楽園のシラベ | ナノ


この星に生きる、あらゆる生命体は、凡そ知らない。

自分達が生まれ落ちたこの星が、意思を有していることも。星が自らを整調する為に生み出した分身――星の調律者たる者達が、遥か昔から存在していることも。
星と調律者達が、宇宙からの侵略者によって支配された、ということも。
何一つとて、知ることも、疑うことさえもなく。一度滅ぼされ、侵略者達の庭と化した世界で、当たり前のように生きている。
そして、その殆どが、自分達が侵略者達の実験動物であることも知らずに、死んでいく。

彼の旅は、そんな狂わされた世界の調律と、侵略者達に奪われた同胞の仇討ちの為。とてつもない絶望と恐怖と、孤独の中から始まった。


「お久しぶりですね、シラベ・シャンバーラ」





《蠢きの森》の奥深く。凄まじく成長する木々と、隠された地下トンネルを通り抜けた先に待ち受けていた景象に、シラベは眉を顰めた。


「驚いたな。あれから何百年と経ってる筈だってのに、此処もお前らも全く変わっていやしねぇ。全く、気が滅入る白さだ」

「自ら此処に戻ってきて、そんなことを言われるとは」


緑の中に聳え立つ白亜の城塞と、白衣と、白皙と、白銀の髪。
嫌気が差す程の白ずくめに、シラベが辟易すると、《銀の星》の研究所前で、彼を待つように佇んでいた女が、にたりと笑んだ。


「それで、どうして此処に戻ってきたのですか? かつて、あんなに必死になって逃げた、この場所に」


それは、知っている。
女がそんな笑い方をするような人物では無かったことも。敢えて彼女らしからぬ笑い方をすることで、シラベの激情を煽ることも。
知りながら、それは無言のまま此方を睥睨するシラベの、古傷を抉るような言葉を口にする。


「正確には、我々が見逃がしてあげたのですけれどね。貴方が逃げ出した頃には、《イニシエート》の研究は終わっていましたから」

「……俺を追わなかったのも、探さなかったのも、それが理由か」

「えぇ。貴方が逃げてからの数百年……この星には、実に多くの生き物が誕生しました。滅びの果てに進化を遂げ、旧世代とは比にならない性能を持つ生き物達を、より強くする為の研究の方が、貴方を追うよりも有意義ですから」

「……そういう割には、いつまでもその体にしがみついていやがるんだな」

「《イニシエート》の体は繁殖こそ出来ませんが、他の性能は我々の理想に準じています。この体に匹敵、或いはそれ以上の生物が誕生した暁には、彼女も、他の《イニシエート》も眠らせてあげますよ」


彼女、と言いながら、女は自身の胸に手を当てる。

それが憎たらしく仕方ないと、シラベが歯をギリと食い縛ると、女は冷ややかに目を細めながら、風に靡く髪を耳に掛けた。


「さて、話を戻しましょうか、シラベ・シャンバーラ。我々には及ばないにせよ、優れた知能を有している《イニシエート》が、むざむざ再び捕まりに来るような真似をするとは思えません。何か、企みがあるのでしょう?」


痛みの奥底に垣間見える、古い記憶。未だ、彼女が彼女であった頃。何もかもが穏やかであった日々。
フラッシュバックする過去と、もう戻らぬ者達の本当の顔を思い出しながら、シラベは目の前のそれを見据えた。


「貴方は何故、此処に戻ってきたのですか?」

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