僕は宇宙人系男子 | ナノ


それが、地球時間で凡そ半年前のこと。

もう随分と前のことに思えてしまうのは、地球での日々が忙しなく、目まぐるしいものだからでしょうか。

当初抱いていた不安も、いつの間にか薄れ、地球人・星守真生としての生活にも、だいぶ慣れてきましたこの頃。
今日も僕は、与えられた任務を全うすべく、正体を隠しながら、地球に潜伏しています。


「あれ、先輩」

「日比野さん。おはようございます」

「あっ、おはようございますっす!」


地球を知るべく、地球人の生活に密接したコンビニエンスストアを生活の中心に据えるべく、アルバイトを始めたのも、半年前。
まさか本職よりも先に後輩が出来るとは思いもしませんでしたが、今の内に先輩としての立ち振る舞いを学べるというのは、僥倖だと感じます。

尤も、コンビニエンスストアとエージェントでは、職種がまるで違いますので、此処での経験が活かされるかは疑わしいですし、何より日比野さんのような強烈な人と今後接するのだろうかと思うのですが。


「先輩、今日はお休みじゃなかったっすか?」

「はい。来週のシフトの確認と、ついでに少し買い物に来ました」

「ほぇー、意外っす。先輩、漫画とか読むんっすね! しかも少女漫画!」

「……知り合いに頼まれて、面白い漫画を探していまして」


殆どの方に「意外」と称されますが、僕は地球の漫画を多く購読しています。


地球の、特に日本の漫画は宇宙人の間でも非常に人気が高く、大宇宙には多くの漫画ファンが存在します。

実はかのユーリャ課長も、地球の漫画の熱烈なファンでして。
彼女の個人的な依頼で、僕はこうしてアルバイトのお給料を用いて、地球の漫画を買い集め、あちらに送っているのです。

その選定と、地球文化の勉強の為を兼ねて、僕自身色々な漫画作品を読んでいまして。
今日もこのように、お店の漫画コーナーで(お行儀が悪いのですが)軽く立ち読みをしている……という訳なのです。


「先日、金塔さんに少女漫画をオススメしていただいたので、購入を検討していたのですが……日比野さんは、何かオススメの漫画はありませんか? お気に入りの作品がありましたら、是非教えてください」

「んー……そうっすねー……」


掃除用のハタキを片手に、日比野さんはウーンと首を傾けに傾け、オススメの漫画を考えてくれました。

軽い気持ちで尋ねたというのに、こうも真摯に考えていただけると、なんだか申し訳ない気分になりますが、同時に妙に微笑ましくもなってしまうもので。
僕は何とも言えない面持ちで、オススメの漫画を考える日比野さんを見ていました。

暫くして、うんうん唸っていた日比野さんは、組んでいた両腕を解くと、何故か少し困ったような顔をして口を開きました。


「……先輩、少女漫画じゃなくってもいいっすか?」

「構いませんが……日比野さんは、少女漫画を読まれていないのですか?」

「えへへ……実はそうなんっす」


だいぶ迷っているなと思っていましたが、どうやら日比野さんは、僕にオススメ出来る少女漫画が引き出しにないことに悩んでいたようでした。

僕は、少女漫画以外でも、面白いと思う漫画ならなんでも勧めてくださいという意味で尋ねていたのですが、手に持っていたのが少女漫画だったのが、誤解を生んでいたようでした。
日比野さんは「お恥ずかしいっす」と、眉を下げたまま照れ笑いをして、ご自身が少女漫画に精通していない理由を話し始めました。


「自分、兄が三人いるので、全然女の子らしいものに触れずに育ってきまして……。漫画も、兄が買ってる少年漫画ばっかり読んでて、少女漫画全然知らないんっす。あっ、でも、高校生になるのにこのままじゃダメだって思って、最近は友達に借りて、ベンキョーしてるんっすよ!」

「……そういうことでしたか」


日比野さんは、取り立てボーイッシュという訳ではないのですが、女性らしいかと言われると、誠に失礼ながら、素直に頷きかねます。

何と言いますか……僕の視点があくまで異星人なせいなのもあるのでしょうが、何より日比野さんは日比野さん、という印象が非常に強い為、男性らしい女性らしいという形容では表せないような気がするのです。

