FREAK OUT | ナノ



「うああああああああああああああああああああああ!!!!」


サクリファイスへと直進した愛は、大きく跳躍すると同時に翼を広げ、羽根の弾丸を繰り出した。


――十怪のカイツールをも屠った攻撃だ。≪芽≫であるサクリファイスに防ぐ手立てはないだろう。

叶うなら、短期決戦。痛みも苦しみも最小限に、此処で、全ての悲劇を終わらせよう。そんな愛の願いを嘲るように、サクリファイスの前に無数の荊で出来た壁が現れ、射出された羽根を受け止めた。


栄枝であった頃の記憶は、未だ彼女の中には戻っていない。それでもサクリファイスは、自分に向けて撃ち出されたものが、どういうものかを理解しているようだった。

消滅の力が凝縮された羽根は、込められたエネルギーが尽きるまで、対象を抉り削る。その破壊力と貫通力は凄まじいものだ。
ならばと、穏やかな微笑みを湛えたサクリファイスは荊を用いて、エネルギーが尽き果てるまで愛の羽根を受け止めた。

羽根は荊を抉らんとするが、破壊した傍から次の荊に苛まれ、徐々に威力を殺されていく。
カイツールと違い、サクリファイスの荊は彼女自身の肉体の一部ではない。よって、どれだけ荊を破壊されようと、サクリファイス本体は痛くも痒くもない。

”英雄活劇”との相性でいえば、彼女はカイツールを上回っていると言ってもいいかもしれない。
愛はカイツール戦のダメージで軋む体で地面を踏み締めながら、何とかこの守りを突破しなければと、滴る鼻血を乱暴に拭った。


一方の彼岸崎は、そんな彼女の様子を見遣りつつ、冷静に戦局を見据えていた。

相手は四体。何れも”発芽”したばかりの≪芽≫だ。すぐ其処に十怪のアクゼリュスがいるとはいえ、彼女はこの戦いを観賞する心算でいる。
その気まぐれが何処まで続いてくれるかは分からないが、現状、アクゼリュスにとっての自分達は面白可笑しく踊り狂う玩具も同然。無論、サクリファイス達も然りだ。
彼女達が窮地に立たされようと、アクゼリュスからすれば、玩具が壊れた程度にしかならない。

であれば、此処は自分と”新たな英雄”の二人で十分だろう。

あとどれだけ時間が掛かるかは分からないが、十怪討伐の為にジーニアスが此方に向かっている。彼等の到着が間に合えば、アクゼリュスの方は任されられる。
自分達は、これ以上身内の被害が拡大しないようアクゼリュスの眼を引き付け、フリークハザードを引き起こすサクリファイスを討伐することに専念すべきだろう。

この際、民間人が巻き込まれ死のうが構うまい。既に取り返しのつかない数が虐殺されているのだ。何も顧みること無く戦いに専念すれば、それでいい。それで吾丹場は――”魔女”の庭は救われる。

彼岸崎は、目の前で貪られていく市民に一瞥もくれることなく、最も厄介な相手になるであろう、かつて蜂球磨であったフリークスへと飛び掛かる。


「涅槃原則(コードニルヴァーナ)!!」

「ギぃ」


あの針に含まれている毒は強力だ。自分か愛、どちらかが喰らえば、戦局は覆され兼ねない。この場に於いて、栄枝――もといサクリファイスの能力に次いで危険なのは、彼の毒であろう。

シリンダーのように頭部を回転させ、撃ち殺した市民を喰らわんと口を開いた蜂球磨を掌底で押し倒すと、彼岸崎は指の骨をゴキンと鳴らし、頭部の大きさに見合わぬ細い首を掴んだ。

銃口は眼前。蜂球磨が毒針を打ち出せば回避不可能の距離。だが、涅槃原則の効果で動きを奪われた蜂球磨は、毒針を射出することが出来ず。彼岸崎渾身の力で首を折られ、その場に倒れる――筈であった。


「オォオオオオオオオオオオオオオ!!」


間一髪、というところで振り掛かる拳を回避すべく、彼岸崎は蜂球磨から跳び退くようにその場から離脱した。

彼に、蜂球磨を助けようという意思など無かっただろう。化け物と成り果て、完全に理性を失った鬼怒川に、仲間意識なんてものが介入する余地はない。それでも、彼の中に在り続けているものがあるとすれば、それは依然として柔らかな微笑を浮かべている”魔女”の姿であろう。


