FREAK HOUSE | ナノ



「そういえば、誠人って今どうしてるの」


ついにその質問が来たかと愛と慈島は揃って口を噤んだ。


侵略区域から五年ぶりに戻ってきた徹雄は浦島太郎状態が故に、此方側の変化を殆ど知らない。
先日も「え、今こんなカエルの卵みたいなの流行ってるの?」とタピオカに驚いていたくらいだ。最早タピオカも最新トレンドでは無いというのにと、引き気味で此方を見遣る徹雄を無視してタピオカミルクティーを飲み干した時のことを思い出したのは、一種の現実逃避に近い。


「ま、誠人くんは……その……今は療養中と言うか……色々と頑張り過ぎたので少しゆっくりしたいらしくて、ね」

「そ、そう。私は相変わらずお兄ちゃんとギクシャクしてるから、具体的にどうしてるとか良く知らないんだけどね、うん。でも放っておいて大丈夫だと思うよ。というか、放っておいてほしいんじゃないかな。お兄ちゃんそういう性格だし」

「えぇー……なんか逆に心配なんだけど」

「心配するこたねーよ。ヒモ産業で生活しながらソシャゲ課金してるから、元気元気」

「え」

「貴様ぁああああ!!!!」

「あ、これ言っちゃいけないヤツだった?ごんめ」


全く反省の色の無いケムダーを渾身の力で殴り付け、違うんです、違うんですよと弁明しても時既に遅し。徹雄は息子の堕落しきった現状を知ってしまった。


「……という訳で、パパがそっちに向かったことだけ伝えておく」

「全員呪い殺す」


慈島の電話を借りて父の出立を報告した愛は、未だかつて無い怨嗟の篭った声に眉を潜めながら通話を終えた。

気持ちは分からなくもないが、そも悪いのは女に貢がせながら自堕落な生活を送っている兄だ。自業自得。これを機に心を入れ替えるべきだと愛は今頃マンション周辺にシールドを張っているだろう兄に向けて、低く溜め息を吐いた。


「英雄見参(ヒーロータイム)」

「チート能力を使うな」


数分後。拒絶反能(ネガティヴィズム)の壁を破り、ドアノブを破壊してやってきた父の前で誠人はソーシャルゲームの周回を続けた。もう開き直るしかないので色々諦めたらしい。


「平日の昼間だってのに何してるんだ誠人」

「その言葉、そっくりそのまま返す」

「俺はお前が心配で来たんだよ。聞いたぞ。愛がめちゃくちゃ活躍しちゃったから拗ねてるんだってな」

「誰だその説明した奴……」


言い方に悪意しかない。恐らく妹の義父だろう。そしてそれをそのまま口にする父のデリカシーの無さ。家系図四方八方敵だらけかと、誠人は寝返りを打って徹雄に背を向けた。


「誠人、働こう。最近は一つの企業に終身雇用より転職のが当たり前の時代だから、あんまり気にするなって。お前は出来る子だから、次の仕事もすぐ見付かるし上手くやっていけるって」

「現在進行形で無職の父さんに言われても響かないな」

「無職じゃないもん求職中だもん!それに単発でアルバイトしてるし!」

「”英雄”が単発アルバイトとかするなよ……」

「お前も一緒にやるか?フリークス駆除のバイト」

「人類とフリークスは和解したんじゃなかったのか」

「知能が無い奴は人間を襲うから間引いてくれって。フリークス側も仲間意識とか無いし自分が駆除されないならどうでもいいし」


ほらコレ、と言いながら徹雄は携帯の画面を見せる。単発アルバイトの求人ページには確かに「能力者歓迎!単発アルバイト!フリークスの駆除作業で稼ぎませんか?」と書かれている。

FREAK OUTの仕事じゃないのかこれはと尋ねると、あちらは非駆除対象のフリークス対応で忙しいので、こうしたアルバイトを出しているとのことだ。


「知能の無いフリークスは低ランクだからサクッと殺れるし、ケータリングも出るからいいぞ。何より人の笑顔に繋がる。やり甲斐のある素晴らしい仕事だ」

「同じフリークスなのに容赦無いな」

「同じにしないでよ」

「今の一言が一番怖い」


そうこの父親、こんな顔してフリークスなのだ。

一度たりとて人は食っていないが、同族の血肉を貪り飢えを凌いできた立派な化け物である。そして今も同族殺しを日雇いバイトにしている。我が父ながら恐ろしい、と誠人は再び顔を背ける。


