FREAK HOUSE | ナノ


「えー、今日は皆さんに転校生を紹介します」


そんな青褪めた顔で転校生を紹介することがあるか。

脂汗が止まらない担任教師の顔を眺めていた生徒一同は、扉からのっそりと顔を出したそれを見て、全てを悟った。


「侵略区域から来た、怪津潤(かいつ・うる)です!よろしくお願いします!」

「チェンジ!!」


机から飛び立った愛の能力が、巨大な肉塊めいた転校生の上半身を消し飛ばした。

その光景を見て生徒の過半数が嘔吐し、隣の教室まで巻き込む大騒ぎになった為、その日は朝のホームルームで解散となった。




「ギャハハ、マジでアイツ学校行ったのウケる」

「お義父さんの差し金ですか、アレ」


帰宅後。時間が有り余ったので、今日の夕飯は餃子にしようと大量の餃子を量産し続ける愛の向いで「俺コレ得意なんだぜ」と気紛れに餃子作りを手伝っていたケムダーはゲラゲラと品の無い声を上げて笑った。


「まぁ、アレはカイツールであってカイツールじゃないから大目に見てやって」

「?」

「アレは嫁ちゃんにコマ切れにされたカイツールのほーんの一欠片残ってた肉片から生まれた、カイツール・ジュニアみたいなモンなのよ。核に残ってたエネルギーは全部嫁ちゃんが消してるから、これっぽっちの肉片に再生する力なんて残ってなかったんだけどさぁ、気紛れにその辺のフリークスの核引っこ抜いて与えてみたら、あのように」

「気紛れでボスキャラ復活させないでくださいよ」

「まぁ、核が他人……他フリークスのモンだから、あのカイツールくんには元のカイツールの記憶は殆ど残ってないし、性格もアレで純粋無垢だぜ。人とフリークスが共生するこのご時世に復活したんだし、学校とか行ってみたら?って言ったらマジでスクールライフ始めちゃったし」

「そんなことだろうと思ってはいたが、やはりお前の仕業か」

「ごべァッ」

「あ、志郎さん」


餃子が台無しにならないよう、ケムダーの頭を引っ掴んで床に叩き付けた慈島を見て、愛は席を立った。


「お帰りなさい!今日は帰るの早いんですね!」

「いや、カイツールの件で御田高校から呼び出されて……どうせコイツがやらかしたんだろうと思って一回帰ってきたんだ」

「なぁんだ、そうだったんですね」


わざと唇を尖らせてみたが、昼過ぎに慈島が帰って来るとしたら忘れ物か何かだろうとは思っていた。

フリークスが侵略区域と避難区域を行き来するようになってからも、FREAK OUTは多忙を極めている。
コンビニ前でフリークスが屯しているので退けてくれだの、フリークスがパチンコ台を叩いて壊したので来てくれだの、出動内容は凡そくだらない案件ばかりだが、毎日毎日、其処彼処で騒ぎを起こしてくれるので能力者達は西に東に奔走させられている。

そんな中、今朝のカイツール騒ぎだ。全くふざけるのも大概にしろと、慈島は床に転がったまま潰れた顔面を修復しているケムダーを蹴っ飛ばした。


「せっかくですから、ちょっとお茶でも飲みませんか?芥花さんから貰ったパウンドケーキがあるんです」

「……そうだな。少し休憩してから戻っても、問題ないだろうし」


俺も、と名乗りを上げようとするケムダーの頭を踏み付け、慈島はリビングの方へ足を進めた。


「今日のご飯、餃子?」

「はい!たくさん作るので、たくさん食べてくださいね!」

「……楽しみだな」


コーヒーの用意をしながら、満面の笑みを咲かせる愛の顔に眼を細め、慈島はソファの背凭れに身を預けた。

愛が作る餃子は美味い。仕事終わり、冷えたビールと彼女の餃子が食卓に並んでいるのを見ると、全てが報われた気にさえなる。しかし、自分とケムダーが馬鹿のように食べ進める為に、愛がとにかく凄まじい数の餃子を作らなければならないのが心苦しいので、慈島は中々、餃子が食いたいとリクエスト出来ずにいた。

