FREAK OUT | ナノ

消灯時間間際まで机に向い、戦術書片手にノートを書き綴る。その姿はまさしく、お偉い方の好きな模範的優等生のそれだ。年寄り連中は蛍窓雪案や勤倹尚武を褒め称したがる。
要領が良いことを鼻に掛け、努力を怠る天才肌より、上はこういう手合いを取り上げる。
日中の訓練で苛め抜かれた体に鞭打ってまで勉学に励んでいるのは、その為――もあるが、彼が彼自身の為にしている、というのが一番大きいのだろう。

寝台の上に寝転がり、焚書を免れた戦争手記を捲っていた少年は、その真意を覗き込むように眼鏡の位置を直した。


「僕は死にたくないから死なない程度にやってるだけで、ぜーんぜん頑張ってないけど、軍生くんは違うよねぇ。能力だけでもすっごい強いのに、訓練も座学も常に一番になろうとしてるでしょ?いやー、尊敬しちゃうなぁ」

「……俺よりも強い能力者は他にもいる。お前もその一人だろう、古池」

「いやいやぁ、僕なんか大したことないって。ちょっと珍しい能力持ってるから重宝されてるだけだよ」

「お前の謙遜は謙遜ではないことくらい、とうに分かっている」

「えー。僕より謙虚な人も中々いないと思うんだけどなぁ」

「お前は俺と同じだろう」


気の抜けた物言いや飄々とした態度を煙たがられながら、その能力の希少性と優秀さから、少年――古池嵩之は、多少の素行に眼を瞑られている。

彼の家が、名門政治家一族なのもあるだろう。他の兵士であれば精神棒を喰らうであろう、少々のサボタージュも一言咎められるだけで済んでるのだから、上からも下からも疎まれるものだ。

それでも、彼は間違いなく優秀だ。能力者としても兵士としても、一人の人間としても、彼は出来が良い。何時何処にいても、持前の器用さと抜け目なさで、のらりくらりと上手く生きられる。古池嵩之という男は、そういう人種なのだ。


その点に於いて、自分達は対極にあると彼は考えている。

生まれながらに全てを持ち合わせている古池と、生まれの為に失ったものを我武者羅に取り戻そうとしている自分。周りの眼にも、自分達は正反対に見えているだろうが、ある一点の共通項を有していることから、自分達は良く似ていると彼は考えていた。


「自分以外の人間の大多数が、自分より馬鹿だと思っている。そして、自分より頭の悪い奴等が偉ぶっているのが気に入らない。どいつもこいつも馬鹿は悉く惨たらしく死ねばいいと、そう考えている」

「あはは!其処までは考えてないよ。全く過激だなぁ、軍生くんは」


大袈裟に腹を抱えて笑ってみせた古池だが、眼の奥底で笑っていないことすら、彼は隠そうとしていなかった。

凡そ捉え所の無い顔をして人の眼を躱してきた古池が見せたそれは、信頼と呼ぶに近しいものなのだろう。自分が古池を買っているように、古池も此方を買っている。これはその証明と言えた。


「まぁ、概ね君の言う通りだけどね。でも君は、その大多数に当て嵌まらない側の人間だって思ってるよ。だから僕は、君がそんなにも頑張っている理由が知りたいのさ」


事実、古池は彼を気に入っていた。

彼は頭が良い。それでいて周囲が思うより堅物でも無い。不合理を嫌悪しながら不条理を呑み込み、非効率を唾棄しながら非論理的な人間にも迎合する。上官達のお気に召す、絵に描いたような清逸で清節な優等生でありながら、腹の底で彼等を見下し、嘲笑している。怜悧にして聡慧であるが故に、彼は敢えて忠犬のような素振りをしてみせているのだ。

其処までせずとも、彼ほど優秀な人材であれば然るべき評価を受け、然るべきポストに就けるだろうに、何故に過剰なまでに努めるのか。古池が知りたいのは、其処にあった。


「…………理由というより、目的だ」

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