FREAK HOUSE | ナノ


第三次世界大戦から復興を遂げた平穏の時代。
大戦後、今度こそ恒久の平和が訪れることを誰もが望んでいたこの国――帝京国に、ある日突如、巨大な樹が生えた。

それは、形状故に樹と呼ばれたが、正確に言えば、その正体は超高密度のエネルギー物質であった。

出現と同時に、地上に立つ建造物を根こそぎ蹴散らし、周囲を焦土と化したその樹は、瞬く間に枝を広げ、無数の実をつけた。

やがてその実は膨らみ、熟しきるや地に落ちて、割れる。

その中から生まれて来たのが、今、少女達の前にいる異形の怪物――フリークスであった。


「いい加減、出て行け。喰われたいのか」

「そーいうこと、飯中に言うかァ?せめて食べ終わってからにしてくんねぇ?」

「心臓にまで鬣が出来てるのかお前は。勝手に人の家に上がり込んで、図々しいの極みだな」

「嫁ちゃん、おかわりちょーだい」

「聞けよ」

「はぁーい」

「愛ちゃんも、ご飯出さなくていいから。こんな奴に食わせることないよ」

「でも、お義父さんせっかく来てくれましたし」

「おうおう、嫁ちゃんは優しいなぁ。こんないい娘が出来て俺は嬉しいぜ」

「父親面するな、今すぐ消えろ。消すぞ」

「お前の前世は消しゴムか」


盛られた白米を、愛妻の特製唐揚げと一緒に頬張る化け物に、慈島は眉間の皺をこれでもかと深くした。


覚醒した”新たな英雄”旧姓・真峰愛の活躍により、なんだかんだあって、人類とフリークスとの戦いは、まさかのフリークスの全面降伏という形で終わった。

いや、参りましたで済むかという話だが、降伏を受け入れなければ玉砕覚悟で避難区域を襲いまくるぞと言われたので、結局人類側も折れて、無理矢理一件落着ということになった。

それから、愛が世界を救ったスーパーヒーローとして表彰されて、政府から特別恩赦として何か欲しいものはないかと問われた彼女は迷わず「慈島さんの名字」と答え。
その結果、三十四歳の男と十六歳の少女が結婚することになったのが、つい一ヶ月前のこと。
思い出して頭が痛い展開だが、なんかもう考えるだけ無駄な気がしたので、慈島は色々流すことにした。

だがそれでも、やはりこいつだけでも駆除しておくべきではないのかと、慈島はほぼ毎日、人の食卓に上がり込んで来るケムダーを睨み付けた。


「いいじゃん、父親が息子の家に来て飯食っても。家族団欒じゃん」

「家族団欒を口にする権利はお前にないし、俺はお前を家族だと認めない」


今すぐにでも、目の前のライオン頭を殴り飛ばしてやりたいが、此処で能力を使えば大惨事は免れない。
せっかく愛が作ってくれた夕飯が台無しになるし、家も壊れるだろう。

此処は、ガマンだと自分に言い聞かせながら、慈島はもりもりと夕飯を食べ進めていく。

愛は隣で、それをニコニコと笑いながら見ている。慈島の食べっぷりがいいので、嬉しいらしい。


「おいしいですか?志郎さん」

「うん。おいしいよ」


目の前にケムダーがいなければ、もっと美味く感じられただろう。というのは、愛に失礼な気がしたのでやめた。

ケムダーがいようがいまいが、愛の手料理は美味い。
毎日、栄養価や彩り、見栄えなど考えて、手の込んだものを作ってくれている彼女のことを思えば、ケムダーの存在にくらい眼を瞑って、出された料理を堪能するのが礼儀だろう。
慈島はそう心の中で自分を説き伏せながら、次々に唐揚げを口に放った。

ジューシーな鶏肉と、からっと揚がった衣の食感が絶品だ。醤油ベースの味付けも、良い。


「こんなに美味い手料理が毎日食えて、俺は幸せものだ」


思わず口から出てきた賛辞の言葉に、慈島はハッと、見まいとしていた方へ顔を向けた。
案の定、ケムダーがこれでもかとニヤニヤしながら、此方を見ていた。


こいつ、今すぐ殺してやりたい。


慈島の中で、殺意と羞恥心が湧き上がって鬩ぎ合って、もみくちゃになった。

素直に口にしたくなった――訳が分からぬままに結婚したにせよ、心から愛していることには違いない――妻への感謝の想い。
それを、よりにもよって、ケムダーに聞かれてしまうとは。
こいつがいることを忘れよう忘れようと努めたのが、裏目に出てしまったようだ。

