楽園のシラベ | ナノ
ロックベイ山脈を越えた一行は、《アガルタ》を目指し、更に大陸を南下していく。
その道中、彼等のキャラバンが停まったのは、ある町の大型駐車場であった。
「うぉぉおお! なんだこりゃ!!」
町が見えてきた辺りから、その景観にざわめいていたリヴェル。彼女の昂奮は、ゲートの前に来たところで最高潮に達した。
キラキラと輝く瞳に映るは、青い空へと伸びる鉄の骨組みと、カラフルな風船の群れ。
加えて、遠く響く歓声と、漂ってくる甘い匂い。
五感から心を擽られ、頬を赤らめるリヴェル。その横で、クルィークも「おぉおお!!」と昂揚の声を上げた。
「すっげー! これ、本当に町なんっすか!?」
「なんだアレ、なんだアレ!! めちゃくちゃでっけぇ!!」
「ハハハ。世界広しと言えど、こんな場所は此処くらいしかねぇぞ」
目も口も開きっ放しにしてはしゃぐ二人に、シラベは「いい加減、中に入ろうぜ」と苦笑し、肩を竦めた。
はしゃぐ気持ちも分かるが、此処は未だ入口。
本番は、町の中に入ってからだと、シラベは二人を連れてゲートへと歩みを進める。
古びた金属の赤銅色に、蝕まれたペンキの極彩色と、這い回る蔦や茂った苔の緑。
人の手と、長い年月の経過が生んだ、栄華と退廃の美。相反するものが交錯し混じり合った、まさに夢の世界。
それこそが、此度一行が訪れた街。
「刮目しな。此処がキャロラベル大陸観光名所が一つ、アカサビーランドだ」
アカサビーランドは、旧世代に建てられたレジャーランドの中に作られた……というより、レジャーランドを丸ごとそのまま街にした遊園市街である。
旧世代の建造物は、巨大隕石の衝突時に、殆どが倒壊した。
僅かに残った無事な建物も、住まう人が死に絶えたことで風化したり、新世代の生物達の巣になったり。
そんな訳で、旧世代の姿を残した場所というのは非常に珍しいのだが。
中でも此処、アカサビーランドは、遊園地という特異な場所であることで、キャロラベル大陸――いや、世界有数の観光名所となっている。
「うっわぁぁ……中も、人の数も、何もかもがすっごいっすねぇ」
「迷子センターは用意されてるが、気を付けろよ、リヴェル」
「毎回毎回、人の多いとこで迷子警告するんじゃねぇよ! 言われなくっても、ちゃんと歩くっつーの!」
「そりゃ失敬」
花や旗で飾られた家々やオブジェ。ポップコーンやアイス、仮面や帽子、溢れんばかりの花束など、様々な物を乗せたワゴン。
カラフルな衣装に身を包む街の住人達と、観光客の人混み。
眼にも鮮やかな光景を、人々の賑わう声と、何処かから流れてくる陽気な音楽が、更に華やがせる。
誰もが、絵本の中に入ったような気分になって道を行く。そんな中シラベは、入口で係からもらったパンフレット片手に、上手いこと人の流れに沿いつつ、先導して歩いていく。
「ところでシラベさん。此処には何しに来たんっすか?」
暫くして、そういえばこの街に来た目的を聞いていなかったと、クルィークが尋ねた。
まだ陽は高く、アカサビーランドの先にも町は幾つかあるので、此処で車を停めて休む必要はない。
商売をするにしても、商品は全て置いてきているし、物資も足りているので買い出しという線も無さそうだ。
となると、仕入れか。それとも、誰かに会いに来たのか。
釈然としない様子のクルィークに対し、シラベは何食わぬ顔でしれっと答えた。
「ん、普通に観光」
「「えっ」」
予期せぬ答えに、思わずリヴェルも驚いて目を見開いた。
シラベは、リヴェルとクルィークのことと、資金と物資のことを考慮して、《アガルタ》まで必要最低限の迂路を組み込んだルートを惟みている。
だから、何処かに寄る時は宿泊か、商売か――何かしらの用事があるだろうと、二人共考えていた。
普通に観光、と言われても、世界中を周ってきたシラベが、幾ら世界有数の観光地とはいえ、アカサビーランドにわざわざ車を停めるように思えず。
実は他にも理由があるのではないかと、勘繰る二人であったが、シラベが付け加えた言葉は、またもリヴェル達の想像を越えていた。
「近くを通ってくのに、寄らねぇのは勿体ねぇだろ? それに、せっかく三人と一羽で旅してんだ。移動と商売尽くめで味気ねぇモンにしねぇで、楽しもうぜ」
シラベは、得にならないことはしない主義だ。金銭でも、物品でも、何かがプラスにならなければ、シラベは動かない。
その癖、一見すれば無駄だったり、損をしたりしているように見えることでも、彼にとって良好な結果に繋がるのなら、進んで着手したりする。
彼は、そういう男だということを思い出して、リヴェルとクルィークは顔を見合わせた後、シラベに向かってにかっと満面の笑みを向けた。
「そういうことでしたら!!」
「な、なぁシラベ! アレって、私でも乗れるのか? 乗れるなら、行ってもいいか?!」
「おうおう、落ち着けお前ら。こういう場所ってのは闇雲に動くより、効率的な道をだな……」