FREAK OUT | ナノ


世界は今日も平和とは言い難いが、少なくとも、自分の日常は平穏無事の中にあった。

それは彼女が、今日も何処かで戦ってくれているからなのだろうと、遠くへ発った親友に想いを馳せながら通学路を歩く。そんな笑穂に駆け寄って、声を掛けたのは藤香だった。


「おはよう、笑穂」

「藤香ちゃん、おはよう」


にかっと男前な笑みを浮かべる藤香に笑い返すと、道行く同校生達の色めく声が聞こえた。

藤香は演劇部のスターとして、同級生にも上級生にも男子にも女子にも人気がある。
美人で人当たりも良く、ほぼ毎日車で送迎される程のお嬢様ともなれば、当然であるが、そういった要素を厭味ったらしく感じさせないのが、彼女の最大の魅力だと笑穂は思う。


「あっ、そういえば聞いた?今度、駅前にタピオカミルクティーの店が出来るんだって」

「マジか!」

「良かったら、次の土日に行ってみない?ミルクティー以外にも抹茶ラテとか色々あるらしいよ」

「行く行く!絶対行く!あ、ついでに服見に行ってもいいか?お父様がもうちょい女の子らしい服買ったらどうかって言うからさぁ」


其処に居るのは、五日市藤香である。それを彼女自身も、笑穂もまるで疑わない。疑う余地が無い。

彼女達は其処に藤香ではない誰かがいることなど、知る由も無いのだから。


「えぇ、問題ありません。藤香様も笑穂様もいつも通り……はい。引き続き、周囲の警備を」


自身の能力がしかと作用していることを確認したボディガードは、主人への連絡を手短に済ませ、再度御田高校周辺の警備任務に勤める。

あれから二日。記憶操作による弊害は見られない。藤香が”彼女”の存在に気付く要因は切除されたと見做していいだろう。

後は、いつも以上にフリークスに留意すべしと、ボディガードはネクタイを締め直した。


「お前は西を周れ。第四支部がフリークスの大掃除に乗り出ているとはいえ、油断禁物だ」

「学校に動きがあったら頼んだぞ、貫田橋」

「はい。心得ておりますとも」



貫田橋利正。自称・雪待の秘書である彼は、ハウスキーパーとして家事をこなす傍ら、フリーランスの能力者として然る令嬢のボディガードを勤めている。


FREAK OUT統括部司令官が一人、五日市貞臣。その一人娘である藤香の護衛を選んだのは、情報収集の為だった。

己の身分を利用して、時に政治家や資産家といった要人警護、時に裏社会の用心棒、時に産業スパイとして様々な場所に潜り込んできた貫田橋だが、FREAK OUTの情勢――人事や近く行われる大規模任務等について仕入れるべく、五日市家のボディガードになった。

貫田橋の能力は、移動にも戦闘にも有用だが、諜報にこれ以上となく適している。
彼の前では、壁も扉も意味を成さない。空間を繋げておけば会話を盗み聞くことが出来るし、金庫やパソコンに触るのも容易だ。

お陰で、上層部だけが知り得る情報――特に、機密事項である”FREAK OUTの眼”の予知に関する情報、此度のアクゼリュス来襲に対する各支部の動向を捕捉出来たのが大きい。
特に、第四支部がアクゼリュスの目的を掴んだこと。これが一番の収穫だった。


「第四支部の働きにより、アクゼリュスの眷属達含め、近隣のフリークスは続々と討伐されているようです。あちらも諦めたのか、笑穂様や藤香様の周囲には、あれ以降フリークスは出現しておりません」

