FREAK HOUSE | ナノ

覚醒した”新たな英雄”、真峰愛、もとい慈島愛によって、人類とフリークスの戦いは終結した。

色々と問題は残っているが、ともあれ世界は平和を取り戻し、同時に、戦いを強いられていた能力者達も、然るべき日常というものを取り戻したのであった。


「はい、志郎さん。今日も愛情たっぷり込めた愛妻弁当ですよ」


語尾にハートを三つ四つ連ねる程の熱烈っぷりで、愛は手製の弁当を夫である慈島志郎へ渡した。


今日の弁当は、いつもと趣向を変えてサンドウィッチにしてみた。

白身魚のフライとタルタル、照り焼きにした鶏肉とマヨネーズといった食べごたえのあるサンドウィッチと、デザートも兼ねて作ったブルーベリージャムやママレードとホイップクリームを挟んだ甘いサンドウィッチ。

まるでピクニックに向かうかのような弁当に、慈島は恐縮するが、愛は「私のことを思い浮かべながら食べてくださいね!あっ、決して私のことを食べてほしいとか、そういう意味じゃないんですけど!キャッ!」と、朝から随分おめでたいオーラを出しながら、破顔している。


「ありがとな、嫁ちゃん。俺も嫁ちゃんのこと思い浮かべながら美味しくいただくね」

「誰もお前には言っていないだろうが、死ねクソライオン。一秒でも早くさよなライオンしてくれ」

「嫁ちゃん、弁当ありがとうざぎ」

「いえいえ。いっぱい作ったので、遠慮せず食べてください」


昨日はリビングで晩酌して、そのままソファを占領して眠りこけていたケムダーの分まで、わざわざ作ってくれたらしい。
あんな奴、水道水すら出す価値などないというのに。

妻の懐の広さは嘆くべきなのか。いや、悪いのはケムダーなので、悲嘆すべきはアレが今日まで生き延びていることなのだろうが。


「じゃあ、いってきますね、志郎さん!」

「ああ……うん。いってらっしゃい、愛ちゃん」

「はい、いってきます!!」

「…………ああ、うん。あの……あいついるけど、いいの?」

「はい!ちょっと恥ずかしいですけど、朝のお約束なので是非!お願いします!!」

「大丈夫。俺はちゃんとおめめ閉じてるから、お気になさらず〜」

「そのまま両の目玉が潰れたらいい」


わざとらしく両目を手で覆うケムダーを睥睨すると、慈島は今か今かと待ち侘びる愛に向き直し、小さな肩に手を置いた。

朝のお約束。いってきますのちゅー。

これ無しには、愛は断固として外には出ないので、慈島は極力ケムダーに見えないよう、背中で隠すようにしながら、愛の額に唇を寄せた。


「……いってらっしゃい。気を付けてね」

「〜〜〜〜っ!はい!いってきます、志郎さん!!」


そして、これもお約束。
感極まった勢いで抱き付き、そのまま頬にキスをしていくと、愛は駆け足気味に家を出て行った。



恩赦として彼の名字と、妻の座を得た彼女の現在の職業は主婦兼、学生であった。


FREAK OUTに入る際、高校は休学していたので、なんやかんやあってフリークスとの戦いも終わり、”新たな英雄”としてやることも無くなったのだしと、愛は復学し、以前のように学校に通うようになったのである。


「おはよう、愛」

「おっはよー笑穂!」

「今日はまた一段とゴキゲンね。まぁ、新婚だし、ハイテンションにもなるだろうけど」

「えっへへへ。そうなの。私、新婚さんだからいつも舞い上がってるの」

「自分で言うか、それ」


以前のようにと言っても、彼女自身が以前とはまるで別物になっているので、一切合切そのままとはいかず。かつて彼女が過ごしてきた学生生活とは幾らかズレが生じる。
愛が一回りどころか二回り近くも歳の離れた、三十四歳の男と結婚したこともそうだが、何より彼女が人類を救った”英雄”になったことが大きい。

バス車内にちらほら見られる御田高校の生徒から、仕事に向かうサラリーマン、優先席のご老体、果ては運転手までもが、両手を頬に宛がい、朝から全力で惚気まくる、今をときめく”英雄”系女子高生、真峰改め慈島愛を見て、どよめいている。

誰も口には出していないが「あれって”英雄”じゃね……?」という空気が、バス車内に充満する程度に漂っており。
愛が復学して間もない頃、そんな空気に居心地の悪さを覚えていた笑穂も、当人が「それより志郎さんが」と惚気てくるので、気にすることを止めた。


