FREAK OUT | ナノ


(そいつね、化け物の子供なのよ)


母がよく、家に連れ込んだ男達にそう言っていたのを覚えている。


(どれだけ殴っても、明日の朝には大体治ってるし、やり過ぎたってくらいやったて、死にはしないの。だからアンタも、むしゃくしゃすることあったら、そいつに当たってみるといいわ。そいつは抵抗しないし、大声で泣いたりもしないから)


殴れども殴れども、弱まることはあれど、死に至ることはなく。一晩経てば殆どの傷が癒えている。

化け物の子供というのは、そんな俺を、母が揶揄した呼称なのとばかり思っていた。


(そいつさえいれば、昔の男から養育費が降りてくるの。電話越しに「パパ」って言わせて、「最近ますます貴方に似てきたの。目元なんか特にそっくりだから奥さんが見たら一目で分かっちゃうわね」って言ってやれば、毎月律儀に振り込んでくれるのよ。傑作よねぇ。養っているのが、自分に全然似てもいない、赤の他人の子供とも知らずにさぁ)


母が連れ込んできた男達も、化け物の子供というのは冗談だと思っていたようだった。

子供が化け物の血を引いているのなら、それはつまり、彼女が化け物と交わったということ。
だが、本当に化け物と交わっていたのなら、母体も子供も、まともではいられないだろう。だから母以外の人間は皆、俺を異常に頑丈なだけの子供だと思っていて。俺自身ですら、自分が本当に化け物の子供だなんて、信じていなくて。


(あんたが悪いのよ、志郎。あんたが化け物に生まれてきちゃうから、ママはあんたを此処に閉じ込めてなきゃいけないの)

(全部ぜーんぶ、化け物のあんたが悪いの。痛いことをされるのも、お腹が空いて仕方ないのも、寒いのも、何処にもいけないのも、あんたが化け物だからいけないの)

(でもね、ママはそんな志郎を愛してるのよ)

(志郎のことを愛しているから、こうしてあんたを隠してあげてるの。あんたが、化け物だって殺されないよう、ママが守ってあげているのよ)


悪いのは、化け物のような体に生まれてきてしまった俺なのだとばかり思い込んでいた。

だから俺は、母の言うことを鵜呑みにして。大人しく蹲って、嬲られて、痛みにも餓えにも堪え続けて。時たま与えられる、ほんの僅かな愛情だけを糧に生きていた。


それなのに。それなのに――。


(だから志郎。いい子にしてるのよ。あんたがいい子でいる内は、ママがあんたを守ってあげるからね)


嗚呼、あんなことになるのなら、いっそ喰ってしまえばよかったのにと、俺の中で誰かが囁く。

あの化け物のように、母の血肉を啜り、忌まわしき子宮を口いっぱいに頬張れば、お前は楽になれたのに、と。
目の前で母が喰われていた光景を繰り返しながら、それは――――……。




<目標、人気のない方向へ移動中。自宅とは逆方向ですわ>


ほんの僅か、一瞬の夢を見ていた。

眠っていた訳ではない。気を抜ける場でもなかったのに、頭の中には確かに、過去の幻影が過っていて。慈島は、疲れでも出たのだろうかと目頭を指で押した。


授業を終え、学校を出て、そのまま真っ直ぐ塾に向った玖我山礼治が家路につくのを待って数時間。その間、車の中でずっと永久子と二人で待機していたのだから、疲弊するのも無理はない。
だとしても、仕事中――しかも、玖我山の追跡中にこんな、と慈島は自分の無神経さに呆れた。

塾から出てきた玖我山を追って、永久子は十分程前から影に潜り込み、彼の尾行に当たっている。
もし、彼女が未だ車内にいたのなら、きっと、この体たらくについて言及されたことだろう。不用心だと注意するのではなく、一体何の夢を見ていたのか、と。


あれは、本当に鼻が利く女だ。ほんの僅かな切れ目からでも、隠されたものを嗅ぎ取り、それを暴き立てようとする。彼女の前で綻びを見せれば、瞬く間に刃を入れられることになるだろう。

フクショチョー越しに悟られぬよう小さく息を吐き、慈島は気持ちを切り替えた。


自己嫌悪するのは後だ。今はそれより、仕事に集中すべしと、慈島は永久子の首輪に付けられた発信機の座標を見遣る。

確かに、玖我山は自宅とは逆方向。それも、住宅地から外れ、人気が少なくなっていく道を選んで進んでいるようだ。


<恐らく、やるつもりですわ、彼。あの足取り、あの顔付き……覚えがありますもの>


影の中から玖我山を追う永久子も、これはもう確実だと言わんばかりに小さく笑っている。

今の彼が匂わせる気配が、かつての自分のそれと同じだと、そう確信が持てるのだろう。
そろそろ、誰かとエンカウントしたなら、彼はやる頃合いだと、永久子は手持ちの包丁を取り出す。


<如何なさいます?所長。私が先に行きましょうか?>

「……いや。お前は影に潜んでいろ」


そんな彼女を制しつつ、慈島は車の外へ出た。


今日は、風が強い。夜の色に染まった雲が、月明かりを透かしながら、次から次へと流されている。

こんな夜だからこそ、血が騒ぐのだろう。遠く響く、獣の唸りのような風の音を聞きながら、慈島は永久子の向かった方角へと足を進めた。


「相手の能力は未だはっきり掴めていない。俺が先に出て、能力を使わせる。お前は影の中から機会を窺い、ここぞという所で出て来い」

<あら、心配してくださいますの?>

「……初日で死んだと報告すれば、何を言われるか分かったものではないからな」


この道を行くことでしか、自分は生きられない。
慈島志郎が人間として在ることを許されるには、これしかない。

例え、最果てに待つものが、自らの崩壊、真の”怪物”へと成り果てる未来だとしても。自分が自分であることを証明する術が他にない慈島には、化け物を食い殺し続ける道しかない。


唯一の免罪符。それを掴み続けていくことこそ、最大の罪に繋がると分かっていても、孤独な”怪物”は、抗う。

己の中にいる何かを何度も何度も殺しながら。救いも希望もないと知りながら。それでも、自分の歩んだ道の後で、誰かの幸福や未来があるようにと。


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