自分が手伝えるならいいのだが、一度愛に教わりながら作った餃子は悉く失敗し、ケムダーに指を差されながら爆笑された始末だ。
分かってはいた。自分が餃子一つまともに包めない男であるということは。分かってはいたが、自分に出来ないことをケムダーがささっとやってのけるのを見ると心底腹が立った。


愛は、慈島が自分の作る餃子をとても気に入ってくれているのを知っているので、彼が食べたいのならどれだけ大変でも作ってみせようという気構えでいるのだが、量産に時間が掛かる為、夕飯が夜食になってしまうのがネックで中々作ることが出来なかった。

久し振りの餃子に慈島が嬉しそうにしているので、早く学校が終わったのはラッキーだったかもしれない。そう思い掛けた愛だったが、やはり、流石にカイツールが転校生は無理だと眉を顰めた。


何だ、怪津潤って。多分、義父が考えた名前だろう。ふざけている。いや、真剣に考える気があったなら、そもカイツールを学校に行かせたりしないだろう。

困った人だ。愛は溜め息を吐きながら、ケムダー専用のマグカップにコーヒーを注いだ。

そういえば、この猫を模したカップは何時から家にあったんだったか。無垢な瞳で此方を見つめる黒猫のカップの横に、愛は芥花製のパウンドケーキを二切れ並べた。





「お、おはようございます……」

「おはようございます……」


翌日。普通に登校して普通に席に着いたカイツール、もとい怪津にクラスの空気はこれでもかと淀んでいた。
まぁ転校してきたからには致し方ないだろうと彼の存在を受け入れているのは藤香くらいである。度量が凄い。

当のカイツールはというと、転校初日がアレだったので流石に気落ちしているらしい。何処かアンニュイな面持ちをしている。どう見ても眼と口の付いた肉塊でしかないのだが。というか、何故擬態してこないのだコイツは。
椅子から盛大に体がはみ出して、三輪車に乗るサーカスの熊のようになっているのに気にならないのか。学校側も、擬態してくるものだと思って普通の席を用意しただろうに。

見れば見る程ツッコミ所しかない。これが日常の一部になる日が果たしてやってくるのかと愛は頬杖を付きながら、教科書を開いた。

そう言えば、アレは教科書を持っているのかと横目で見ると、顔の横から生えている手でしっかり教科書を持っていた。脇腹から生えた手は、片方がノートを押さえ片方が鉛筆を握っている。便利だ。ああはなりたくないが。


愛は視線を黒板の方へ戻し、真面目に授業を受ける気がある内はこのままにしておいた方がいいのだろうかと溜め息を吐いた。

下手に刺激すると、クラスメイト達が危険に晒される可能性がある。自分の眼が黒い内は、そんなことはさせないが――そういえば、昨日上半身を消し飛ばしたというのに、何も言ってこないのだなと愛は再びカイツールの方に視線を流した。

自分に勝てないと分かっているから大人しくしているだけなのか。はたまた、そうなることを受け入れているのか。シャープペンシルを回しながら、さてどうしたものかと考えていたその時だった。


「あ」


短い声と共にコツンと床を打つ小さな音。眼を向ければ、消しゴムが一つ弾みながら転がっていた。カイツールの方に。


「はい」


拾いやがった。

板書を終え、ちょうど正面を向いたばかりの教師も含め、誰もがそう思った。

カイツールの足元に転がってしまったのでどうしようも無かったとはいえ、其処で拾ってくれるなという感情が勝った。
人肉色の腕が拾い上げた消しゴムには粘液のようなものが付着し、僅かに異臭がする。
これを受け取る側の気持ちも考えてくれ、とクラス一同が顔を青くする中、カイツールは腕を伸ばし、消しゴムを持ち主へと差し出す。

