈島にもと、彼の分の弁当も用意していたのだ。彼がどれだけ食べるのかはここ数日、食事を共にしていて把握していたので、こっそり大きめの弁当箱を用意して、自分の弁当と殆ど同じ中身を詰めておいた。

驚かせたくて、出発前までその存在を黙秘していたのだが、改めて考えると、かなり恥ずかしいことをしてしまった。だが作ってしまった以上、引き下がる事も出来ない。愛は頬を火照らせる熱を振り払うように首を振ると、勢い良くローファを履いて、ドアノブに手を掛けた。


「じゃあ、い……行ってきます!!」

「愛ちゃん」


駆け出す寸前の足が、慈島の声で止まる。

困らせてしまっただろうか。迷惑に思われていないだろうか。どくどく、心臓が不穏に逸る。愛は不安に胸を抱えたが、鬼胎はすぐ杞憂に変わった。


「いってらっしゃい。お弁当、いただきます」


酷く優しい声にコクリと頷くと、愛は扉を開けて、廊下を駆けて行った。

もし途中で誰かと擦れ違う事があれば、間違いなく様子がおかしいと思われるだろう。だが、それで構わないと思える程、愛の胸は弾んでいた。


鼻歌混じりにスキップしてしまうそうな気分を抱え、愛は学校へと向った。

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