FREAK OUT | ナノ



あれから、一夜が明けた。

何事もなかったかのように科学部を出て、再度ロビーでぼうっとしていた愛は、約束通り帰って来た慈島と共に家に戻った。
目覚めた反動か、慈島が帰ってきた安堵感か。帰って来てすぐ気を失うように寝てしまったのだが、眠りは浅かったのだろうかと、愛はタオルで濡れた髪を拭った。

戻ってきた時は二時頃。実質、三時間ばかりしか眠れていない。
これでは授業中に爆睡してしまうに違いないなと、愛は寝坊覚悟で二度寝するか悩みつつ、飲み物を取りにリビングへ向かう。

牛乳にしようか、ミネラルウォーターにしようか。そんなことを考えながらフローリングを踏んだところで、愛はニュースを眺めながらコーヒーを啜る慈島に気が付いた。


「……おはよう、愛ちゃん」

「お、おはようございます……」


未だ、慈島が起床するような時間ではない筈なので、愛は驚いた。

慈島は、あまり眠りが深いタイプではなく、朝に強い。
朝食と弁当の仕度をする為に早起きする愛と、凡そ同じ時間か、それより少し早くに起床する。

昨晩は自分同様就寝時間が遅いことも考えると、彼がこんな時間に起きているのは、自分が起こしてしまったからではないかと、愛は身を縮めた。


「……ごめんなさい、起こしちゃいました?」

「いや、今日はなんか寝つきが悪くて……」


慈島は、煙草の吸殻が二本横たわっている灰皿を隠すように、隣に畳んで置いていた朝刊を重ねた。


愛に気を遣ったのもあるが、彼が寝つけなかったのも事実であった。

昨晩、自ら境界線を踏み越えたのは愛だけではない。慈島もまた、見て見ぬふりをしてきた深淵への一歩を踏み出した。
枷を外すように解き放った”怪物”の力。それを揮い、打ち倒したフリークスを喰らったことで、慈島の体にも変化が訪れていたのだ。

それはまさに、愛が感じた覚醒の昂ぶりと同じ。全身の細胞がざわめき、生まれ変わるような感覚にやられ、慈島は上手く寝つけなかった。

浅瀬で波を被るように、眠りの世界を揺蕩っていたところ、愛が起きて部屋を出る音がして。何かあったのだろうかと後を追うようにして部屋を出たところで、シャワー音を聴こえてきた。
それで急に平静を取り戻した慈島は、そのままベッドに戻る気にもなれず、リビングに居座っていたのだった。


お互い、重なるようで異なる、異なるようで重なる衝動を抱えながら、それを知らず、知らせず、迎えた朝。

両者共に、後ろめたい感情がある為か、どうにも気まずい空気が立ち込める中。
ぼりぼりと頭を掻いた慈島は、手持無沙汰に、からっぽになったカップにコーヒーを足そうと、のっそりとソファから腰を上げた。


「あっ、私が淹れますよ、慈島さん!飲み物取りにキッチン行くので、ついでに……」

「なら、俺がコーヒー淹れるついでに取ってくるよ」

「いえ!何飲もうか考えてないので……とにかく、慈島さんは座っててください!」


何故か焦って、捲し立てるように言ってしまった愛は、何をしているんだ自分はと内心頭を抱えた。
慈島はあぁ言ったが、自分が起こしてしまったことに変わりないだろうと、せめてお詫びにコーヒーくらい淹れさせてくれと思ったのだが。これでは、返って失礼なのではないかと、愛は上手く弁明する言葉を探した。

慈島は、ある方面ではとことん鈍い男だが、流石に愛が、気を遣ってくれていることくらいは察することは出来る。
あたふたとしている愛の前に、慈島は空になったカップを差し出して、困ったような笑みを浮かべた。


「……じゃあ、お願いします」


コーヒーを注いだカップと、牛乳を入れたコップを持って戻ってきた愛は、慈島に「熱いので気を付けてください」とカップを手渡して、彼の隣に腰掛けた。

いつも、食卓では椅子の配置上、向い合う形になっているが、ソファは一つしかないので必然隣り合わせになる。
慣れない距離感に、愛はおずおずとコップに口をつけて、牛乳を少しだけ口に含んだ。

真隣の慈島から、淹れたてのコーヒーと、煙草の匂いが香る。
こんな風に、彼の匂いを感じたのは此処に来て二日めの朝以来、か。思い出して頬が熱くなってきた愛は、熱を冷ますようにいそいそと牛乳を呷った、が。


「……同じコーヒーなのに、愛ちゃんが淹れてくれた方がうまいな」


コーヒーをこくりと嚥下した慈島が零した一言で、火を吹くような勢いで顔が赤くなったのを、愛は感じた。

とても尊いものを見るように、カップのコーヒーを眺めている慈島は、それに気付いていないが。
真っ赤な顔に何とも言えない表情を浮かべた愛は、自然と微笑んでいる慈島の横顔に、更に熱を上げて。本当に火が出てきてしまう前に、これを晴らさなければと、愛は慌て気味に口を動かした。


「そ、そうですか?!私、フツーに淹れてるだけなんですけどね!」

「けど、俺が淹れてるのよりずっとうまいよ」


また、そういうことを言う。

至極嬉しそうにカップを傾ける慈島に、愛は軽く唇を尖らせた。

打算でも世辞でもなく、彼が感じたまま、思ったままに口にしているのが分かるから、いっそ質が悪い。
こう言われたら、また無理にでもコーヒーを淹れたくなるじゃないかと、残った牛乳を飲み干す頃には、二人の間の空気は軟化していた。


「……ちょっと早いですけど、朝ご飯作りますね。時間があるので、いつもより豪華にしちゃいます」


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