FREAK OUT | ナノ


アクゼリュスが撃墜された。

一瞬の内に全身を焼かれ、炭と化したその身が、隕石のように墜落していく。未だ幻覚を引き摺っているのかと疑いたくなるような光景の中、彼が吹かす煙草の匂いが嫌に鼻を衝いた。


「か、唐丸支部長……」

「何故吾丹場に」

「ちょいと火遊びしになァ」


ライター代わりに使った人差し指を適当に払いながら、ニタリと獰猛な笑みを浮かべるその人は、紛れもなく唐丸忍だ。

しかし、第三支部所長である彼が、何故此処にいるのか。それが理解出来ない内は、この状況を手放しで喜べないと言いたげな第二分隊一同の顔を眺めると、唐丸は溜め息混じりの声で、数歩後ろに立つユウを呼んだ。


「ユウ」

「はいなのだ」


すぅ、と大きく息を吸い込む音に意識が引っ張られる。直後、思わず耳を傾けたことを後悔する程の大声量が、邦守達の体を吹っ飛ばした。


「大声疾呼(アコースティクス)」


吠原ユウ。彼女の能力、大声疾呼は声に様々な力を乗せ、不可視の砲撃や壁を作り出す。吹き飛ばした邦守達と唐丸の間に現れた見えない壁も、彼女の能力に因って作られた物だ。


「か、唐丸支部長!」

「行動が遅い。だからテメーらは二軍止まりなんだよ」


何故、第三支部の面々が此処にいるのか。何故、アクゼリュスやその眷属達ではなく自分達に向けてユウの能力を使わせたのか。

そんな取るに足らないことを気に掛ける暇があったら、アクゼリュスを迎撃するなり、眷属達の不意を突くなりすればいい。

誰が一体、何の為に其処にいようが、戦いの手を止める理由にはならない。それが勝利への決定打に成り得るなら尚の事だと、唐丸は第二分隊に一瞥もくれず、アクゼリュスの方を真っ直ぐ見遣る。


「とっとと”英雄二世”追っかけろ。こいつぁ、俺がやる」


たかが消し炭にされた程度で死ぬようなタマではないだろうと、期待を込めた眼差しを向けると、黒焦げになった躯を脱ぎ捨てるようにアクゼリュスが羽化していた。

血走った目玉をけたたましく動かしながら、先程よりも二回りばかし大きく広がる翅がばさりと羽撃くと、炭化した皮膚が次々に剥がれ落ちていく。

悍ましい光景だった。赤く光る複眼が、ざわめく羽毛めいた髪が、彼女を構成する全てが、激しい怒りを纏っている。

眼に入る悉くに、これ以上とない残酷な死を与えてやらなければ気が済まない。あれは最早、悪意と殺意の塊だ。
あんなものを一人で相手取ろうなど、自殺行為でしかない。だのに、唐丸は酷く愉しそうな顔でアクゼリュスに向けて中指を立てる。


「さぁて、これで邪魔モンはいなくなった。俺と二人、死ぬまで遊ぼうぜハニー」


お前から来い、と言わんばかりに唐丸が指を曲げると、アクゼリュスが恐ろしく静かに飛翔した。

一際大きな波が来る前の海のような、山を削る雨とさんざめく稲妻を孕んだ雲のような、不安を煽る重々しい静寂。其処にあるのは、人間大の嵐だ。戦うという選択自体が間違っていると、全身の毛穴から恐怖が注がれる。

それ程の瞋恚。それ程の殺気を前に、唐丸は片手をポケットに突っ込んだまま、紫煙を燻らせている。


――そんなに死にたいなら、お望み通り殺してやろう。


歯を噛み砕かんばかりに咬牙しながら、アクゼリュスは冷え切った赫怒の眼で唐丸を睥睨する。


「……私、熱い男はタイプじゃないのよ」

「ハッ。冷たい男は二世ちゃんに夢中だぜ?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ!!」


無遠慮に掴んだ逆鱗が、アクゼリュスに火を点けた。

唐丸の能力で燃え盛る躯をそのままに、アクゼリュスが拳を振り翳すと、巻き起こる爆風が火を掻き消した。炎に紛れ、拳打を回避した唐丸は呑気に口笛を吹いているが、喰らえば五体が弾け飛ぶ威力であることは理解しているのだろう。

狡猾さだけが武器ではない。長きに渡り君臨する”残酷”の女王は、その膂力も他のフリークスの追随を許さない。肉体強化系能力者でも、何処まで受け切れるか危ういレベルだ。一撃でも喰らえば、唐丸は死ぬ。

であれば、アクゼリュスを引き付け、唐丸に攻撃のチャンスを作る役が必要だろうと邦守が一歩踏み出そうとした、その瞬間。見えない弾丸が、彼の足元を抉り飛ばした。ユウの大声疾呼だ。


「忍ちゃんの邪魔をするなら、今度は本気で吹き飛ばすのだ」


如月からわざわざ唐丸に付き従ってきながら、第三支部所員達は何もしない。否、精確にはアクゼリュスには何もしない、だ。


「今、忍ちゃんは全力で遊ぶ場所と相手が出来てご機嫌なのだ。それを邪魔する奴を片付ける為……私達は此処にいるのだ」


ユウの瞳は、同じく唐丸に何もしないままでいるアクゼリュスの眷属を見据えている。
両者は互いに理解している。あの二人の戦いに介入すること以上の愚行が無いことと、自分達の役割を。


「分かったら、ダッシュで行くのだ。此処はFREAK OUT第三支部が請け負ったのだ」

「そういうことなんで、ささ、どうぞお通りくださいな」


六岡がホテルマン宛らに腰を折り道を開ける頃には、邦守の中の焦りも消えていた。

不測の事態の乱立に冷静さを欠いてしまったが、元より、フリークスとの戦いとはこういうものだ。であれば、何も惑うことはない。自分達は自分達に出来ることと、やるべきことをやるだけだ。


「……海棠寺、逆巻。雪待さん達を追ってくれ」

「……了解」

「承った」


露骨に、お前達は残るのかと言いたげな顔をユウが向けるが、構うことはないと邦守は駆けていく海棠寺達に背を向ける。

唐丸が存分に挑発してくれた甲斐あって、当面、アクゼリュスが此処を離脱することはないだろう。であれば、次にこの場に留めておくべきは彼女の眷属だ。


「数が数だ。唐丸支部長の邪魔をしたくないというのなら、此方も頭数が要るだろう」

「別に、お前らの手を借りるまでもないのだ。……でも、お前の言うことも一理あるのだ」


何分、手数の多い相手だ。頭数は多い方が良い。次なる不測の事態に備え、一人当たりの消耗を最低限に留めながら、あの二体を討伐するのが最善の選択だ。

ユウは、唐丸を思わせる不敵な笑みを浮かべながら「OKなのだ」と改めて眷属達の方へ向き直した。


「あの眷属二体片付けるまで、共闘なのだ」

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