FREAK OUT | ナノ


急速に褪せていく視界は、影を色濃くして、彼の姿を嫌に鮮明に映し出した。

愛する母の面影を強く残しながら、酷く冷たい眼を向けてくる、忌まわしき兄の――真峰誠人の姿を。



「な、なんで……」


辟易とした顔で此方を見遣る誠人に、愛は狼狽した。

未だ、悪い夢を見ているようで、息が詰まる。酸素が足りず、思考が捗らない。
それでもどうにか、指折り数えるようにして現状を整理してみるが、やはり理解には及べず。愛は当惑した。


此処は、RAISE。FREAK OUTの養成機関だ。
とうの昔に覚醒し、此処を主席で卒業した後、精鋭部隊に配属された彼が、何故こんなところにいるのか――。

愛は、逃れようもない現実に向けて、問い掛けた。


「どうして、お兄ちゃんが此処に……」

「近々、新規事務所を起ち上げることになってな。所員として見込みある能力者はいないかと、視察に来ている」


混乱冷め遣らぬ愛に対し、誠人は冷静そのもので、とても不様なものを見るような眼をしながら、自分が此処にいる所以を語った。


十怪の襲撃により崩壊した在津事務所に変わり、上野雀を防衛する新規事務所が起ち上げられることは、愛も知っていた。
RAISEでは戦闘訓練だけでなく、座学の方も必修科目として設けられており、FREAK OUT内の情勢も授業の一環として、指村に教えられていたのだ。

第二支部に新たな事務所が設立されることも、つい先日教わったのだが――まさか、その所長が兄・誠人であったとは夢にも思わなかった。


何者かの悪意すら感じられる巡り合わせを愛は心底嘆き、どうやら同じ心境らしい誠人も、言葉を失う彼女を睥睨し、眉を顰めていた。


「……まさか、お前に出くわすとはな……」


その眼は、肉親に向ける色をしていなかった。

まるで地を這う虫か、転がる廃棄物を見るように、誠人は実の妹である愛を睨んだ後、唾を吐き捨てるように一言零した。


「全く、不快なことだ」


端的。故に、よく響く言葉で唾棄すると、誠人はさっさと踵を返した。

もうこれ以上、お前を目にしていたくないと。そう語るような誠人の態度に、愛は暫し呆けていたが、そのまま彼を見過ごすことは出来ず。


「ま――待ってよ!!」


愛は、彼を引き止めてしまった。

これ以上の干渉は、ただお互いを削り合うだけだと分かっているのに。それでも、言われっぱなしでいられるものかと、愛は声を張り上げた。


「久し振りに会ったっていうのに、なんなの……その言い方。私が……私が、お兄ちゃんに何したっていうのよ!!」


分かっている。誠人が、自分を不快に感じていることなど、だいぶ昔から分かっている。分かっているが、納得出来たものではない。

お前なんかに、どうしてそこまで言われなければならないのだ、と。
愛は止め処なく込み上げてくる怒りを、誠人にぶつける。


「ママが入院してる間、一回もお見舞いに来なかった……それどころか、ママの容態が急変した時にも来ないで、電話にも出ないで……っ。ママの最期に立ち会いさえしなかったお兄ちゃんに、不快だなんて言われる筋合いが、私にあるの?!!ねぇ!!」


自分達にとって唯一無二の存在である母親が、病に伏せてから息を引き取るまで、誠人は一切顔を出さなかった。
母はそれを、致し方ないことと笑って済ませていたが、その笑顔がとても寂しそうだったことを、愛は今も鮮明に覚えている。

彼女にとって、誠人は初めて授かった子供で、唯一無二の息子だ。最期に、会いたかったのだろう。
ほんの少しでもいい、一目でもいい。二度と目にすることが叶わなくなるその前に、愛する息子の姿を見て、逝きたかったのだろう。

そんな母の想いを無下にしたこの男を、どうして許しておけるかと、愛は吼えた。
だが、彼女の声も怒りも、誠人にはまるで響かなかった。


「あぁ。お前の存在、そのものが不快だ」


ナイフを胸に突き立てるようにそう言い放つと、誠人は振り向き、呆然と佇む愛の前へと闊歩した。

この愚かな妹の骨の髄にまで、己の言葉を刻み込む為にと。
誠人は、怯えたような愛の顔を見据えながら、嫌にゆっくりと口を動かした。


「お前、とっくに気付いているだろう。何故俺が家から離れ、一切の接触を断ったのか……それは、お前がいたからだ、愛」


純然たる憎悪で出来た声が、囁く。
愛する母が、無念のままに逝ったのは、他ならぬお前の罪なのだと。

眼が眩む程の失意を突き付けて、誠人は全てを以てして、愛を否定する。


「出来ることなら、今この場で殺してやりたい。叶うならば、お前を生む前の母さんに出会い、堕胎させてやりたい。そう考える程に、俺はお前が疎ましく、厭わしい。
分かったら、この世界に爪の一枚、髪の一本も残さず消えてくれ」


皮一枚の理性で繋ぎ止められた殺意を浴びせると、誠人は再び背を向けた。

見たくもないものを見なくて済むように、これ以上不愉快な想いをしなくていいように、と。
そんな彼の態度も、言い分も、納得出来る訳などなくて。


「…………なんで」


理不尽な厭悪に、哀しさや虚しささえもが、激憤に変わる。

それは胸の内になど留められぬ程に溢れ、彼女の背を破るようにして、黒い光の翼の姿を借りて、現れ出た。


「なんで、そんなこと言われなきゃいけないの……。訳、分かんない……」


抑えの利かぬ激情が、バチバチと音を立て、迸る。
それさえも冷めきった眼で見遣る誠人を前に、愛は歯を食い縛りながら、翼を広げた。

宛ら、彼女の力そのものが、体から出てくる機会を窺っていたかのように。翼は羽ばたく度に負の感情を煽り、愛を暴走へと誘う。


「お兄ちゃんなんかに、どうして…………どうしてよぉおお!!」


半ば愛の意思など無しに、膨れ上がった感情と力は暴発し、誠人へと襲いかかった。


――お前が消えてしまえと、そう願ってしまった故なのか。

人に向けるべきではない力を兄に放つと同時に、愛はその場に崩れ落ちた。


激情と力を翼に吸い尽くされ、視界が霞む。
それでも、背を向けたままの誠人に襲いかかる黒い光と、それが彼に触れることもなく消滅する様は、はっきりと視認出来て――。


「……言いたいことは、それだけか」


まるで、服についた埃を払うように叫びも想いも振り捨てられたことを噛み締めながら、愛は床に倒れた。

そんな彼女に一瞥もくれてやることもせず、誠人は歩き出す。
払ったゴミに、見返る価値はないだろうと言うように。


「なら、もう話しかけてくるな。お前が生きて動いているだけで、俺は気分が悪い」


それだけ吐き捨てて、誠人は廊下の果てへと姿を消した。

残された――否。捨て置かれた愛は、それを追い掛けようともがくも、脚にはまるで力が入らず。
床に伏せたまま、去りゆく兄に向けて、愛は声にならない叫びを上げた。


また、届かなかった。


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