楽園のシラベ | ナノ
鹿王が息絶えたことで、山に立ち込めていた霧は消えた。
予定していたルートを無事通ることが出来たシラベ達は、ロックベイの山道を行き、翌日、中間にある村にキャラバンを停めた。
「サァーー!! ヨッテラッシャイ! 見テラッシャイ!! 旅商人シラベノ店ダゾーー!!」
響き渡るシソツクネの喧伝と、並べられた物珍しい商品に、人々達が絶え間なく集まっていく。
山中の小さな村なので、アンムルブッシュの時よりもずっと客足は少ないが。
それでも、老若男女様々な村人が訪れ、時たま、自分達と同じく、山越えの休息にと村に立ち寄った旅人や興行師らも、商品を手に取ってくれた。
業務にも幾らか慣れてきたので、初めて手伝いをした時よりも落ち着いて、かつ、円滑に動くことが出来たリヴェルであったが。
日が暮れ、店仕舞いした後。村の大食堂で、一番人気メニューの煮込みハンバーグを頬張る彼女の面持ちは、不機嫌の一言に尽きた。
「いやぁー、大したもんだなクルィーク。狩りだけじゃなく商才もあるたぁ」
「いやいやぁー、そんなことないっすよー。たまに毛皮とか売りに行商に行ってたから、慣れてるだけって言いますか」
「ほれ、飲め飲め。本日の大盛況に乾杯だ」
「あざっす! いただきまーす!」
先日、楽園を目指す旅の一行に加わったクルィーク。
彼もまた、キャラバンに乗せてもらっている以上はと、手伝いに参加したのだが、今日が初参加とは思えぬ働きっぷりに、リヴェルは愕然とした。
シソツクネに劣らぬ呼び込みの上手さ、客の心を掴むセールストークに、すぐに商品の位置を把握する記憶力。
僅かばかしとはいえ先輩であるのに、形無しではないかと、リヴェルは暫し落ち込んでいたのだが。
想定していたよりも大きな稼ぎが出て上機嫌のシラベが、彼をヨイショするので、ついには拗ねてしまった。
――私だって、自分なりに頑張ったのに。
膨れ面のまま、ハンバーグを嚥下し、リヴェルは木の実ジュースを呷った。
そんな彼女を余所にシラベとクルィークは酒を飲み、次の商売の話で盛り上がっていたのだが――。
「オイ、聞いたか? ドワノエの話」
「あぁ! 使徒様の話だろ? 知ってる知ってる」
近くのカウンター席に座る、二人の大男の会話に、まず最初に反応したのはシラベだった。
それまで、酒も入って大層気分を良くしていたというのに、突如深刻な面持ちになったので、何事かとクルィークが尋ねようとした、その直後。
「なんでも、新しい奇跡を生み出す為に必要なブツを探しに、遥々《アガルタ》からドワノエに来たって話だそうだな」
「いやぁ、驚いたぜ。俺ぁてっきり《アガルタ》も《銀の星》も、お伽話の存在だと思ってたからよ。まさか本当にあったとはなぁ」
大男達が交わす予期せぬ会話に、クルィークも、拗ねていたリヴェルも一斉に其方を向いた。
二人の希望の在り処、《アガルタ》。其処で奇跡を生み出す星の救世主、《銀の星》。
まだまだずっと先にある筈のそれらが、思いがけないところに現れたらしい。
一体、どういうことかと、リヴェル達は耳を澄ませてみたが、大男達は、楽園のお伽噺をいつまで信じていたか、という話で盛り上がり出してしまった。
直接問い質してみようかと思ったが、どうにも、彼等が今し方話していたこと以上の情報を持っているようにも思えず。
リヴェルとクルィークは、酒を酌み交わしゲラゲラと笑い合う二人から、シラベへと視線を移した。
「……シラベ、今の」
「……あぁ、聞いてたよ」
驚嘆と、同等の期待に逸るリヴェル達に対し、シラベの方は、如何にも浮かない顔をしていた。
今ので、すっかり酔いが覚めてしまったらしい。
白けたような表情で、シラベはジョッキに残った酒を一気に呷るが、そんな彼の様子におかまいなく、クルィークは昂揚しきった声を上げた。
「使徒様……って、《銀の星》の人のことっすよね? ってことは、今ドワノエに行けば、俺達の求める奇跡のこと、聞けるかもしれないっすね!」
「……さぁ、どうだかなぁ」
ドワノエは、一行が通るルートから道を一つ外れた先にある、山中の、本当に小さな村だ。
移動中、暇を持て余して地図を眺めていた時、随分小さな村があるのだなと、印象深く、頭に残っていた。
ドワノエの先は未開拓地で、道もなく、車は通れない。
なので、一度立ち寄ったら、本ルートまで引き返さなければならないのだが、幸いなことに、ドワノエはそこそこ近い場所にある。
そう長居しなければ、すぐに戻って、夜までに次の休憩地に到着することも出来るだろう。
「ねぇ、行ってみましょうよ、ドワノエ! 結構近くにありますし!」
「つっても、俺には俺の予定がだな……」
「そう言わずにー! ほんとちょっと立ち寄ってみるだけでいいっすから!」
「……シラベ、私も行ってみたい」
シラベは、心底気乗りしない様子であったが、それで引き下がれるリヴェル達ではなかった。
彼女達はあまり悠長に希望を追い求めていられない。
リヴェルもクルィークも、可能な限り早く、求める奇跡を手に入れて、それぞれの目的を遂行したいのだ。
わざわざ《アガルタ》まで行かずに済むのなら、それに越したことはない。
二人を乗せてやってる身であるシラベだって、それで片が付くのなら、問題ない筈なのだ。
だのに、どうしてそうも渋るのか。
それを勘繰られる前に、シラベは深い溜め息を吐いて、折れた。
「……分かった。ただし、何があっても文句言うなよ」