「人の笑顔とかやり甲斐とかどうでもいい。寧ろこうしてる間に人間が滅べば仕事しなくていいから明日にでも世界が滅亡してほしいと思う」

「可哀想に……。持て余した時間でアンチスレ篭ってるとこんなにひねくれてしまうんだな……」

「俺は働いてた頃からアレのアンチスレに居た」

「もっと有意義な時間の使い方しよう?あと妹のアンチスレに張り付くの兄としてどうかと思う」


自分は父親として至らないところだらけだ、とは常々思っていたが、こうも落ちぶれた姿を見せられると本気で悲しくなってくる。

無職でヒモで廃課金者でオマケにアンチスレの常連。あまりに救いが無さすぎる。

何とかして彼を更生させねばと思うが、果たしてどうすれば誠人は立ち直れるのか。
徹雄が腕を組みながら唸っていると、玄関のドアが開いた。


「誠人さーん、入りますよ」

「あ」

「………………ど、どうも。こんにちは」


まずいタイミングで来てしまったと一目で理解した笑穂は、忘れ物をしたとか適当な理由をつけてとんぼ返りしようと思った。が、笑穂が行動に出るより早く、徹雄が動いた。


「誠人お前、笑穂ちゃんまで食い物にしてるのか!!!!最低にも程があるぞ!!!!」


徹雄の手が誠人の胸ぐらを掴み上げ、前後に上体を揺らす。抗う気力を失った誠人は、頭をガクガクさせながら、もうどうにでもなれという眼で天井を見つめている。


「ち、違うんですよ徹雄さん!私はその、ただ家事をしに来てるだけで」

「そうやって都合の良い女として笑穂ちゃんを使って!!!!笑穂ちゃんのご両親に顔向け出来るのかお前!!僕はお宅の娘さんとお付き合いする気は一切ありませんが使わせてもらってますって言うのかお前!!」

「やめてください徹雄さん。ダメージ全部こっちに来てるので」


分かってはいるが、他人に――というか相手の父親に言われるとキツい。

レジ袋の中の大根でも口に突っ込んで黙ってもらうかと死んだ眼をしたまま佇んでいた笑穂だが、事態は思わぬ形で収束した。


「…………付き合う気が無い訳じゃない」


それだけは、それだけは否定しなければというような力強い一言に、徹雄も笑穂も目を見開いた。

二人に注視され、口走ってしまったことに後悔の念が湧き上がる。しかし、これ以上言っても言わなくても変わらないだろうと、誠人は重い唇を動かす。


「資格が無いから、今更だから、そうしていないだけだ……」

「ま、誠人さん……」

「なら働こうよ!!!!笑穂ちゃんのこと想う気持ちがあるなら他の人と関係断ち切ってちゃんと働こう?!」


感動的な雰囲気だが、それで流される自分ではないと徹雄は再び誠人を引っ掴んだ。


自分を無償で愛してくれる人というのは、何時までも居てくれるものではない。
傍に居てくれる内に、相手に尽くさなければ失うだけだ。

それに、この機を逃せば再就職活動にも踏み出せまい。徹雄は断固として動こうとしない誠人を引き摺りながら、玄関への道を踏み締めて行く。


「あと二年くらいしたら行くから」

「二年もしたらお前なんかポイだよ!ほらハローワーク行くぞ!俺も行きたかったし!」

「アンタと一緒だけは嫌だ……本当に……」


残された笑穂は、取り敢えずご飯だけは作っておこうかといつの間にか床に落としていたレジ袋を拾い上げ、キッチンへ向かった。

あの拗らせに拗らせ、ひねくれにひねくれた誠人が、そう易々と社会復帰出来るとは思えないし更に悪化する可能性の方が高いだろうが、それでも自分は彼に寄り添ってしまうのだろう。

我乍ら損な性分だ、と苦笑しながら、笑穂は買ってきた鶏もも肉を袋から取り出した。今日のメニューはゆくりなく親子丼だった。



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