楽園のシラベ | ナノ



「なぁ、本当にあるんだよな、楽園は」


少女がそう問いかけると、男は青い林檎を齧って、こう言った。


「それを決めるのは、お前だ。ストレイ・シープ」


気取ったように笑いながら、林檎を投げてきた男が、どうしてそう答えたのか、少女はよく分かっていなかった。

だが、フロントガラスの前に果てしなく広がる地平線や、晴れ渡る空と同じくらい、男の言葉が眩しくて。

彼となら、きっと楽園に辿り着けると。そう強く信じられていたのだった。




からっからに枯れた大地に通る、一本の長い長いハイウェイ。
進んでも進んでも変わり映えのない景色。右も左も、荒れ果てた野。時々、雨風で傷んだ古い看板。
もういい加減、何か見えてこないものかと辟易してくる頃。道路脇に佇む小さな影が、男の視界に入ってきた。

さて、あれはなんだとサングラスを軽くずらし、速度を緩めながら車を走らせていくと、影の形がはっきりしていく。

ピンと伸ばされた細い腕、真っ直ぐ立てられた親指。傍らには、大きく膨らんだぼろっちいリュックサック。
それが、帽子を目深に被った女だと分かったところで、男は少し考えて。結果、車を停めた。

プシュゥと音を立て、やや大袈裟に揺れながら、二階建てのキャラバンが停車する。
男が座席に掛けたまま窓を開けると、女が此方に視線を合わせるように面を上げ、帽子の影に隠れていた顔が現れた。


「こんな所で迷子かい? お嬢ちゃん」

「見渡す限り平野じゃ、迷いようねぇだろうが」

「自分の行くべき道に、とか。なんつーか、そういう顔つきしてるぜ、お前」


女は、まだ幼さの残る、歳の頃十代半ば程の少女であった。

口調は男勝りだが、長い睫毛に縁取られた深緑の双眸はくりっと丸く、体はいっそ可哀想になるくらい細く、華奢である。
焦げ茶色のミディアムヘアーも、質素な服も、それを纏う体も、目に見えるところは全て乾いた泥汚れてしまっているが、磨けば光ると確信させる、人形のようと形容するのに相応しい容姿をしている。

そんな少女が、こんな荒野で一人、ヒッチハイク。

さてどんな訳ありかと、男が懐から取り出した煙草を咥えると、少女は足元に放っていたリュックサックを拾い上げた。

そこで男は「おっと、待ちな」と、助手席側に乗り込んでくる気だろう少女を制止した。


「お前、目的地は何処だ? お家に戻って、喧嘩したママに謝るってんなら、何処までも連れてってやるが、そうじゃねぇなら近くにあるパーキングエリアで妥協してくれ。
それでいいなら、コーヒーハウス名物のスモークチキンサンドもつけてやるぞ」


ほぼ車の通らないこの道で、痩せぎすの少女を置いていくのはあまりに酷だ。しかし、自分にも行く先があるので、何処までも乗せてやるという訳にはいかない。

少女は見るからに、金など持っていなそうだし、そもそもこんな年端もいかぬ子供から運賃を取る気にもなれない。
リターン無しの、タダ乗り。ならば、相応の距離で納得してくれと、男は次の車が見付かり易い、此処から十数キロ先のパーキングエリアまで、という条件を提示した。

少女も、乗せてもらう身として、その辺りは分かっているのだろう。
暫し俯いて考え込んだものの、大人しくリュックサックを引っ提げて、男の前まで歩いてきた。

見上げてきた少女の顔はやや浮かない様子で、少し絆されそうになるが、可哀想という理由だけでいつまでも付き合ってはやれない。
悪いな、と内心軽く謝りながら、男は助手席側のドアを開けてやろうとした。その時だ。


「ついでに、フレッシュジュースとフライドポテトもつけな」


チカッと眼を強く焼くような光が射した。

サングラスをしていなければ、思わず目蓋を下ろしていただろう。いや、そうだった方が、寧ろよかったかもしれない。
太陽光が遮られていたばかりに、男は見てしまった。
少女が、リュックサックで上手いこと隠していた散弾銃を華麗に手に取り、此方に向けてくるまでの一連の動きを、それはもうばっちりと。


「動くなよ。余計なことしようとしたら、こいつでドンだ」


お人形さんみてぇな面した女の子が、そんな物騒なモンを出してくる様、見たくなかったぜ。
男はそう独りごちると、肘を曲げ、両手を上げた。

ヒッチハイクから一変、ハイジャックになった少女は、男にドアを開けさせると、彼を跨ぐようにして車に乗り込んだ。

その間、きっちり銃口は男の頭を捉えており。助手席に座った後も、少女は注意深く車内に目配せしながらも、散弾銃を男に向け続けていた。


「……お前一人か?」


座席は二列。男と少女がいる前部座席と、様々な荷でごたついている後部座席。
どちらも、人一人が座れるだけのスペースしかなく、非常に狭い。

此処に誰かが隠れている、ということはないだろうが、この車はキャラバン。しかも、二階建てだ。他に乗員がいたっておかしくない。

ハイジャックを達成する為に、しかと把握しておかねばと尋ねる少女に、男は軽く肩を竦めながら答えた。


「一人と一羽。それと、商売道具がどっさり。それだけだ」

「……一羽?」


まさか、と再度視線を後部座席にやって、少女は眉を顰めた。

薄暗い車内で、場違いなまでに鮮やかな赤と緑。自然界にこんな目立つ生き物がいる訳ないと思っていたのと、あんまりそれが大人しいので、てっきり置物か何かだと思っていたのだが。


「そいつはシソツクネ。今は珍しい、旧生物の鸚鵡様だ」

「……おーむ?」

「そういう鳥の名前だ」


少女が首を傾げると、シソツクネと呼ばれたそれは、会釈するようにお辞儀をしてきた。

動いた。本当に、本当の鳥なのか。こんな馬鹿げた色してるくせに。

やや驚きながら、少女は思わずシソツクネを観察するように凝視してしまった。その時だ。


「今ダ!! ヤッチマエ、シラベ!!」

「?!!」


突如嘴を開き、シソツクネが甲高い声を上げたと驚き、竦み上がった次の瞬間。少女の目の前で、銀色の光が乱反射した。

それが瞬く間に煌めいて消えたかと思えば、少女が懸命に握っていた散弾銃が、輪切りになって落ちてしまった。


一体、何が起きたのか。

あまりに信じ難い光景を前に、ついに呆然としてしまった少女であったが、体が座席に強く押し付けられた衝撃を受けた後、此方の手を掴んで嗤っている男の姿を見て、ようやく気が付いた。

散弾銃を輪切りにしたのは、この男であるということに。そして――ハイジャックの相手が、悪かったということに。


「クッソ……てめぇ、新人類か!」

「そういうお前は、旧人類と新人類の混血、か」


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