FREAK HOUSE | ナノ
「大変だーー!!めーちゃんがフリークスの能力でハムスターにされちゃったーー!!」
「「な、なんだってーー?!」」
「という訳で、これがめーちゃんです」
「ちっっっさ」
事務所に戻ってきた慈島、徳倉、雪待は、事の経緯を話す芥花の手の上で毛繕いをしているハムスターこと、フリークスの能力で変容した愛の姿をまじまじと見つめた。
身長180越えの大男達が揃って、10センチ程度のハムスターを注視する様は中々にシュールだ。芥花は笑いを堪えながら、ひくひくとピンク色の鼻を動かす愛を手の平からテーブルの上に下ろした。
「でもちゃんと髪飾り付いてる辺りお嬢だな」
「ヂッ」
「ジョーさん、力加減気を付けてください」
「す、すまん、お嬢」
「あーあ、ゴリラがハムスター触ろうとするから」
「嵐垣、お前あとで覚えてろよ」
「で、能力をかけたフリークスは?」
「実は……しょーちゃんが既に倒してるんですよ」
「何だって?!」
「能力かけた奴が死んでるのにコレなのかよ!?」
驚く三人の横で、太刀川は「私が殺りました」と書かれた紙を片手にピースした。
野菜コーナーでよく見る生産者の写真を彷彿とさせる立ち姿である。ちなみに紙は賛夏が用意した。
「本部で診てもらった所、どうもこの能力、時間制らしくて……一日経てば元に戻るとのことです」
「マジかぁ〜」
「で、慈島はなんでそんな遠くから見てるんだ」
「いや……うっかり潰しちゃうんじゃないかと思って」
「チィチィ」
「愛、大人しくしてろ。落ちるぞ」
「チー」
いつの間にか雪待の手に乗せられていた愛が、離れた位置から観察している慈島の方へ行こうと短い手を動かし、柵のように行く手を遮る雪待の指を掻く。
しかし雪待は、落ちては危ないので大人しくしていろと、片手で蓋をして愛を手の中に閉じ込めてしまった。
「めーちゃん、シローさんとこ行きたいみたいですよ」
「まぁ、お嬢だもんなぁ」
「此処で大人しくしてろ」
「ヂュイッ!」
「シローさんが良いって言ってますよ、多分」
「雪待、触りたいのは分かるが慈島に渡してやれ」
「チッ」
「クソデカ舌打ちぶちかますな」
雪待といえば犬好きで有名だが、彼が犬以外の動物も愛しているということはあまり知られていない。
普段ハムスターに触れる機会が無いので、存分に戯れていたかったのだろう。しかし、芥花達は慈島に渡してやれと言うし、愛も手の中で暴れるので、雪待は嫌々、慈島の手に愛を移した。
「そーっと触れば大丈夫ですよ。こう、両手でお皿作って……」
芥花に言われたように手の平を皿状にして受け取ると、愛が手の上に座った。
そのままクシクシと毛繕いをする愛の姿に、慈島は思わず膝を突きそうになった。
「…………か、可愛い……ッ」
「シローさんも動物好きですもんね」
「しかしシュールな絵面だな」
愛を落とすまいと両手をしっかりくっ付け、近くで見る為に背を丸める慈島の姿は、部屋の真ん中だのに窮屈そうに見えて何とも言えぬ面白みがある。
当人は至って真剣なので笑ってはいけないのだが、そう思うと一層面白くなるのが人間の不可思議な所だ。そんなことを考えながら一同は、ハムスターとなった愛を愛でる慈島を眺めた。
「おい慈島、満足したなら下ろせ」
「お前はまだ触り足りないのか」
約二時間後、FREAK OUT本部。
「……で、ポケットにハムスター入れて来てるのか、慈島」
「ダハハハハ!!」
「……笑うな」
「その通りです!笑い事ではありませんよ、唐丸支部長!」
支部長会議があるので愛を所員達に預け、第四支部を出ようとした慈島だが、愛が意地でも離れまいと袖を噛んでしがみついてきた為、慈島は止むを得ず彼女をスーツの胸ポケットに入れて来た。
泣く子も黙る”怪物”慈島志郎が、胸ポケットにハムスターを入れている。そのミスマッチ感に唐丸は腹を抱えて笑い転げ、潔水も笑っては悪いと思いつつ我慢出来ず吹き出した。
そんな二人を栄枝は、この事態は決して笑い事ではないと窘めるが。
「愛さんがこうなった以上、反共生派のフリークスに狙われてもおかしくありません。能力が解けるまで、目を光らせておかないと」
「おーい、栄枝。手、手」
胸ポケットの縁に両手を置いて大人しくしている愛の姿に心を射抜かれたらしい。人差し指を伸ばし、愛の頭をほしょほしょと撫で回している栄枝に、五日市と在津は深い溜め息を吐いた。
「まぁ……真峰愛のことも問題だが……取り敢えず予定通り、定例会議を行う。まずは各自の討伐報告から――」
と、予期せぬイレギュラーを迎えつつも、予定通り支部長会議は開かれた。
しかし、ハムスターになった愛の介入により、会議は平常通り進行とはならなかった。
「そこ!ハムスターを見るな!!」
「す、すみません……」
「いやぁ、普段小動物と触れ合う機会がないもんでつい……」
いつまでもポケットの中では窮屈だろうと、慈島が愛をテーブルの上に置いてやると、栄枝、潔水、唐丸の目は完全に其方へと奪われた。
毎度毎度まともに会議に参加する気のない唐丸はまだしも、潔水と栄枝まで会議を放り出すとはどういうことだと、五日市は心底呆れた。
「栄枝!能力で向日葵を出すな!種を与えすぎると肥満の原因になる!!」
