霊食主義者の調理人 | ナノ


人生の大半は労働で構築されている。

人が生きていくのに最低限必要な衣食住。これらを得る為には金が必要で、金を得る為には働かなければならない。これはシンプルかつ揺るぎない鉄則だ。

働かざるもの食うべからず。この言葉通り、世界は勤労を怠ることを許してはくれない。だから人は、自らの時間と体力と精神を削ってまで働いて、賃金を手にして、明日の衣食住を獲得している。未だ人が棍棒を持って野を駆け回り、草っぱの上で寝そべっていた時代からそう。生きる為には、兎にも角にも働かなければならない。これが真理。

そう、仕事というのは生きる為に不可欠だから行うものであって、その仕事に殺されるようなことなどあってはならない。人が生きる為にすることが、人を生かさなくては本末転倒なのだ。

そんな哲学めいたことを考えるようになってから、すぐのことだった。上司の顔面に辞表を叩き付けて、会社を出たのは。


――このまま此処にいたら、俺は仕事に殺される。或いはその前に、お前らを殺す。だから、そうなる前に、辞める。


自分でも乾いた笑いが浮かぶレベルの冷え切った声でそう言い残し、退社した日。嫌にいい天気の中をフラフラと歩きながら、俺は痛感した。人生の大半は労働で構築されている。だからこそ、やり甲斐というのは大切なのだ、と。
毎日毎日終わりの見えない作業に追われ、安い賃金をちびちびと使いながら、ちんけな飯に有り付いて。上司やクライアントの無理難題、罵詈雑言に堪えながら、自分を殺すような日々を過ごしていては、駄目なのだ。

若くしてそんなことを悟ってしまった俺は、心象風景とは裏腹によく晴れた空と、燦々としたお天道様を見上げつつ、何度呪ったかも分からぬ神様に祈った。

嗚呼、神様。どうか次の仕事は、やり甲斐のあるものになりますように。あと、週休二日が約束されて残業も少なめ且つ手当てがありますように。ついでに給料もそれなりにもらえますように。
なんて健気で切実なお願いが聞き入れられたのか。再就職先はかなりの高給。住み込みにより家賃はタダで、おまけに毎日、味良し量良し栄養価良しの三拍子揃った三食支給。ちょっとどころかかなり危うげで怪しげな業務内容ではあるが、それはこの厚遇の対価とすれば十二分に納得がいく。

あとは、上司の人使いが少し緩和されれば言うことなしなのだが、なんてのは贅沢なのだろうか。


「さぁ、次の場所へ向かうわよ、伊調」

「ま……まだ食うつもりなのか、お嬢。次でもう四件目だぞ」

「まだまだ、腹六分目にも満たないわ」


生まれつきもった霊感が、とんでもない才能だと道端でスカウトされて、そのままなるようになっちまえと退魔師に転職して一年。悪霊調理師として神喰家に雇われて、なんだかんだ二週間。

未だ、退魔師としてのやり甲斐というのを今一つ感じられないがままに、俺は今日もお嬢様に振り回されている。


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