霊食主義者の調理人 | ナノ


霊感――文字通り、霊を感知する能力。手前味噌だが、俺は生まれつきその霊感が人より強い。その道のプロから見ても「数十年に一人の逸材」と言われ、出会い頭にスカウトされる程度に。

ブラック企業を衝動的に飛び出した、当時無職の俺は、退魔師なんて胡散臭い仕事でも、逸材だ天職だと言われれば断る気にもなれなくて。流れに身を任せ、教会所属の退魔師になることを決めた俺は、そうと決まればと一から退魔術を教え込まれることになった。


退魔術というのは、ざっくり言えば全て、魔を退ける為の術だが、その種類は実に多岐に渡る。どっかの誰かさんのように、退魔師の家系に生まれた人間は、その家の秘術や得意とする術を会得することが殆どだが、俺のような元一般ピーポーは、幾らか基礎を学んだところで適性を判断し、習得する術を決めていく。

という訳で、術師の先生に教わりながら、俺は自分が今後使っていく術の適性を見付けていくことになった訳だが。


「本当に……とんでもない逸材を見付けてきてくれたものだな……」


基礎知識を教え込まれた後、いよいよ退魔術の実技に入ったところで、先生方は頭を抱えた。


先生方は皆、退魔師歴数十年のプロフェッショナル。その先生方にとって、俺の退魔師としての才能は、いっそ絶望的なまでに優れていたらしい。

これまで自分が学んできたこと、身につけてきたことを、宛らスポンジの如く、次から次へと吸収していく俺に、これならどうだ、これは流石に難しいだろうと、先生方は次々に高難易度の術を持ち込んできたが、俺はそれを片っ端から、申し訳ないくらいにトントンと習得。退魔師教会内で、ちょっとした騒ぎになったところで、現代退魔術の権威と謳われる大先生が登場し、俺が学ぶべきはこれだと持ってきた術――それが、悪霊調理術だった。


「よいか、伊調。この術は、《霊装》の隙間までも見抜ける者にしか習得出来ぬ、習得難易度トリプスSクラスの超秘術……。これを会得した曉には、お前はある御方の専属調理人として働いてもらうことになる」

「調理人って……」


初めて聞いた時の感想を率直に述べるなら「何言ってんだ、この人」だった。

皆が皆、散々に俺の退魔師としての才能を褒めそやしてきたので、流石に自分でも、俺はこっち方面では天才なのだと自覚せざるを得なかったので、この時分には、俺はさぞとんでもない退魔術を会得することになるんだろうと思っていた。

そこに持ち込まれたのが、悪霊調理術だ。いや、ここにきて調理ってどういうことだよと、肩透かしを喰らったような気にもなるのも仕方ない。

退魔師として優れているのなら、それを活かせる術を身に着けて然るべきだろうに。なんでクッキング路線なんだと首を傾げる俺に、大先生はまぁまずは話を聞けと、悪霊調理術がどういうものかから語ってくれた。


「悪霊調理術とは、悪霊共から《霊装》を剥がし、霊感の弱い者にもその姿を感知出来るようにする術……。わざわざそんなことをせずとも、退治してしまえばいいだろうと思うだろうが……退魔術というのは凡そ魔を退けるのみで、其処に残る呪いや祟りまでは除けぬ。だが、呪いや祟りも残さず、霊諸共現世から消し去る退魔術が、一つだけ存在する。悪霊調理術は、その術の使い手の為に考案された術だ」

「……その術の使い手ってのが、ある御方って訳か?」

「如何にも。霊を喰らい、呪いや祟りまでも消化し、浄化する一子相伝の退魔術・霊餐を使い、現在も教会最強の名を冠する退魔師一族・神喰。かつて悪鬼羅刹と化した神までも喰らったという逸話から、神喰と呼ばれるようになった一族だが……彼等は代々霊感が弱く、低級霊ですら視ることが出来ないのだ」


当時、既に退魔術の基礎はあらかた頭に詰め込まれていたので、神喰という家が如何に稀有で、如何に異常で、如何に凄まじいかは俺でもよく分かった。


退魔術というのは、大先生が仰った通り、魔を退ける。それのみだ。

例えば俺が、退魔術を用いて悪霊を退治したとしても、その悪霊が既に放っていた呪いや祟りまでを消すことは出来ない。霊という奴等は、恨みつらみで現世にしがみついてくれただけあって、実に厄介で実にしつこいものである。奴等は己が完全消滅しても尚、この世に良からぬものを残していく。
そういう時は、教会に所属する専属の除霊師や、掃除人といった専門職が向い、霊の置き土産を処分するのだが、神喰のお家芸とも言える退魔術――霊餐は、そうしたアフターケアを要さず、悪霊の全てを食い尽くしてしまうという。

呪いや祟りというのは、本当に手のかかるものだ。ある意味では、霊を退治することよりも。
 人を蝕み、土地を汚染し、根っこから駄目にしてしまう。それを取り除くのに、専門職は時間と手間をかけているというのに、神喰の術師は霊諸共消し去ってしまうというのだ。退魔師の端くれどころか見習い成り立ての俺でも、とんでもない術師がいたものだと圧倒された。

しかし、それだけ凄まじい術を使う退魔師が、霊を視ることが出来ないというのは――と、考えたところで、俺はようやく理解した。


「ここまで言えば、もう察しがつくな。そう……悪霊調理術とは、神喰が霊を喰らい易くする為の術なのだ」


怨嗟も呪詛も、全て残さず喰らい尽くす最強の術師。その唯一の欠点を補う為に、専属調理人なんてものが設けられるのも納得だ。

神喰の術師と専属調理人。二人が出向くだけで、面倒な呪いや祟りも根こそぎ駆除することが出来るのだ。理に適っている。


「ちょうど、調理人が退職したところでな。後任について頭を抱えていたところだが……ゆくりなく適任者が現れてくれるとは、僥倖だ」


霊を退治するのではなく、《霊装》だけを剥がすというのが、悪霊調理術の習得難易度が最大レベルのトリプルSである所以であった。

《霊装》は、霊のプロテクターだ。通常の退魔師達も、必要に応じて破壊することはあるが、わざわざこれだけを剥がすことはまず無い。
逐一霊の力を削ぐより、直接霊を攻撃した方がてっとり早いし、何より、霊と《霊装》の隙間を見抜き、後者のみを取り除くというのが実に難しい。例えるなら、時に目まぐるしく動き回り、此方を攻撃してくる果物を、綺麗に皮だけ剥いて、芯を貫くような作業だ。

そんな術を教え込まれるのだなと、何処か他人事のように想いながら、凡そ事情を把握した俺は、少し考えた。


「……一つ、いいですか」

「何だ?」


さっぱり意味が分からなかった悪霊調理の意義は、分かった。そんな術が俺の前に持ち込まれた理由も、だ。

霊の視えない最強の退魔師の為に、俺がこれまで持て余してきた霊感を遺憾なく発揮してくれ。そういうことなら、やってやろうという気にはなる。

何せそれまで、唯一の取り得とも言える部分をひた隠し、一般社会で一般人をやってきた俺だ。天才だ逸材だと持て囃され、期待されれば、元職場でかっつかつにされたやる気も漲ってくるというもの。


それでもあの時、悪霊調理人になることを快諾出来なかったのは――当時の俺にとって非常に重要な問題が、一つ残されていたからだ。


「専属調理人って……労働環境どんな感じですか?」
 

next

back









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -