FREAK OUT | ナノ


所々端折りながらも、結局長くなってしまったような気がする話に一区切り付けて、神室は脚を組み直した。


持て余した時間を潰す為の閑話として、彼が語ったのは、”英雄”の逸聞であった。

実に四十年。覚醒から失踪まで、人類希望の象徴として、FREAK OUTの顔役として戦い続けてきた男――真峰徹雄。
その師として、彼を導き、力を磨き上げたのが、神室であると知り、愛は納得した。

幾ら自分が”英雄”の娘とはいえ、総司令官自ら赴いてきたのも。彼がかつて顔を合わせたことがあると言ったのも。
神室と徹雄が、師弟として長い付き合いを続けてきたからなのだ、と。全く知らずにいた父親の話を聞きながら、愛は俯き続けていた。


愛は、本当に徹雄のことを知らなかった。

彼が如何に優れた戦士であったかも、彼が何故”英雄”と呼ばれるようになったのかも。彼が、何を機に覚醒を遂げたのかも。
徹雄自身が、秘匿しようとしていたのも、少なからずあるだろう。だが、やはり、自分が知ろうとさえしなかったのだと、愛は痛感した。

憤慨していれば、憎んでいれば、それはとても気持ちが楽だからと。愛は、”英雄”である徹雄をずっと否定してきた。
彼の全てを理解して、受け入れてしまえば、置いていかれた自分や母親が、惨めで仕方ないような気がして。
愛は、父親として戻ることなく消えた徹雄のことを、頑なに拒み続けてきた。


だが今。彼と同じ能力者になったことで、愛は直視せざるを得なかった。

残酷なまでに眩しい”英雄”の姿を。その輝かしさに伴い、色濃くなった彼が背負うべき影を。何もかもを。

全て、未だ彼を拒絶せんと悲鳴を上げる心に納めながら、愛は項垂れた。その時だった。


「さて……ではそろそろ本題に入ろうか。役者も揃ったことだし……な」


神室がそう言って、愛はようやく気が付いた。

あれだけ事務所は静かだったのに、自分は正面にいたのに。彼が扉を開けて、其処に立っていたことを、愛は今更になって理解した。


「……まさか、貴方が直々に来るとは」

「お前が驚くことでもないだろう、慈島」


神室に言われ、慈島は歯噛みしながら思い出した。

愛が此処に来たばかりの頃。本部で彼に言われたことを――何れ、この時が来るだろうと告げられた時のことを。


(忘れるな慈島。真峰愛が英雄の娘である以上、彼女は無関係になりきれん。いつか必ず来たるその時の覚悟はしておけ)


一度たりとも、忘れたことはない。
これまで保たれてきた彼女の日常の中で、常に慈島は恐れていた。
運命が彼女を、戦いの世界へ引き摺り込んでいく日を。守るべき平穏が、奪われる時を。
彼は、いつだって臆しながら、それでも、愛が当たり前に過ごせる日々を、維持していこうと努めていた。

だが、警戒や意気込みも虚しく、思っていたよりもずっと早く、その時は訪れてしまった。
慈島の苦悩や、迷い。そういったものが全て、台無しに感ぜられる程に、早く。しかも、彼の知らぬ間に、人為的に、歯車は動かされていた。


――つくづく哀れな男だ。


神室は、不条理に怒ることも嘆くことも出来ず、ソファに座り込むしかない慈島と、隣で居た堪れなさそうに肩を窄める愛を見据え、話を切り出した。


「凡そのことは、既に話しているだろうからな。私からの話は、簡潔に済ませよう」

微かに、咎めるような眼差しが慈島から向けられた。
最後の抵抗のつもりなのだろう。この期に及んでも、彼は未だ、愛を普通の少女として、戦いの宿命から切り離したいと、そう思っているのだ。
だから彼は、弟子の娘である愛を、本当にFREAK OUTに入れるつもりなのかと、責めるような眼をしている。

しかし、以前本部で話した時と、神室の心境は変わらない。
FREAK OUT総司令官という席に就いている限り。その双肩に、国と人民の未来が掛かっている限り。彼は、人として過つことになろうとも、勝利の為に必要な選択を取る。
それは、これからも決して揺るぐことはないだろう。

神室は慈島を一瞥すると、愛に視線を移し、自ら此処に来た真意を語った。


「真峰愛。お前は能力に目覚め、覚醒し、能力者となった。その力は父親譲りの強大なもののようだが、未だ荒削りだ。
今後、養成機関RAISEでその力を研磨し、然るべき指導者の元で実戦経験を積み……何れお前にも、父親のような”英雄”になってもらいたい」


所定の手続きをするだけなら、管轄部の者で事済む。
だのに今回、敢えて神室は自ら愛の元へ赴いた。その理由は、彼が弟子の娘たる愛と、直に話をしたいというのも、少なからずあった。

だが、彼が此処に来た最大の要因は、そんな手温いものではなく。神室の狙いは、指嗾であった。


「”英雄”の消失によって、我々は大きな戦力を欠いた。それに加え、奴を慕っていた者達の士気と、帝京政府や市民からの信頼の低下……。
奴が侵略区域で姿を消したことで、空いた穴はあまりにも大きい。故に、”英雄”の娘たるお前には、自らの意志で戦線に立ち、”英雄二世”として活躍してもらいたいのだ」


五年前。”英雄”真峰徹雄が、侵略区域で失踪したことは、内外に多大な影響を齎した。

”英雄”は、ただの称号や二つ名ではない。
それは、終わりの見えない戦いを強いられるFREAK OUTにも、常に化け物の脅威に怯える国や市民にとっても、希望の象徴であった。

彼がいれば、必ず勝利に導かれる。彼がいれば、どんな境地も乗り越えられる。そんな人々の望みを託され、付けられたのが”英雄”という肩書なのだ。

その存在が大きかったからこそ、失われたものが多いと、誰よりも神室は痛感していた。
だからこそ、彼は求めていたのだ。消えた”英雄”の代わりとして、不足ない器を。彼の強さと、気概と、称号を受け継ぐ存在を。”英雄二世”に成り得る能力者、真峰愛を。


そう考えていたのは、彼だけではないだろう。
恐らく――いや。間違いなく、FREAK OUT上層部も、政府も、次の”英雄”を欲していた。

慈島は、その意図が分かっていたからこそ、愛を此方側に立たせたくはないと思っていた。
これが例え、国の為、人類の為だとしても。その為に愛が犠牲になって、”英雄”に仕立て上げられるのは、彼女や徹雄、華のことを思えば、とても堪えられなかった。

誰かの希望になる為に、彼女が絶望の道を辿ることはない。愛は”英雄”の娘であっても、”英雄”ではないのだ。
それなのに。神室も、誰もかもが、愛に軛を付けて、その全てを戦いに注ぎ込ませようとしている。

こんなことがあって堪るかと、慈島は歯を食い縛り、拳を握り固めていた。


それが、彼女の罪悪感を膨らませていくとも露知らず。不条理に憤慨する慈島の隣で愛は、鉛のように重い言葉を零した。


「私……”英雄二世”にはなりません」

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