FREAK HOUSE | ナノ


「何だその卵」

「私と志郎さんの愛(あい)の結晶です」


FREAK OUT第四支部の窓ガラスを突き破って、嵐垣が降ってきた昼下がり。
巡回から戻ってきた芥花は、フリークスの襲撃か何かと身構えながら事務所に向い、同じ言葉を聞いて頭の中に宇宙を展開した。


「俺、哺乳類で卵産むのってカモノハシとハリモグラくらいだと思ってたんだけど……人間って卵生だったっけ?」

「私にも分からないんです。朝起きたら枕元にあったので、もしかしたらコウノトリが運んできたのかも」

「そっちのが受け入れやすいからすごいなぁ。ねぇシローさん」

「そんな眼で俺を見るな…………」


一切の前兆も無く現れた謎の卵を己の罪業として認知しろと言わんばかりの芥花の眼に、慈島は深く項垂れた。

違うと断定したい所だが、完全に否定出来ない自分が呪わしかった。身に覚えが無いと言えば、正直嘘になるからだ。だがこの卵は彼女が産んだものではない――と思いたい。
何せ本当に、朝起きたら其処にあったのだ。

ケムダーが悪ふざけで置いたのだろうと朝一番にひっ捕らえて聞き出してみたが「ゴメン、まじで何の話?」と本気の戸惑いを見せられたので、これが何処からやってきて、誰が置いたものか分からない。
愛が言う通り、本当にコウノトリが運んできた可能性すら現段階では否定出来ない。

なので、これは自分達の愛(あい)の結晶に違いないと言う彼女に、いやそれは無いとも言い切れず、慈島はダチョウのそれ程ある卵を、愛が我が子のように大事に抱きかかえるのを見ていることしか出来ずにいた。


「最悪、シローさんが産んだ可能性もありますよね。タツノオトシゴとかオスが卵産む生き物もいますから」

「それについては本当に覚えが無いんだが……」

「でも、めーちゃんも覚えが無いらしいので可能性としては五分五分かと」

「どちらにせよ俺が悪いから俺が産んだパターンの方が楽になれる気がしてきた」

「想像するだけで吐き気を催すからやめろ」

「あ、ガッキー」


狂った会話を断ち切るように、額から血を流した嵐垣が戻って来た。

きりもみ回転しながら窓ガラスを突き破り、そのままコンクリートの上に叩きつけられていた上に、事情が事情だったのでもう助からないとばかり思っていたが、一人で立ち上がるだけの力は残されていたらしい。


「フツーに考えて有りえねェだろ。朝起きたら枕元に卵があって、何でそれがテメーのガキだって思うんだよ。幾ら”怪物”だからって半分は人間だろうが」

「ま、まぁ確かに……」

「ダチョウか何かの卵か、作り物だろ。誰かがドッキリとかで置いた物に決まって」

「…………本部で調べてもらったら、全く未知の生き物の卵だって」

「じゃあもう受け入れろや!!!!」


頭から血を噴き出させながら、嵐垣は慈島の胸倉を掴み上げた。

未知の生物の卵で、中にそれらしい生き物がいるのなら、もう否定しようがあるまい。
寧ろ、其処まで材料が揃っていてよくもまぁと憤る嵐垣にも、どう返したらいいのかも分からない慈島にも、芥花は心の底から同情した。


「で、でも中の子がシローさんとめーちゃんの子とは限らないし……」

「じゃあ何なんだよ!!何が入ってんだよアレ!!」

「あ、新手の惑星外侵略型生物……とか?」

「何でそんなモンがご丁寧に枕元に置かれてんだよ!!」

「知らないよ!!誰も知らないし分からないからこうなってるんだよ!!」

「もういい……もう、いいんだ芥花……悪いのは全て俺に違いないから……」

「そうだよテメーが悪いんだよ!!十六歳のガキに手ぇ出しやがって!!絵面から何まで完膚無きまでに犯罪なんだよ!!」

「あ、動いた」


再び嵐垣が窓ガラスに頭から突っ込んだ。ご丁寧に別の窓に当たったので、また新しいガラスが割れたが、其処に触れる余裕は誰にも無かった。


「志郎さん、多分だけどこの子もうすぐ産まれると思います!実は私、前々から名前考えてたんですけど」

「お前はお前で何で一ミリも疑ってねぇんだよ!?これ出した覚えねぇんだろ?!」


血だらけの頭のまま、嵐垣が愛の正気を確める。

僅かに動く卵を、我が子が眠る腹のように抱えるその姿は、まるで悪夢の中で描かれた聖母の肖像画だ。早く眼を覚ませと訴えかけるように嵐垣は吼え立てるが、愛にはまるで響いていない。


「女の勘……ですかね。産んだ覚えはないけど、私と志郎さんの子どもなんじゃないかって気がするんです」

「想像妊娠って聞いたことあるけど、想像出産って初めて聞くパターンだなオイ」

「それにこうして抱き締めてると、私と志郎さんの子どもじゃなくてもいいかなって気もしてきて……例えお腹を痛めて産んだ子じゃなくても、この子は私の子って気持ちが」

「ぶっ壊れてんのかコイツ???」


母性が狂気に変じた。否、最初から狂っている人間が母性に目覚めたというべきか、これは。などと思っていた芥花が視線を向けていた、ちょうどその位置にピシリと亀裂が走った。