慈島は、ベキベキと箸が悲鳴を上げてへし折れるくらいに力を込めながら、どのタイミングでケムダーを殴り殺そうかと思案した、が。


「んもう、やだぁ、志郎さんったらぁ!」


ケムダーが茶化してくるより先に、頬を紅潮させた愛が、歓喜の声を上げて肩をバシバシ叩いてきた。
照れ隠しらしい。キャーキャー言いながら、愛は「そんな褒めても、何も出ませんよ!」と破顔している。

それで、何か色々抜け落ちたような気分になって、慈島は大人しく箸を替え、食事を再開しようと席を立った。その時だった。


ピーーンポーーーン。


響く呼び鈴の音に、慈島と愛は揃って小首を傾げた。

こんな時間――夕飯時に、訪ねてくるような人物は、ケムダーくらい。そのケムダーは既に上がり込んで、ほうれん草のおひたしを咀嚼している。

では、誰が来たというのか。

何かの勧誘やセールス、にしては時間が遅い気がする。宅配便が来る、ということなら、身に覚えがあるだろう。
考えてみても、さっぱり当てが無く、無視して食事を再開した方がいいだろうかと、慈島は愛に視線で問い掛ける。

するとまた、ピーーンポーーンと呼び出し音。
それから暫し、ケムダーの無遠慮な咀嚼音だけが響いたかと思えば、今度はノックの音。
しかも、かなり激しめの、だ。


「…………」


不穏な空気に愛が微かに眉を顰める。それを見兼ねて、慈島は玄関へと向かった。

誰だか知らないが、一家の団欒をこれ以上乱されるのは許し難い。
文句の一つでも言って、追い返してやろうと、慈島はズシズシと重い足音を立てながら、玄関のドアを目指し――。


「志郎!愛!!!いないのか?!!」

「?!!!」


ドア向こうから投げかけられた予期せぬ声に、慈島は大慌てでドアノブを引っ掴んだ。

そんな、まさか。こんなことが。
そう疑いながらも、揺るがぬ確信を持ちながら、慈島は衝撃に急かされるがまま、鍵を開け、ドアを開けようとした。


「めぇえええええええい!!!」

「うべぁっ」


が、向こうはどうやら待ちきれなくなったらしい。

あろうことか、華麗な飛び蹴りで鉄製のドアを蹴破り、慈島を下敷きにしたことにも気付かず、声の主はそのまま玄関からダイニングへ繋がる短い廊下を駆けて行った。

そこから、物音に驚いて顔を出そうとした愛が、ほぼ突進するような勢いで抱き付かれるまで、二秒と掛からなかった。


「うああああ愛ぃいいい!!!!」

「パ、パパ?!!」

「…………やっぱり」


扉の下から這い出た慈島は、愛娘に抱き付いておいおいと泣く師の――徹雄の姿に、何とも言えない表情を浮かべた。

五年前、侵略区域で行方不明になった”英雄”、真峰徹雄。
人類がフリークスと和解し、戦いが終結した後にも見付からず、もしやと思われていたのだが、彼は生きていたようだ。

服は砂埃と血に塗れ、彼自身も随分と汚れていたが、あの見事なヒーローキックに、今こうして愛を抱き締めながら、大声を上げているところから見るに、相当元気らしい。

それは、とてもとても喜ばしいことだ。
死んだかと思われていた師が生きていて、こうして戻ってきてくれたのは、いい。
だが、あまりに突然のことであったことやら、蹴破られたドアの下敷きにされたことやらがあって、慈島は感動の再会に、今一つ感動しきれずにいて。
さっきからぎゅうぎゅうと抱き固められている愛の方も同じだった。