<そうか……気を抜くなよ、貫田橋>

「勿論でございます。アクゼリュス来襲まであと二日、この命に代えても愛様のご学友をお守り致します」


巡回の傍ら、雪待への定期連絡をしながら、貫田橋は御田高校の方へ視線を向ける。


――御田・嘉賀崎市内で頻発した、女子高生失踪事件。


彼女達を攫ったのはアクゼリュスの眷属達。彼等が何故、御田・嘉賀崎に住む女子高生だけを狙ったのか。

此処まで材料が揃えば疑いようが無い。アクゼリュスの狙いは愛だ。


眷属を使って女子高生達を拉致していたのは、愛と親しい人間を探す為だったのだろう。
ついこの間まで学生生活を謳歌していた彼女には効果覿面。この方法であれば”新たな英雄”も無力化出来よう。
あの女の考えそうなことだと雪待が舌打ちしていたのも頷ける。”残酷”なやり方だ。


偶然にも、愛の親友である笑穂の身は守られたが、もし彼女達が攫われていたのなら――想像するだけで血の気が引く。

一体何の為に、アクゼリュスが愛を狙っているのかは分からない。
カイツールの仇討、という訳ではないだろう。フリークス共はそんな殊勝な性格をしてはいないし、愛の首を獲るのが目的であるのなら、こうも遠回りなやり方をすると思えない。


何れにせよ、あと二日後には全てが分かる。今はただ、愛が万全の状態で戦えるように最善を尽くすのみだ。


<くれぐれも、彼女達に悟られないようにな。無論、愛にもだ>

「……留意致します。それでは、また御連絡致します」


この件に関して、雪待は箝口を命じた。

自分のせいで友人が狙われたと分かれば、愛は必ず自分を責める。それはきっと、彼女を酷く弱らせるだろう。来たるアクゼリュスとの戦闘。そして、これからの戦いに於いて、自責の念は足枷にしかならない。

そう判断し、愛には内密に彼女の友人達を護衛する言い付けた雪待であったが、貫田橋の中には僅かばかりの迷いがあった。


雪待の判断は、正しいと思う。愛は、ついこの間まで何処にでもいる普通の少女だったのだ。”英雄”に徹し、何物にも惑わされることなく戦うことは出来ないだろう。
後で責め立てられることになろうとも、今は沈黙しているのが一番だ。

納得はしている。それでも、胸の奥で何かが痞えているのは、この決断に誰より心を痛めているのが雪待であることを、貫田橋が知っているからだ。


雪待は、氷のような男と喩えられる。その能力のように、何者も寄せ付けない冷たい男だと、人は彼をそう評する。だが、彼の本質はとても繊細で、傷付きやすい。
それを見せないように努めているだけで、もう涙を見せまいと心に決めているだけで、雪待は常に痛みを抱えている。

愛が負うべき傷を引き受けて、それで、雪待は大丈夫なのか。

自分が案じるのも烏滸がましいが、どれだけ痛もうと雪待は歩みを止めることはないと分かっているが。それでも――と、貫田橋が俯いた時。


<貫田橋>

「は、はい!」


電話越しの相手に対し、意味を成さないと知りながら、貫田橋は背筋を伸ばした。

呆けていることを見透かされぬよう、其処から彼の傷を広げてしまうことがないようにと、貫田橋は慌てて平静を取り繕うが。


<……お前は中々使える。なるべく死ぬな>


ゆくりなく向けられた言葉に、貫田橋は瞠目したまま立ち尽くした。


――実際、自分の命と引き替えにしなければならない事態になったなら、貫田橋は迷わず死を選ぶだろう。それでも、あれは例え話のようなものだ。

雪待とて分かっているだろうに、わざわざあのような言葉をかけてきたのは、自分を擲つような真似はするなと伝えたかったからなのだろう。


「…………勿体ない御言葉です」


通話は、とうに切られているが、カンダバシは物言わぬ携帯に向かって感謝の言葉を呟いた。


彼は己を”英雄”になれなかった者と蔑む。だが、貫田橋にとっての”英雄”は紛れも無く彼だ。

だから、自分は戦える。

指で眼鏡の位置を直しながら、貫田橋は再度、足を進めた。



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