「詳しいんだな、司令官」
「娘さんが飼いたがってたから一時期調べてたらしいぞ」
「優しい」
更に二時間後。慈島自宅。
「愛〜〜!!ほんとにコレが愛なのか〜〜?!?!」
「ヂュイィ!!」
「あっ、愛っぽい!この嫌そうな顔、すごく愛っぽい!!」
当たり前のように家に上がり込んでいたケムダーに呼び出され、二人で宅飲みに興じていた徹雄は、何故か慈島の胸ポケットに納まっているハムスターの正体に驚嘆した。
まさかこれが愛する娘なのかと駆け寄ると、しっかり威嚇されたので、徹雄は愛に間違いないと認識した。そんな彼を横目に、ケムダーは勝手に冷蔵庫の中を使って作ったつまみを食べながら、変な能力を持ったフリークスもいたものだと感心していた。
「相手をハムスターに変える能力なァ。くだらねぇようで結構ヤバいな。世が世なら十怪になってたかも」
「一体だけ能力が緩くないか……?いや、確かに強力な能力なんだが……」
何となく想像して、十怪のハムダーという馬鹿げたワードが浮かんだので、慈島は眉を顰めた。
そういうことを言うのはケムダーの方だろうと苦虫を噛み潰したような顔をしていると、胸ポケットの愛を眺めていたケムダーが「そういえば」と問い掛けてきた。
「嫁ちゃん今日、何処で寝かせんの?ケージとか入れないと潰されそうで心配なんだけど」
「科学部から借りて来たんだが、愛ちゃん的に気に入らないらしくて能力で消された」
「あ、能力使えるんだ。怖」
「代わりに愛ちゃんが昔遊んでた人形の家を持ってきたら納得してくれたから、此処で寝てもらう」
「なんとかファミリーのやつだ!」
「え〜〜〜!愛そこで寝るの〜〜〜?!可愛い〜〜〜!!」
妙に大きな荷物を持っているから何かと思えば、愛が幼少期に遊んでいた人形の家だったらしい。
赤い屋根のかわいいおうちと書かれた箱からドールハウスを取り出し、慈島は中に人形用のクラシカルなベッドを置いた。せっかくなので、他の家具も並べてやろうとケムダーがソファやテーブル等も置いてやると、愛は嬉しそうに其処でくつろぎ始めた。
幼い頃、この家に住みたいと言っていたので、夢が叶って嬉しいのだろう。小さなソファの上に腰掛け、栄枝からもらった向日葵の種を食べる愛の姿に、徹雄とケムダーは携帯電話を手にはしゃぎ、賑わった。
「やだ〜〜!可愛い〜〜!」
「可愛い可愛い!全部可愛い〜〜!!」
「ちょっと二人共……」
大の大人が人形の家を囲んで、可愛い可愛いと連呼する。なんだこの図はと呆れつつ、慈島も愛の写真を撮った。
そして翌朝。
「お、おはようございまぁ〜す……」
「……愛ちゃん」
体の上に重みを感じて眼を開けると、其処には見付かってしまったと言いたげな顔の愛がいた。ハムスターではなく、人間の。
「……家から出ちゃったの?」
「えへへ……あ、そろそろ戻るかも〜って気がしたので……」
時間経過で能力の効果が切れたらしい。人形用のベッドで眠っていた愛は、ドールハウスを脱け出し、慈島の上で身を丸めて眠り――気が付いた時には人間の姿に戻っていた。
戻る時間が遅ければ、寝返りで潰されていた可能性もある。危ないことはしないでくれと慈島が浅く溜め息を吐くと、愛は申し訳なさそうに眉を下げながら、舌を出して笑った。
「……それも本当ですけど、志郎さんとくっ付いていたくて出てきちゃいました」
「…………もう」
「わぷっ」
ぐら、と視界が揺れたと思ったのも束の間。愛の体は横に倒され、そのまま慈島の腕の中に閉じ込められた。
「志郎さん……?」
「……まだ早いから、もうちょっと寝よう」
力強く。それでいて潰さない程度の加減で抱き締める。
手の平に乗る程の大きさも愛おしいが、やはりこうして触れ合えるのが一番良い。重たい目蓋を閉じると、慈島は鼻先を愛の顔に寄せて、小さくはにかんだ。
「……俺も、愛ちゃんとくっ付いていたいし」
「し、志郎さん……っ!」
早朝から何と言う殺し文句を、と愛は黄色い悲鳴を堪えながら、慈島にひしっと抱き付いた。
実に、実に甘い雰囲気だ。これはもう、朝だから云々抜きにイチャイチャするしかないのでは?!と、愛が慈島に唇を寄せようとしたその時。
「………………」
「て、徹雄さん……」
「いぎゃーーーーっっ!!!!」
背後からの視線を感じ、まさかと振り返った慈島が顔を青くする中、愛は絶叫しながら枕を投げた。
鋭い一撃が、ドアから顔を覗かせていた徹雄に直撃する。それでも気が済まないと言わんばかりに、愛はもう一つ枕を引っ掴み、それで徹雄をバフバフと殴り付けた。
「何してんのパパ!人の寝室覗くとか有り得ないんだけど!!」
「ち、違うの!愛の声がしたから、元に戻れたんだと思って見に行っただけなの!!」
「だったら普通声掛けるでしょ!!ヂュイィ!!」
「め、愛ちゃん、落ち着いて……」
「勢い余ってハム返りしちゃってんな」
その後しばらく愛はハムスター癖が抜けず、また本件から彼女に鳴き声で威嚇されて落ち込む徹雄の姿が良く見られたという。
そして慈島は、ハムスターを見ると愛のことを思い出し、ついグッズ等を購入するようになってしまい、嘉賀崎周辺の雑貨屋店員等を怯えさせるようになったとか。