席一つ分跨いで腕を伸ばした先には、消しゴムの持ち主――実野里仁奈が可哀想なくらいガタガタと震えていた。


「あ、あああ、あり、ありが、あり…………」


消しゴムを受け取ることさえ侭ならない程に震えながら御礼を言おうとする彼女の姿を、誰もが心の中で称賛した。
隣の席の生徒は、自分だったら失禁しているだろうと思った。前の席の生徒は、自分だったら気絶しているところだと思った。最も離れた席の生徒でさえ、自分だったら叫び声を上げながら教室を飛び出しているところだったと思った。

だから、何とか消しゴムを握り取り、物凄いぎこちない笑顔を浮かべながら仁奈が椅子の上に崩れ落ちた時、教室は無音の拍手喝采に包まれた。素晴らしい勇気だ。彼女の心意気は”英雄”に違いない、と。

その何とも言えない空気のままに授業が再開される中、小さく拳を握って嬉しそうな顔をするカイツールに気が付いたのは愛だけだった。




「本当に、あのカイツールとは違うのかもしれないなぁ」


一週間後。学級日誌を書く笑穂の向いで苺オレを飲みながら、愛は校庭の方へ顔を向けた。

運動部の声が消えたグラウンドでは、藤香率いる演劇部がランニングしている。その最後尾では、カイツールがブルンブルンと腕を振りながら青春の汗を流していた。何を血迷ったのか、藤香が彼を演劇部に誘った為、この狂った光景が生み出されているのだ。

お陰で、大会間近でありながら各運動部から活気は消え失せ「あーえーいーうーえーおーあーおー」と発生しながら走る演劇部の声だけが校舎に谺している。当の演劇部でも、自棄になって滅茶苦茶に声出しをしている部員が殆どだ。心底同情する。


しかし、先の消しゴム事件といい、あのカイツールは本当に学校生活を謳歌したいだけなのではないかと思うと、少しだけ彼を憐れむ気持ちも生まれてくるもので、愛はどうしたものかとまた溜め息を吐いていた。


「まぁ……学校生活をエンジョイしてるように見せかけて生徒皆殺しが目的ってなら、もっと警戒されないようにするわよね」

「お義父さんに聞いたんだけど、カイツールは純粋なフリークスだから人間の皮が無いと擬態出来ないんだって。だから、あのカイツールは擬態したくないみたい」

「いい奴じゃん」

「そう思っていいのかなぁ……」


あれは人喰いの化け物だ。殆ど別固体同然と言われても、かつてのカイツールの行いを振り返れば、手放しで信じられるものではない。しかし、同じフリークスであるケムダーを義父として家に招き入れているのだから、カイツールは信じられないと言うのはどうかと思うし、何となく今のカイツールの方が信じられそうな気がしないでもない。

というか、自分は義父のことを信じたことがあっただろうか。

まぁ、彼の父親というアドバンテージの前ではフリークスか否かも、信じられるか否かも些事なのだがと、愛は紙パックの中身を啜る。


「そう言えば……仁奈ちゃん最近見ないよね」

「怪津くんに消しゴムを渡された時からずっと熱出てるらしいよ」

「この後、お見舞いに行こうか」

「そだね。先生にプリント渡してきてくれって頼まれてたし、これ終わったら一緒に行こう」

「深世ちゃんも誘ってこうか」

「だね。連絡しておいて」

「はーい」


片手でメッセージを打ちながら、空になった紙パックをいたずらに膨らませる。

時間があったら、駅ナカに出来た美味しいプリンのお店に寄ってお土産にしよう。ついでに主人と義父の分も買って、夕飯後のデザートにしよう。カイツールの件も、その時少し話してみようか。そんなことを考えながら、愛は笑穂が学級日誌を書き進めていく様を見つめた。



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