「あぁっ!?ちょ、ヒビ!!ヒビ入ってきてますよシローさん!!マジで生まれる!!生まれますって!!」

「ど、どどど、どうしたら」


騒ぎ立てたせいか、愛が抱き締めて温めたせいか。卵の中身が産声を上げようとしている。慈島と芥花が慌てふためき、嵐垣が顔を蒼白させ込み上げる吐き気を押し止める中、愛はソファの上に卵を置いて、慈母の眼差しでそれの生誕を見届けている。


「志郎さん。私、女の子だったら心(こころ)って名前がいいなって思ってるんです。ほら、私の名前も志郎さんの名前も心って字が入ってるから」

「何でこの状況で冷静でいられんだよ!?もう怖いから黙ってくれ、頼むから!!」

「ああっ!!生まれるぅ!?!!」


一際大きな罅が入ったかと思った瞬間、卵の中から強い光が溢れた。

思わず目を瞑った一同は、ゆっくりと目蓋を押し上げ――上半分が何処かへ消し飛んだ卵の中身に硬直した。


「…………空?」


卵の中には、何も入っていなかった。

あの光に紛れて、何処かへ行ってしまったのか。しかし、事務所はドアも窓も開いていない。何処かに穴が開けられているのでもない。それに、卵の内側を見ても何かが入っていたような形跡すら窺えなかった。
玩具の入ったカプセル宛らに、殻の内壁はつるりと乾いている。確認の為に慈島が匂いを嗅いでみたが、卵の殻の匂いしかしなかった。

これは一体どういうことかと一同が首を傾げていた、その時。


「あー、成る程。そういうことかぁ」

「お義父さん」


カップ焼酎片手にひょっこり顔を出してきたケムダーに、慈島は殆ど反射で彼の頭を掴み上げた。


「何が成る程なんだ。やっぱりお前の仕業か」

「いや、コレは俺じゃなくて徹雄の仕業だぜ。当人に自覚無いだろうけど」

「…………はぁ?」

「ふざけてないから、頭を握り潰そうとしないで。うわ、耳から何か出てきた」


陥没した頭蓋骨と圧迫された脳味噌を修復すると、ケムダーは何故これが徹雄の仕業なのか、そも何故このような事態が起きたのか。その経緯を語った。

慈島は、どうせお前が原因だろうと言いたげな顔をしながら、彼の話に耳を傾けた。


「実は昨日、徹雄と二人で飲んでたんだけど」

「なんでだよ」

「徹雄が『娘が嫁に行ったのがマジで辛い』って言うから」

「…………」

「で、嫁ちゃんが生まれた頃から昨今に至るまでのあれこれ聞かされつつ、色々話してた訳よ。可愛い娘が嫁に行くのはしんどいだろうけど、孫の顔とか見たら受け入れられるようになるんじゃね〜とかね。そういう話してたら徹雄が『明日にでも孫の顔見たい』って言っててさぁ。流石に性急過ぎんだろってその時は笑い流してたんだけど」

「…………まさか」

「多分アイツ、酒の勢いで能力使いやがったんだと思う」


徹雄の能力、英雄見参(ヒーロータイム)は彼に勝利を確約する因果干渉能力だ。

この能力は徹雄に勝利を齎すべく運命を歪め、時に彼が望まぬ形でそれを実現化する。
ケムダーの言う通り、明日にでも孫の顔が見たいと徹雄が願い、酒の勢いで能力を使ったなら――このような事態にも成り得るという訳だ。


「孫の顔は見たいけど、娘にはそういうのまだ早い。だからコウノトリに運んで来てほしい。そういうアイツにとっての勝利が運命を歪めた結果、この謎の卵ちゃんが出来たっつー訳だ」

「なんだそれ…………」

「ところで、この中身は」

「多分、酒の勢いで出来たもんだから中身までは出来なかったんじゃねーの?あとまぁ、幾らなんでも命までは作れないだろうから、材料不足だったとか」

「材料?」

「嫁ちゃんが着床してたら此処から生まれてたかもなってこと」

「オェエエッッ」

「ガッキーーー!!!!」


具体的な内容を示されたショックで嵐垣が激しく嘔吐し、露骨な言葉を口にするなと慈島がケムダーの頭を殴り飛ばす中、愛は至極残念そうに残された卵の殻を撫でた。
ただ一人、本気でこの卵を我が子として愛おしみ、誕生を願っていた為だろう。正直安堵してしまったことに罪悪感を抱く慈島の横で、愛は浅く溜め息を吐く。


「そっかぁ……じゃあ、この子に会えるのはもっと先ってことですね」

「其処は志郎の努力次第だな〜。俺も早く孫の顔見たいから頑張ってくれよ〜、志郎」

「お前には見せない」

「ひどい!!」


斯くして謎の卵騒動は、二日酔いで日がな一日床に就いていた徹雄が知ることもなく収束した。

余談だが、残された卵の殻は栄養になりそうだという理由で愛がベランダのプランターに使うこととなり、また、本件で心に深い傷を負った嵐垣は暫く、卵を見ると嘔吐するようになった。



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