そんな日比野さんだからでしょうか。この人が、どんなものを読んで、どんな感想を抱いているのか知りたい、という好奇心に駆られたのは。


「そういう訳なので、少年漫画は結構詳しいっすよ! バトルもの、スポ根もの、冒険もの……あと推理ものも読んだことあるっす! えっと、オススメは……」


言いながら、日比野さんは顎に手を当て、頭の中の本棚から、改めてオススメの漫画を取り出そうと考え始めました。
その、直後のこと。


「だから、何回言ったら分かんだよ、テメェ!!!」


店内を震わせる怒号に、ピョンッと日比野さんの肩が跳ね、彼女が持っていたハタキが宙に浮き上がりました。

声のした方を見ながら、僕がそれをキャッチして日比野さんの手に返した頃。
レジカウンターの方では、眼を丸くしたお客様方の視線も気にせず、目くじらを立てた火之迫先輩が、怒濤の勢いでお説教を始めていました。


「返金したら元のレシートは取っておけって、こないだ言ったばかりだろうが!! なんでまた捨ててんだよ!! てめぇの耳は飾りか?! いっつもチャラッチャラつけるピアスよろしく飾りか?!」

「すっ……すみません……」

「悪いと思ってんなら、まずメモ取れ! メモの一つも取らねぇで教えられたことすぐさま忘れる自業自得バカに、何度も同じこと言うこっちの身にもなりやがれ!!」


見ている此方まで肝が冷えるような叱責を浴びせた後、火之迫先輩は「俺が戻るまでレジ見てろよ」と言って、バックヤードへと足早に向かっていきました。
返金レシートの件を、店長に報告しに行かれたのでしょう。

火之迫先輩がいなくなり、しんと静まり返った店内には、何とも気まずい空気が流れ。
お客様各位が、レジの方から眼を逸らし、ぎこちなく自分達の買い物へと戻っていく中。日比野さんは、パチパチと忙しなく瞬きをしながら、ハタキを握り締めていました。


「……ほぇぇ、火之迫先輩、いつも以上にツッコんでたっすね」


果たしてあれをツッコミと言うべきか……というのはさておき。確かに、火之迫先輩は、いつも以上にお怒りの様子ではありました。

何度も言われていることをまたやらかしてしまったようなので、致し方ないとも言えますが、叱咤された方は、実に堪えたのでしょう。
大変分かり易いくらいに項垂れて、どんよりとした空気を背負ってレジに立ち尽くしています。

その姿を見兼ねたのか、日比野さんはトタトタと、小走りでレジへと駆けていき、心配そうな声で彼に声をかけました。


「月峯先輩、大丈夫っすか? すっげー怒られてましたけど……」


規定により業務中の着用は禁止されているピアスを外した耳がピクリと動き、それから間もなく、宛ら日の光を浴びた植物のように、ぐぐっと垂らしていた頭が上を向きました。

そうして、漫画を手に持ったまま、日比野さんの後に続くように様子を見に向かった僕がレジ前に着く頃。彼――月峯さんは、顔に掛かっていた前髪を掻き上げて、不敵な笑みを浮かべてみせました。


「フッ……問題はない」


――いや、問題は確実に貴方にあったと思われますが。

そんな僕の声にならないツッコミを余所に、月峯さんは顔に片手を宛がう謎のポーズをして、日常ではまず使われないだろう言語で構成された言葉で、(恐らく)心配には及ばないことを知らせてくれました。


「地を揺るがす怒りの雷も、この俺を傅かせるには至らなかった。……とはいえ、此度の氏の激昂は、流石に神々の試練と感じたが」

「おぉぉ、流石っすね、月峯先輩!」


流石と言われていますが、よくよく見れば涙目で、若干顔に添えた手が震えていることから察するに、月峯さんは強がられていると思われますが。
日比野さんはそのことにまるで気付いた様子もなく……ついでに、彼の言葉の意味もよく分かっていないままに、両の拳を握り締めて、甚く感動したような面持ちで、月峯さんを称賛しました。


「火之迫先輩にあれだけ怒られたってのに、笑っていられるなんて! まさに、暗黒微笑系男子っす! 月峯先輩!」

「………………暗黒、微笑?」


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