「ちょ……パパ、なんで此処に」

「起きたらなんか戦い終わってて、慌てて家に戻ったら誰もいなくて、どういうことだと思ったら愛が志郎のとこに行ってて、しかも結婚したって聞いたからあああああ!!!」


寝てたのか。今の今まで。
いや、もしかしたらフリークスとの戦いで相当な手傷を受けて、今日まで何処かで療養してたのかもしれないが。

ともあれ、どうして徹雄が此処に突如やって来たのかは分かった。
分かったと同時に、慈島は壮絶に顔色を悪くして、だらだらと冷や汗を流し始めた。


「あの、ですね……徹雄さん」

「俺、頼んだよ!!確かに、愛のことよろしくなって言って行ったよ!!!」


やっぱそうなるよな、と顔を逸らす慈島の胸倉を掴み、徹雄は張り裂けんばかりの声で叫んだ。


「でも、それはなんていうか、見守ってやって的な感じのニュアンスで、決して娘を末永くよろしくって意味じゃなかったんだよ!!!!」

「それは……まぁ、そうでしょう、ね」

「そうだよ!!!!なのになんで結婚してんの?!!俺聞いてないよ!!」

「いや、その……いらっしゃらなかったので……」

「いなかったことは謝る!!でも戻ってきてそんな衝撃の事実知らされた俺の心情もちょっと考えて!!!」


言いながら、青暗い顔をした慈島をがくんがくんと揺さ振ると、徹雄はどべぁっと涙を溢れさせた。

溢れ出る感情が、抑えられなくなったらしい。
徹雄はおいおい泣くと、慈島から手を離し、呆然と立ち尽くしていた愛に縋るように抱き付いた。


「愛ぃぃ……お前まだ十六歳だろ?なんでこんな早くに結婚なんてぇぇ……」

「パパ、取り敢えずちょっと離れてもらっていい?苦しいし埃っぽいし、ヒゲ痛いし、それに臭い……」

「久し振りの親子の抱擁だよ?!それくらいよくない??!!」

「よくない」


それをずい、と非情とも言える力強さで押し返され、徹雄の心はついにぺっきり折れたらしい。
その場に体育座りし、膝に頭を埋め、徹雄は大いに悲しみに暮れ、涙を流した。


「うぅぅ……五年の間に娘が、すっかり思春期に……」

「思春期云々以前にパパの現状に問題があるんだってば」


終戦を知り、着の身着のまま戻ってきた徹雄は、言っては悪いが、汚かった。

頭から煤を被ったようだし、フリークスのものらしき血もあちこち付着していて酷く臭うし、ヒゲも伸び放題ときている。
浮浪者と言われてもおかしくないレベルで、現状徹雄は汚い。愛娘に避けられても、正直仕方ない。

愛は、しくしくとしょげ返る徹雄を、今ここで丸洗いしてやりたいと眉を顰めた。


「大体、今までいなかったのにいきなり帰ってきたパパに、どうして咎められなきゃならないのよ」

「いや、咎めてるつもりは……ただ、あまりに予想外のことが起きてたから、なんでなんでーって……」


厳しい口調で言われ、徹雄はますます項垂れた。
かの”英雄”が、なんというザマか。今やただの可哀想なオジサンと化してしまった徹雄は、これでもかと暗い声をぽつりと零した。


「……俺、帰って来ない方がよかったのかな」

「そ、そんなことないです!!!」


今にも死にそうな程度にネガティブな、徹雄らしからぬ言葉を、慈島は全力で否定した。

このままでは、帰ってきた側からまた何処かへ消え、今度こそ完全に帰らぬ人になりそうである。
それだけは避けなければと、慈島はらしくもなく饒舌になって、必死に徹雄を宥めた。


「何というか……そう、愛ちゃんも突然のことで驚いてるだけで、徹雄さんが帰られたことは喜んでますし、勿論俺もそうです!
事前に言ってくれたなら、何かお祝いとかしたんですが、いやほんと、不意打ちだったので何も出来なくてすみません。
ですが、徹雄さんが帰って来てくださったこと、俺達は本当に嬉しく思っていますよ!」

「……ほんと?ほんとに俺、帰ってきてよかった?」

「本当です」


ね、と後押しを要請するように、慈島は愛を見遣った。

慈島にそうされては、流石に邪険にする訳にもいかず。腕を組んでむくれていた愛は、やれやれと表情を和らげて、徹雄を見た。


「……取り敢えず、お風呂入ってきてよパパ」


徹雄が戻ってきて、嬉しいのは本当のことだ。

改めて、色々と話したいこともあるし。その為に、まずは綺麗さっぱりとしてきてくれと、愛はやや苦々しさの残る笑みを彼に向けた。


「話はそれからするから……あ、ご飯も食べてく?」

「め、愛ぃいいいいいいいい!!」

「だから、とにかく綺麗になってきてからにしてったら」


感極まって再び抱き付いてこようとする徹雄に、華麗な回し蹴りを決めると、愛は彼を浴室へと引き摺って行った。

こうして、ようやく騒ぎが一段落したところで、徹雄が突っ込んでこないのをいいことに(突っ込む余裕さえなかったとも言う)我関せずと食事を進め、今し方味噌汁を啜り終えたケムダーが、一言呟いた。


「……父親って、歓迎されないもんだなぁ」

「お前は本当に歓迎されてないって分かってるのか」




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