「オオオオオオオオオオオ!!」


鬼怒川は、彼岸崎を脅威と見做している。彼は”魔女”サクリファイスを守る為、彼女の眷属たる蜂球磨を殺させまいとしたのだろう。自らの命を失っても、人としての形を失っても、思考や理性を失っても、彼の愛した”聖女”さえも失っても。それでも鬼怒川の中から、彼女だけは失われていない。

その愚直なまでの想いが、フリークスに成り果てても尚、彼女の為に吠え立てることが出来る彼が、恨めしい程に妬ましいと、彼岸崎は歯を軋らせる。


「……鬼怒川ぁあああああああ!!!」


握り締めた拳を思い切り振り翳し、彼岸崎は咆哮した。


彼のことを妬ましく思わなかったことはない。疎ましく思わなかったこともない。

誰よりも彼女の傍にいて、右腕として置かれ、信頼され、彼女への想いを素直に口に出来て、手を伸ばせば触れられる位置にいて――。彼女の全てを奪い、彼女の全てを台無しにした。そんな自分が、どの面下げてと諦めたものを、彼は当たり前のように抱えていた。それが妬ましくて、妬ましくて、妬ましくて、妬ましくて。時に、気が狂いそうになる程に焦がれた。

彼のように在れたら、彼に成り変わることが出来たならと、何度も羨み、何度も恨んだ。あの時でさえも。


(き、ヌ、がわ、サん)


ただ目の前にいただけ、かもしれない。目覚めたばかりの”魔女”に、人の記憶など無かっただろう。それでも、彼女が一番最初に彼の名を口にして、一番最初に彼を屠った時、彼岸崎は狂おしい程、羨んだ。
其処に自分がいられたのなら、どれだけ幸福であっただろうと。喉を掻き毟りたくなるくらいに妬ましかった。

だから、この一撃はただの私怨だと、彼岸崎は渾身の力で鬼怒川を殴り付けた。


「オォオオオオオオン!!」


殴られた衝撃と送り込まれた毒の影響で、鬼怒川の動きが幾らか鈍る。其処に畳みかけるように、彼岸崎は二発、三発と掌底を喰らわせていく。しかし、鬼怒川の動きを完全に止めるに至る前に、蜂球磨の毒針によって距離を取らざるを得なくなり、飛び退いた先では櫓倉姉妹に襲われ、生前を彷彿とさせる三体の巧みなコンビネーションに彼岸崎は思うように動けなくなった。


「彼岸崎さん!」


集中的に狙われる彼岸崎が視界の端に映り込んだ瞬間、愛は思わず踵を返そうとした。だが、それを眼で見るよりも早く察したのか。愛が身を翻すより早く、彼岸崎の怒声が空気を震わせた。


「余所見をするな!!」


助けなど不要。否、助けは要る。だが、その力を使うべきは此方ではないと、彼岸崎は掌底で櫓倉姉妹を吹き飛ばし、鬼怒川の攻撃を躱しながら蜂球磨の頭に踵落としを喰らわせながら、愛に一瞥だけくれてやった。

些か苦しい状況であるのは認めるが、これで心配される程、FREAK OUT第五支部副所長の腕は錆付いていない。

血を流すことになるだろう。痛みに叫ぶことにもなるだろう。地面を転がり、土埃に塗れることにもなるだろう。それでも、此処は自分一人で十分だと怒気を孕んだ眼差しを一瞬だけ向けると、彼岸崎は再び目の前の三体を見据えた。


「貴方は……貴方が成し得るべきことだけをすれば、それでいい。だから……私に構わず、彼女を!!」

「…………はい!!」


振り絞るような悲痛な返事をしながら、再度サクリファイスへと顔を向けた愛を見送ることもせず、彼岸崎はだいぶ鈍った動きで飛び掛かってきた櫓倉姉妹の攻撃を回避し、肋の浮いた胴体に蹴りを喰らわせた。

またも吹き飛ばされた櫓倉姉妹は、背後にいた蜂球磨を巻き込みながら転がっていく。

涅槃原則の毒は、確実に相手の体を蝕んでいる。大きなダメージは望めずとも、三体の動きを適切に見極め、確実に捌いていけば、蓄積された毒が火を吹く。持久戦は、自分の得意分野だ。焦らず慎重に、いつものようにやっていれば、必ず勝利出来る。

自身にそう言い聞かせるように力強く踏み込んだ彼岸崎であったが、現実は何処までも非情に、彼を追い詰める。


「ひガんざきサん」


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