そんな訳で、愛と笑穂は限りなく以前のように、学校に向う道中、取り留めのない話に花を咲かせた。


「そういやこないだ、徹雄さん帰ってきたんだってね。誠人さんがいきなり部屋に来たから死ぬかと思ったって言ってた」

「あー、うん……。そうなんだ、お兄ちゃんのとこにも行ったんだ、あの人」


此方もなんやかんやあって、かつて”英傑”と呼ばれた男は今、笑穂の庇護下で暮らしている。

といっても、笑穂の家に上がり込んでいる訳ではなく。
元”英傑”真峰誠人は、鹿子山家の近くにあるマンションの一室に篭り、笑穂はそこで自堕落に暮らす彼の食事やら洗濯やら何やらの世話をしてやっているのだ。


「しっかし、徹雄さんも大変ね……。戻って来たら戦争は終わってるし、娘は結婚してるし、息子は無職だもんね……」

「無職ならまだマシだよ。よりによってヒモだからね、ヒモ。職業:寄生虫だよ」


忌避していた妹が、何かよく分からないままに”英雄”になって帝京を救ってしまったショックがあまりに大きかったのか。
終戦後、誠人は真っ白に燃え尽きたボクサーよろしく無気力になり、今や日がな一日、食う・寝る・ソシャゲという悲惨な状況にある。

その生活資金はFREAK OUT時代に蓄えていた貯金の切り崩しと、笑穂のように彼の世話を焼きたいけど仕事やら何やらあるので金だけ、という女性達からの軍資金で成り立っている。

誠人だけに誠に残念ながら、”英傑”として腐っても、未だ顔だけは、壁ドンと顎クイを用いてくる俺様ドS系少女漫画ヒーローとしてやっていける程度に整っているのだ。


兄が無職、しかもヒモという現実は、妹としては心底嘆かわしいが。あの寄生虫より笑穂のが大変だと、愛は親友の両手をそっと取って、優しく微笑んだ。


「笑穂、嫌になったならいつでも捨てていいんだよ、アレ。多分、五百円ゴミ処理券で持っていってもらえるから」

「所帯感ある意見ありがとう。でも、実の兄を粗大ゴミ扱いは徹雄さん泣くと思うから止めとこうね」


誠人自身は多分、怒り狂ってやりたいところだが今の妹に対し物申せる立場ではないことを痛感して、布団にもぐって不貞寝するだろう。いつもそうしてるけど、多分、布団を頭まで被って、背中も丸めると思う。
そしてそんな息子の哀れな姿を見て、先代”英雄”はさめざめと泣くことだろう。未だ見た目は若々しいが、そろそろ涙腺が緩くなる年頃だし。

なんて考えつつ、笑穂は穏やかに眼を細め、窓の外を流れる、随分すっきりした遠くの景色を眺めた。


「まぁ、確かにたまにジャイアントスイングでゴミ捨て場に投げ込んでやろうかと思うこともあるけどさ……。でも、こんなどうしようもない人、私が見捨てたら誰も拾ってあげないんじゃないかと思えて」

「よくない。それ絶対よくないよ、笑穂」


もし毒兄から切り離せても、この思考が根付いてしまった笑穂は、また別の、どうしようもない男に引っ掛かるに違いない。

今のうちに目を覚まさせてやらないと……と、愛が謎の使命感に燃えていた時だった。


「って、やば!停留所過ぎてるじゃん!」

「うっそ!?やだ、全然見てなかった!!」


見慣れぬ景色に違和感を感じ、ふと次の停留所名を見て見れば、御田高校前の停留所を二つばかし過ぎていた。
話に夢中になって、アナウンスを聞いていなかったようだ。

愛と笑穂は、慌てて降車ボタンを押し、学校までの距離と現在時刻を照らし合わせた。


「次で降りて、ちょっと走ったら間に合うかな」

「最悪、私の能力で飛べばいけると思う」

「あれ使うとあんたゲロ吐くからダメ。あとパンツ見えるから」

「それはやばい。私、今日勝負下着だから」

「何と勝負するの?自分自身?」

「やだぁ、朝からそんなこと言わせないでよぉ」


赤信号、皆で渡れば怖くないの原理で、遅刻しかけているのが自分一人ではないからか、愛も笑穂もすっかり危機感を忘れ、きゃっきゃうふふと互いを小突きあったりしながら、バスを降りて行った。


小走りで駆けていく彼女達の動きに合わせ、短いスカートがひらめく。だが悲しきかな、勝負下着なるものは見えなかった。

後ろの座席から、素知らぬ顔で聞き耳を立てていた男達は、随分静かになった車内に溜め息を響かせながら、仕事先へと向かうバスへ揺られた。


「……やっぱいいね。人妻JKって」

「うるせー、ドスケベ眼鏡。バス停に押し潰されて死ね」



back









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -